皓皓、天翔ける

黒蝶

文字の大きさ
上 下
131 / 236
第19章『秘密』

閑話『事実という武器』

しおりを挟む
今回の手紙の届け先は3通だ。
「こんにちは。萩原美玲様より手紙が届いています」
「え、美玲から!?」
母親はすぐ封を切る。


【冷たい娘で申し訳ないけど、あたしはあんたを許せない。
1度もあたし自身を見なかったあんたに、あたしの親を名乗らないでほしい。
施設のお金はあんたの通帳に入れたお金でなんとかなるからよろしく】


真っ青な顔をした母親を置いて、呼び出した時間に星影氷空の元へ向かう。
「君にも手紙が来てる」
「え…」


【ごめん。あなたたちにこんなことを頼んでいいか分からないけど、じいちゃんの家を護ってほしいんだ。
ゆりかごの家っていう児童保護施設があるから、そこに半額寄付してほしい。残り半分は地元の夜間中学や定時制通信制高校に寄付してほしい。
ふたりのおかげであたしの最後の旅はとても素敵なものになったよ。本当にありがとう】


それに同封されていたのは遺言状だ。
「君にも一緒に来てほしい」
「本当に、私でいいのかな…」
「お客様は君をご指名だ。お客様の願いを叶えるのも仕事だから」
半ば強引に彼女の手をひき、今度は立派な屋敷の前に辿り着く。
扉をたたくと、中から顎髭が特徴的な男性が出てきた。
「何か用ですか?」
「こんにちは。私たちは郵便の者です。萩原美玲様より手紙が届いています」
「それはそれは…どうぞおあがりください」
長い廊下を歩いていると、ちらっと蔵が目に入る。
間違いなくあの鏡に映し出された場所だ。
「…暗号」
「え?」
「暗号の答え、あのお客様からお預かりしたけどどうしよう」
「…その答えはこの中にある」
小声で話して通された部屋に入ると、女性が1名座っていた。
「それでは、こちらをどうぞ」
おじは意気揚々と手紙を読みはじめた。


【人殺しに言うことはない。そのまま警察に捕まって、悲惨な最期を迎えるといい。絶対に赦さない】


「な、なんだこれは…!」
「こちら、遺言状となっております。こちらの蔵の持ち主は美玲様ですので、ここに書かれてあるとおり実行せせていただきますね」
「待て!君たちは弁護士じゃないだろ?だったらこの遺言状は、」
「…うるさい」
思わず言ってしまった。
金の亡者に何を言っても無駄だと思うが、事実だけを並べていく。
「あなたは美玲様が殺されたことをご存知ですね?そして、彼女のおじいさまが遺したものを受け継いだのは彼女です。
この印鑑やサインは間違いなく彼女のものですので、相続した遺産は遺言どおりにするべきではないでしょうか」
痛いところを突かれたのもあって、早く話を終わらせたかった。
真っ青な顔をした愚か者は、肩を小刻みに震わせその場に崩れ落ちる。
「故人から金庫の暗号の答えを預かっていますが、開けるのは彼女の遺言が叶えられる場合のみです。
私たちに口出しする権利はありませんが、この家でおこった事実を握っていることをお忘れなきよう」
そのまま立ちあがり、何にも触れずに屋敷を離れる。
「あれでよかったの?」
「事実は突きつけた。それに、蔵の中にあるものの暗号の答えは君しか持っていない」
俺たちを頼らないと開けないという事実。
萩原美玲にとっての義兄弟がなんらかの呪いにかかった事実。
あのふたりとおじによって殺された事実。
味方が誰もいなかったという事実。
今回の件がどう片づくか見守っていく必要はあるが、できれば個人の願いを叶えたい。
卑怯なやり方だったとしても、いつか叶えられると信じて進むしかないのだ。
「つきあわせてごめん」
「ううん。頼ってもらえて嬉しかった」
彼女が怪我をした事実も変えられない。
だからせめて、今は──
「もう少し時間があるならつきあって。いつも行ってるカフェで新作メニューが出たみたいだから」
彼女の表情の曇りをなくしたいと思うのは何故だろう。
しおりを挟む

処理中です...