皓皓、天翔ける

黒蝶

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第29章『ささやかな願い』

第169話

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「やっぱりここにいた」
「どうしたの?」
「先生がこれを渡しておいてくれって言ってたから持ってきた」
どうしても授業に出る気になれなくて、屋上で空を見ていた。
おばさんがいなくなってしまった実感と、この前やってきたお客様のことを考えてしまう。
「ひきずるのはあまりよくない。考えるのは分かるけど、相手に感情移入しすぎると戻ってこられなくなる」
「ごめんなさい。分かってるつもりなんだけど、どうしても考えちゃうんだ」
あまり抱えこんで考えない方がいいと氷雨君からアドバイスを受けて、できるだけそうするように心がけていた。
だけど、今回だけはどうしても吹っ切れない。
あれでよかったのか、もっと濾過にできることがあったんじゃないか…色々もやもやしてしまう。
「君の対応は完璧だった」
「…本当にあのお客様を救えたのかな?」
「少なくとも、俺はそうだったと信じてる」
多分、正解はない。だけど、もう少し彼女を笑顔にしたかった。
そのためには何が必要だったんだろう。
「午後の授業はどうするの?」
「…さぼろうかな」
「俺もそうしようかな」
「え?」
いつもはお弁当を食べた後絶対教室へ戻るのに、氷雨君からさぼるなんていう言葉が出たのが不思議だった。
「たまには息抜きも必要でしょ?」
「それはそうだけど…」
「俺は俺の仕事がある。君の邪魔はしないから」
氷雨君は鞄から分厚いファイルを取り出して、内容を整理しているみたいだ。
「あの…私にも手伝えることある?」
「今は大丈夫。寧ろ見られたら困るものもある」
「そっか…。それなら、何か飲み物を買ってくるね」
その場を離れて、自動販売機のボタンを押す。
「…温かいお茶なら飲んでくれるかな?」
誰もいない空間、ひとりぼそっと呟く。
返事がかえってくるわけがないのに、どうしてこんなことを言ってしまったんだろう。
「あの…これ、よかったら飲んで」
「ありがとう。まだ冷えるから、正直こういうものをもらえるのは助かる」
喜んでもらえたみたいで安心していると、おばさんがいた施設の職員さんからメールが届いた。
「どうかした?」
「…ごめん。これから施設に行ってくる。忘れ物があったみたいで…」
「先生たちには上手く言っておく」
「ありがとう」
バスに飛び乗って、ついこの間まで通っていた道を通る。
施設の前で職員さんが待っていてくれた。
「わざわざ取りに来てもらってすみません」
「い、いえ。知らせてくれてありがとうございました」
一礼して帰ろうとしたところで、耳に少し大きな音が響く。
《お姉さん、こんにちは!》
「こ、こんにちは…」
男の子はどこまでもついてくる。
違和感を覚えたけど、あまり深く考えていなかった。
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