皓皓、天翔ける

黒蝶

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第15章『死者還り』

第86話

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一体どれくらいそうして過ごしただろう。
男の子の孤独は積もりに積もっていた。
「おいで、そら」
そらと呼ばれたねこの青い目には、男の子の笑顔が広がっている。
ふたりでいる時間だけが、彼にとっての癒やしだったのかもしれない。
「なんだか雨が降りそうだね。…今日はもう帰ろうかな」
男の子がそう話したのは午後9時前、条例に引っかかる前に家に戻るつもりだったんだろう。
それにしても、さっきから自分の名前が呼ばれているみたいで変な気分になる。
「またね」
男の子が帰ろうとしたところで、道路の反対側から大きな声が響いた。
「お、猫いんじゃん。こっち来いよ、餌やるから!」
学ランを着た集団が青い目の猫に声をかける。
猫は道路を渡っていて、みぞに足がはまって動けなくなってしまった。
「なんだ、来ないのか」
「もう行こうぜ」
そのことに気づいているのかいないのか、学ラン集団はその場を後にした。
にゃんと鳴いた声が届いたらしく、男の子が猫に駆け寄る。
「そら、あんまり目が見えてないんでしょ?危ないから、道路に出たら駄目だよ」
なんとか猫を逃せたけど、男の子の様子がおかしい。
立ちあがれなくなってしまったのか、その場に崩れ落ちた。
「走っちゃ、駄目なんだった…」
ずるずると匍匐前進で渡ろうとしていたところに、猛スピードで車が突っこんできた。
パトカーのサイレンと、人々の悲鳴。
「そら、にげて」
男の子はそれだけ呟いて目を閉じる。
痛いはずなのに、その表情はとても穏やかなものだった。


「目が覚めた?」
「……ごめんなさい」
そうまさんは最後まで寂しかったんだ。
足になにか疾患を抱えているから、鬼ごっこもかくれんぼもできない。
唯一心を許せるのは青い目の猫と図鑑だけで、ずっとひとりで苦しんだ。
それなのに、どうしてあんなふうに笑えたんだろう。
「…これ、使って」
ハンカチを差し出されたけど、首を横にふる。
「汚しちゃうから」
「別にいい。それより、ずっと泣いていられる方が嫌だから」
視界が歪んで、ぽろぽろと涙が溢れ出す。
男の子の孤独も、楽しもうとした時間も理解できてしまう。
誰にも寂しいなんて言えなくて、だけど本当はずっと居場所を探していた。
せめて猫さんが無事ならいいけど、どうなったか調べる術はない。
「そうまさん…あの男の子は、もう寂しくないのかな」
「なんでそんなことが気になるのか知らないけど、孤独はなかなか消えないと思う。
ただ、あの子を孤独の底から救ったのは間違いなく君と夜紅だ。それは誇っていいと俺は思う」
やっぱり涙を止めることはできなかったけど、男の子の心の支えになれたならそれでいい。
少し傷が痛むけど、それより今は綺麗な月を眺めていたかった。
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