皓皓、天翔ける

黒蝶

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第28章『泥水に咲く花』

閑話『儚き美しさ』

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「花見でもしません?このあたりでも桜見えますし」
矢田の提案で、休憩時間に食べ物や飲み物を持ち寄って催されることになった。
星影氷空は人の多さに酔ってしまったらしく、少し離れた場所に座っている。
俺も大人数が得意な方ではないので、頃合いを見計らって抜け出した。
「歩ける?」
「あ、うん…」
「こっち。他の誰も来ない場所がある」
少し離れた場所に彼女を誘導する。
…今の時代、自ら命を絶つという行為は決して肯定されるものではない。
そういったお客様を相手して、精神的に参っていないか知りたかった。
「…もし嫌じゃなければ、この間のお客様の話を聞かせてほしい」
「分かった。…彼女は絵描きさんになりたかったみたいだけど、その夢は全部否定されていた。将来はお医者さんが薬剤師さん以外認められなかったみたい。
それでも、諦めずに真っ直ぐ生きていて…素敵だなって思った」
「素敵?」
「うん。それだけ絵と真剣に向き合って、どれだけ自分を否定されても必死でもがいて…最後まで諦めてなかった。
そういうのってなかなかできることじゃないから、綺麗だなって思ったんだ。…変かな?」
まただ。俺が知らないことを彼女はよく知っている。
資料にものっていない、お客様とそこまで詳しい話をしていたようにも見えなかった。
一体いつ知ったんだろう。
「変だとは思わない。人によって感じ方はそれぞれだから。ただ、負担にならなかった?」
「…想像しただけで、息が苦しくなった。ずっと自分を抑えこんで、辛かっただろうなって…」
ぽろぽろ零れる涙が彼女の感情を物語っている。
「ごめんなさい。どうしても涙、止まらない…」
「誰も見てないから、気にしなくていい」
どんな場所でも最後まで足掻き続けた人、という認識でいいのだろうか。
周囲にどれだけ馬鹿にされても、最後まで自分を貫いた。
彼女が言っていたように、それを続けるのは難しい。
必死に咲こうとしていた花は、心無い言動や行動によって踏み潰されてしまったのだ。
「その絵、もらったの?」
「うん。最後に描いてほしいってお願いしたんだ」
その景色はとても幻想的で、見ているとなんとなく心に明かりが灯る気がする。
「…本当に綺麗な絵だね」
「私もそう思う」
涙を拭いた彼女は真っ直ぐ桜の木を見つめる。
その場で礼をするように花びらが舞い、彼女の周りを飛んでいく。
「…きっと君に笑ってほしいと思っているんだ」
「え?」
こんなことを言うなんて、本当にらしくない。
それでも、いつも泣いている彼女に笑顔になってほしかった…と、思った。
何故かは分からないが、いつか彼女もどこまでも舞っていってしまいそうだから。
「そろそろ戻れそう?」
「うん」
「お弁当、また作ってきてくれる?」
「…うん」
嫌がっている様子はないので、しばらくお願いしよう。
いつか道が分かたれる、その日までは。
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