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第10章『願い』
第50話
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次の出勤日、重い足を引きずりながら駅に向かう。
そこにはもうすでに氷雨君がいて、少し気まずかった。
「あ、あの…」
「別に怒ってないから、そんなに萎縮しないで」
いつもより柔らかい口調で言われて、それが余計に怖い。
やっぱり怒っているんじゃないか、お客様を傷つける結果になってしまったんじゃないか…色々な不安でごちゃまぜになる。
「本当に怒ってないし、呆れてもいない。…ただ、言い方が悪かったことは謝る」
「どうして氷雨君が謝るの?」
「俺はただ君を早く帰らせたかっただけで、怒ったわけじゃない」
やっぱり何か失敗して迷惑をかけたんだ。
自分が情けなくて視界が滲む。
「え……」
「ごめんなさい。なんでもなくて…」
「今の君、怪我だらけでしょ?早く休ませたかっただけだから」
そういう意味だったんだ。
「…本当?」
「嘘は吐かない」
「分かった。信じる」
氷雨君はやっぱり優しい人で、一緒にいると落ち着く。
不器用な言葉の中に温かみがあって、リーダーということもあってか周りの人たちをよく見ている。
「今夜は亡くなられたばかりのお客様の他に、お盆の間戻ってきて還り方が分からなくなった方々もいらっしゃるから気をつけて。
生きている人間が乗ってるとなると、大変なことになるから」
「わ、分かった」
いつもより帽子を深くかぶり、気合を入れる。
「心配しなくても、そんな危険車両を君に任せたりしない。
あの車両には流石に慣れてる人を配置しないと危険だから」
「それなら、私はいつもどおりに仕事していれば大丈夫ってこと?」
「俺についてきてくれればいい」
「分かりました。…が、頑張る」
「それほど緊張する必要はない。いつもどおりにやっていればいいから。
ただ、少し違うのは担当するお客様が事前に決まっていないこと」
いつもなら、決まったお客様の情報を頭に入れていた。
それがないとなると、どんなふうに接すればいいか分からない。
不安な気持ちをかかえたまま、氷雨君の後ろをついていく。
列車が発車して少ししたところで、死因不明瞭の車両に矢田さんが駆けこんできた。
「リーダー、大変です!」
「取り敢えず落ちついてください。それで、何がありましたか?」
「人の形だった何かが紛れこんでいたようで…最後尾の車両が襲われました」
「分かりました。すぐ行きます。あなたはお客様の相手をお願いします」
「分かりました」
矢田さんが走っていくのと同時に、氷雨君は最後尾の車両へ走り出す。
「…侵入者か」
「侵入者?」
「君は来ない方がいい」
そう言われたものの、さっき通れたはずのドアが何故か開かなくなってしまっている。
どうしようか迷っていると、毛束のようなものが襲いかかってきた。
《ユルサナイ!》
「わっ……」
咄嗟に近くにあったモップで薙ぎ払うと、相手はうめき声をあげた。
そこにはもうすでに氷雨君がいて、少し気まずかった。
「あ、あの…」
「別に怒ってないから、そんなに萎縮しないで」
いつもより柔らかい口調で言われて、それが余計に怖い。
やっぱり怒っているんじゃないか、お客様を傷つける結果になってしまったんじゃないか…色々な不安でごちゃまぜになる。
「本当に怒ってないし、呆れてもいない。…ただ、言い方が悪かったことは謝る」
「どうして氷雨君が謝るの?」
「俺はただ君を早く帰らせたかっただけで、怒ったわけじゃない」
やっぱり何か失敗して迷惑をかけたんだ。
自分が情けなくて視界が滲む。
「え……」
「ごめんなさい。なんでもなくて…」
「今の君、怪我だらけでしょ?早く休ませたかっただけだから」
そういう意味だったんだ。
「…本当?」
「嘘は吐かない」
「分かった。信じる」
氷雨君はやっぱり優しい人で、一緒にいると落ち着く。
不器用な言葉の中に温かみがあって、リーダーということもあってか周りの人たちをよく見ている。
「今夜は亡くなられたばかりのお客様の他に、お盆の間戻ってきて還り方が分からなくなった方々もいらっしゃるから気をつけて。
生きている人間が乗ってるとなると、大変なことになるから」
「わ、分かった」
いつもより帽子を深くかぶり、気合を入れる。
「心配しなくても、そんな危険車両を君に任せたりしない。
あの車両には流石に慣れてる人を配置しないと危険だから」
「それなら、私はいつもどおりに仕事していれば大丈夫ってこと?」
「俺についてきてくれればいい」
「分かりました。…が、頑張る」
「それほど緊張する必要はない。いつもどおりにやっていればいいから。
ただ、少し違うのは担当するお客様が事前に決まっていないこと」
いつもなら、決まったお客様の情報を頭に入れていた。
それがないとなると、どんなふうに接すればいいか分からない。
不安な気持ちをかかえたまま、氷雨君の後ろをついていく。
列車が発車して少ししたところで、死因不明瞭の車両に矢田さんが駆けこんできた。
「リーダー、大変です!」
「取り敢えず落ちついてください。それで、何がありましたか?」
「人の形だった何かが紛れこんでいたようで…最後尾の車両が襲われました」
「分かりました。すぐ行きます。あなたはお客様の相手をお願いします」
「分かりました」
矢田さんが走っていくのと同時に、氷雨君は最後尾の車両へ走り出す。
「…侵入者か」
「侵入者?」
「君は来ない方がいい」
そう言われたものの、さっき通れたはずのドアが何故か開かなくなってしまっている。
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咄嗟に近くにあったモップで薙ぎ払うと、相手はうめき声をあげた。
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