皓皓、天翔ける

黒蝶

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第15章『死者還り』

第85話

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「あ、お疲れ様です」
《門番のお兄さん、きゅうけいじょ?ってどこに行ったらいいの?》
「僕が案内するよ」
そうまさんはこっちを振り返ると、笑顔で手をふってくれた。
《お姉さんたちが作ってくれたお子様ランチ、すっごく美味しかった!また作ってね》
「…はい。喜んで」
《そっちのお兄さんも、助けてくれてありがとう》
「いえ。私は感謝の言葉をいただけるほどのことはしておりませんから」
男の子が扉の中に消えていくのと同時に、足から力が抜けた。
「…大丈夫そうじゃないね」
どっと疲れたというより、心地よい疲労感と表現するのが正確かもしれない。
氷雨君に支えられたまま、いつもより心地いい眠りに落ちていった。


「今日から一緒に勉強することになった、新しいお友だちを紹介します。みんな仲良くしてね」
「さ、沢田そうまです。よろしくお願いします」
人と上手く話せなかったと話していた男の子は、恥ずかしそうにお辞儀する。
転校生だからというのもあってか、休み時間は教室中の子どもたちが声をかけていた。
「なんでそうまくんはいつも図鑑読んでるの?」
「えっと…好きだから」
「なんで星とか花なんだよ?虫の方がかっこいいじゃん!」
「惑星の誕生とか、どこの国から来た花なのか知るのが楽しいんだ」
「なんだそれ、変なの」
その子が悪気なく言ったことは分かるけど、好きなものや大切なものを変だと言われるのはすごく悲しい。
それから男の子は誰とも話さなくなっていた。
元々体が弱かったらしく、体育の授業は全部見学している。
「なんでいっつも見学してるの?」
「激しい運動はやっちゃ駄目って言われてるんだ。将来歩けなくなるって、お医者さんに言われて…」
「そうなんだ」
だから男の子にとって図鑑が友だちだったんだ。
それで、周りの人たちと話すのを諦めた…。
その気持ちはなんとなく理解できる。
「こんにちは。猫さんもひとり?」
片目が青い猫は喉をごろごろ鳴らして、男の子にすり寄っていく。
「くすぐったいよ…」
この瞬間だけは、とても楽しそうに笑っていた。
男の子が家に帰ると、千円札と紙が1枚置かれている。
【用事があるからこれでよろしく】
「…知らないおじさんといるのが楽しいんだね」
男の子はファミレスの前に立ち、きらきらした目でお子様ランチの食品サンプルを見ている。
「あれが食べられたら、またお父さんとお母さんが仲良くなるかな…」
どこから出てきたのか、さっきの猫が慰めるようにすり寄る。
男の子はそっと頭を撫ででいた。
……だから彼はさっき、食べてみたかったと話していたのかもしれない。
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