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第2章『初仕事』
閑話『守られた証』
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「いらっしゃいませ」
「チケットを学生割で1枚お願いします」
あれから一夜明け、いつもどおり学校生活を送った後美術館を訪れた。
こういった場所には慣れていないが、故人が大切にしていたものを見聞きするところまでが仕事だ。
絵についての説明を読みながら進んでいると、例の展示が迎え入れてくれた。
「ねえ、これって最近死んじゃった館長の最後の仕事でしょ?」
「ゴッホのひまわりを自分で運びたかったらしいわ。その途中に事故で…」
ざわざわ騒がしいノイズを鬱陶しく思いながら絵に集中していると、隣に人の気配を感じて横を向く。
そこには、よく見る同級生の姿があった。
「…君も来たの?」
「あ、うん。気になってたから」
学校では屋上以外で話さないようにしていて、程よい距離感を保てている気がする。
「館長さんの魂がこもってるって思ったら、今までと少し見え方が違う気がして…」
「……そう」
何故彼女は渡した資料に書いてないことを知っているのだろうか。
渡したものにはそこまで詳しく書かれていなかったはずだ。
「ねえ、どうして君は死ぬ前後のことが分かるの?」
「それは……」
話したくないというより、どう説明するか迷っているように見える。
もしかすると踏みこみすぎたのかもしれない。
「宵月君は、」
「…ここでは氷雨でいい」
「え?」
「学校の人目につく場所でさえ気をつけてくれれば、下の名前で呼んでいい」
「ありがとう。それじゃあ、私のことも氷空って呼んでほしい」
「気が向いたら」
そんな話をしていると、ひまわりの絵の近くにトランクが置かれていることに気づく。
へこんだりしているものの、頑丈なのか原型はとどめているようだった。
「ひまわりが入っていたアタッシュケース…」
「お客様、もしかして館長の知り合いですか?」
後ろから声をかけてきた職員の名札には相田と書かれている。
「顔見知り程度です。最近亡くなられたと聞きました」
「そのトランクは、館長が命がけでひまわりを守った証なんです。
疲れているのを知っていたのに、私は……」
後悔している様子の彼女に、どう言葉をかければいいのか分からない。
少し気まずく思っていると、星影氷空が声をかけた。
「館長さんは、あなたのことも他の職員さんのことも、大切に思っていたんだと思います。
働く人みんなが笑顔でいられればいいって考える人、だったと思うんです。…あなたが悲しんでいたら、きっと悲しみます」
すらすらと発せられた言葉に職員ははっとしたように顔をあげる。
「あ、えっと、その…」
「そうですね、館長はいつも人の笑顔を見てほっこりする人でした。
私が泣いていたら浮かばれない気がします。…ありがとう」
職員の後ろ姿を見送りながら、星影氷空は小さく呟く。
「…あの人の心を守れたかな?」
「守れた。すごいな君は。俺だけじゃどうしようもなかった」
「私はただ、思ったことを言っただけで…」
「それがすごいんだ。誰にでもできることじゃない」
普段人間と関わらない彼女が、死者の想いをしっかり伝えている。
彼女ならきっと立派な車掌になるだろう。
…ただひとつ疑問は残ったままだったが、今はこれでいい。
「チケットを学生割で1枚お願いします」
あれから一夜明け、いつもどおり学校生活を送った後美術館を訪れた。
こういった場所には慣れていないが、故人が大切にしていたものを見聞きするところまでが仕事だ。
絵についての説明を読みながら進んでいると、例の展示が迎え入れてくれた。
「ねえ、これって最近死んじゃった館長の最後の仕事でしょ?」
「ゴッホのひまわりを自分で運びたかったらしいわ。その途中に事故で…」
ざわざわ騒がしいノイズを鬱陶しく思いながら絵に集中していると、隣に人の気配を感じて横を向く。
そこには、よく見る同級生の姿があった。
「…君も来たの?」
「あ、うん。気になってたから」
学校では屋上以外で話さないようにしていて、程よい距離感を保てている気がする。
「館長さんの魂がこもってるって思ったら、今までと少し見え方が違う気がして…」
「……そう」
何故彼女は渡した資料に書いてないことを知っているのだろうか。
渡したものにはそこまで詳しく書かれていなかったはずだ。
「ねえ、どうして君は死ぬ前後のことが分かるの?」
「それは……」
話したくないというより、どう説明するか迷っているように見える。
もしかすると踏みこみすぎたのかもしれない。
「宵月君は、」
「…ここでは氷雨でいい」
「え?」
「学校の人目につく場所でさえ気をつけてくれれば、下の名前で呼んでいい」
「ありがとう。それじゃあ、私のことも氷空って呼んでほしい」
「気が向いたら」
そんな話をしていると、ひまわりの絵の近くにトランクが置かれていることに気づく。
へこんだりしているものの、頑丈なのか原型はとどめているようだった。
「ひまわりが入っていたアタッシュケース…」
「お客様、もしかして館長の知り合いですか?」
後ろから声をかけてきた職員の名札には相田と書かれている。
「顔見知り程度です。最近亡くなられたと聞きました」
「そのトランクは、館長が命がけでひまわりを守った証なんです。
疲れているのを知っていたのに、私は……」
後悔している様子の彼女に、どう言葉をかければいいのか分からない。
少し気まずく思っていると、星影氷空が声をかけた。
「館長さんは、あなたのことも他の職員さんのことも、大切に思っていたんだと思います。
働く人みんなが笑顔でいられればいいって考える人、だったと思うんです。…あなたが悲しんでいたら、きっと悲しみます」
すらすらと発せられた言葉に職員ははっとしたように顔をあげる。
「あ、えっと、その…」
「そうですね、館長はいつも人の笑顔を見てほっこりする人でした。
私が泣いていたら浮かばれない気がします。…ありがとう」
職員の後ろ姿を見送りながら、星影氷空は小さく呟く。
「…あの人の心を守れたかな?」
「守れた。すごいな君は。俺だけじゃどうしようもなかった」
「私はただ、思ったことを言っただけで…」
「それがすごいんだ。誰にでもできることじゃない」
普段人間と関わらない彼女が、死者の想いをしっかり伝えている。
彼女ならきっと立派な車掌になるだろう。
…ただひとつ疑問は残ったままだったが、今はこれでいい。
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