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物語の欠片
バニラと藤とストロベリー(バニスト)※GL表現あり
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「清香、今日時間ある?」
「ええ。生徒会の仕事が終わってからなら」
「分かった。それじゃあ生徒用玄関で待ってるね」
放送室に向かった奏は小さく息を吐く。
清香がまた目に見えて疲れを溜めこんでいるからだ。
「…疲れた」
かくいう奏も、ここ数日でかなり疲労が溜まっていた。
週に1回、放送部の活動でラジオをすることになったからだ。
部長ということや兼部している生徒が多いこともあり、ほとんどひとりで回している状態になっている。
「朝倉さん、お疲れ様。何か悩み事?」
「いや、人を待ってるだけだよ」
普段から話しかけてくるクラスの男子生徒を少し鬱陶しく思いながら、奏は作り笑いで答えた。
「ねえ、朝倉さんさえよければなんだけど、その…一緒に出かけない?
今度クラスの人たちで集まろうって話になってるんだ」
「ごめん。僕、人混み苦手だし結構予定つまってるから……」
「そっか、分かった。急に誘ってごめんね」
学校の人間がいたら疲れてしまうし、その時間があるなら清香との時間がほしい。
自らの独占欲の強さに苦笑しながら、奏はただ清香が出てくるのを待った。
──待つこと1時間、壊れた人形のように目が死んでいる清香が現れる。
「お疲れ様。早く帰ろう?」
「早く、帰る…」
「そう。僕たちの居場所に。…だけど、今日は少し寄り道していこう」
様子がおかしいという一言では片づけられない状況に、奏は内心焦りを覚えつつ清香の手を引く。
いつもより温度のない手に驚きつつ、目的の場所まで向かった。
「今日はここに一緒に来たかったんだ」
「藤の花?」
「そう。昔、地域の人たちで協力して藤棚を作ったんだって。
それが今でも残ってて、僕もお世話を手伝っているんだ」
「綺麗……」
ようやく光が戻ってきたのを見て安堵しつつ、奏は清香に尋ねた。
「家からの連絡?」
「……黙っていても、すぐばれちゃうもんね」
清香は苦笑しながら話しはじめた。
「家の人間たちが、金ならいくらでもくれてやるから戻ってこいって。体裁がどうのと言ってたけど、私には関係ない」
清香は家の人間と折り合いがよくない。
だから援助の話も一切断り家を出て、アルバイトで生計をたてている。
高時給の家庭教師のバイトをしながら、自分らしく生きているのだ。
彼女が常にお嬢様としての自分しか見てもらえなかったことを、奏はよく知っている。
「諦めが悪い人たちだね」
「本当にね。あの場所でお嬢様をやっていた私が偽物だってことにさえ気づかない。…あんなの猛毒にしかならない」
その言葉を聞いた直後、奏はたまらず清香を抱きしめた。
お嬢様を演じる苦しみ、素の自分を隠し続ける苦しみ…そして、誰にも見つけてもらえなかった苦しみ。
その家の人間たちが負わせた傷が、今でも清香の心には深く残っている。
「大丈夫だよ。僕たちふたりなら、きっとどんなことも超えていける」
「そうだね。奏がいてくれたら、私はそれだけでいい」
周りに人がいないことを確認して、そっと手を握られる。
そのまま口づけられた清香は頬を赤らめた。
「い、いきなりは狡い…!」
「ごめん。だけど、こうしておかないと清香が飛んでいっちゃいそうな気がしたんだ」
「奏…ありがとう。もう大丈夫だよ」
「僕にとって、その笑顔が1番綺麗な花だ」
「……!わ、私にとって奏の笑顔くらい素敵な花はないから!」
「ありがとう」
そよ風に揺れる藤の花たちは、恋仲のふたりを見守っている。
互いの花の手を取り、ふたりはそのまま藤棚を後にした。
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かなり久しぶりになってしまいましたが、バニストで綴ってみました。
「ええ。生徒会の仕事が終わってからなら」
「分かった。それじゃあ生徒用玄関で待ってるね」
放送室に向かった奏は小さく息を吐く。
清香がまた目に見えて疲れを溜めこんでいるからだ。
「…疲れた」
かくいう奏も、ここ数日でかなり疲労が溜まっていた。
週に1回、放送部の活動でラジオをすることになったからだ。
部長ということや兼部している生徒が多いこともあり、ほとんどひとりで回している状態になっている。
「朝倉さん、お疲れ様。何か悩み事?」
「いや、人を待ってるだけだよ」
普段から話しかけてくるクラスの男子生徒を少し鬱陶しく思いながら、奏は作り笑いで答えた。
「ねえ、朝倉さんさえよければなんだけど、その…一緒に出かけない?
今度クラスの人たちで集まろうって話になってるんだ」
「ごめん。僕、人混み苦手だし結構予定つまってるから……」
「そっか、分かった。急に誘ってごめんね」
学校の人間がいたら疲れてしまうし、その時間があるなら清香との時間がほしい。
自らの独占欲の強さに苦笑しながら、奏はただ清香が出てくるのを待った。
──待つこと1時間、壊れた人形のように目が死んでいる清香が現れる。
「お疲れ様。早く帰ろう?」
「早く、帰る…」
「そう。僕たちの居場所に。…だけど、今日は少し寄り道していこう」
様子がおかしいという一言では片づけられない状況に、奏は内心焦りを覚えつつ清香の手を引く。
いつもより温度のない手に驚きつつ、目的の場所まで向かった。
「今日はここに一緒に来たかったんだ」
「藤の花?」
「そう。昔、地域の人たちで協力して藤棚を作ったんだって。
それが今でも残ってて、僕もお世話を手伝っているんだ」
「綺麗……」
ようやく光が戻ってきたのを見て安堵しつつ、奏は清香に尋ねた。
「家からの連絡?」
「……黙っていても、すぐばれちゃうもんね」
清香は苦笑しながら話しはじめた。
「家の人間たちが、金ならいくらでもくれてやるから戻ってこいって。体裁がどうのと言ってたけど、私には関係ない」
清香は家の人間と折り合いがよくない。
だから援助の話も一切断り家を出て、アルバイトで生計をたてている。
高時給の家庭教師のバイトをしながら、自分らしく生きているのだ。
彼女が常にお嬢様としての自分しか見てもらえなかったことを、奏はよく知っている。
「諦めが悪い人たちだね」
「本当にね。あの場所でお嬢様をやっていた私が偽物だってことにさえ気づかない。…あんなの猛毒にしかならない」
その言葉を聞いた直後、奏はたまらず清香を抱きしめた。
お嬢様を演じる苦しみ、素の自分を隠し続ける苦しみ…そして、誰にも見つけてもらえなかった苦しみ。
その家の人間たちが負わせた傷が、今でも清香の心には深く残っている。
「大丈夫だよ。僕たちふたりなら、きっとどんなことも超えていける」
「そうだね。奏がいてくれたら、私はそれだけでいい」
周りに人がいないことを確認して、そっと手を握られる。
そのまま口づけられた清香は頬を赤らめた。
「い、いきなりは狡い…!」
「ごめん。だけど、こうしておかないと清香が飛んでいっちゃいそうな気がしたんだ」
「奏…ありがとう。もう大丈夫だよ」
「僕にとって、その笑顔が1番綺麗な花だ」
「……!わ、私にとって奏の笑顔くらい素敵な花はないから!」
「ありがとう」
そよ風に揺れる藤の花たちは、恋仲のふたりを見守っている。
互いの花の手を取り、ふたりはそのまま藤棚を後にした。
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かなり久しぶりになってしまいましたが、バニストで綴ってみました。
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