皓皓、天翔ける

黒蝶

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第32章『止まない雨』

番外篇『三者三様』

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「こんにちは。安住純一さんと真純さんでしょうか?」
「そうですけど…」
姉弟は訝しげな表情でこちらを見つめる。
それもそうだ。この場所までくれば誰だって怪しむ。
「堀越香澄様から手紙を預かっています」
「……は?」
「姉さん。…すみません。僕たちまだ心の整理がついてなくて…」
無理もない。ある日突然いなくなったのだから。
「いえ。受け取っていただけますか?」
ふたりはゆっくり封を開けた。


【私は先輩のおかげで楽しい人生を送れました。いつまでも私の憧れです。真純さんのメイクであたしは笑顔になれました。ブルーパウダーも大切にしています。
これからも沢山の人を笑顔にしてください。それがあたしの願いです】
【純一

あたしみたいな可愛げないのを恋人にしてくれてありがとう。毎日こまめに連絡くれて、すごく嬉しかった。
声をかけてくれて、一緒にいられて幸せでした。あたしを忘れていいから、沢山の人を笑顔にしてね】


メイクコンテストの会場前、本来であれば彼女が立っていたはずの場所には沢山の花が手向けられている。
「香澄…」
「なんで自分のことを心配しないんだよ…」
姉弟揃って涙を浮かべる姿を見届け、静かにその場を去る。
今日はまだ届けなければならない想いがあるからだ。

「こんにちは。堀越英一さんにお手紙です」
「ありがとうございます。…堀越さん、丁度よかった。お手紙ですよ」
「手紙?……香澄から?」
震える細い腕で封が切られる。
そこに綴られているのは感謝の言葉だった。


【お父さん

私を育ててくれてありがとう。
お父さんはいつも苦労をかけてごめんって言ってたけど、そんなこと思ったことなかった。
いつまでも見守ってるから、お父さん自身の幸せを考えて。手術はしっかり受けてね】


「俺の手術費用があるなら、自分のために使ってほしかったよ。香澄はあんなにいい子だったのにな…」
男性が涙している姿を見つめ、最後の目的地へ急ぐ。

そこにいたのは、白衣の男性。
「こんばんは。真島さんでしょうか?」
「どちらさまですか?」
「堀越香澄様から手紙を預かっております」
「堀越…ネイリストになった元・生徒です」
その場で封を切り、目を走らせた。


【先生のおかげで、私はいい人生を歩めました。学校を辞めた後も相談に乗ってくれて、本当に嬉しかったです。
いつか立派になった姿を見てほしかったのに、こんなことになってしまってごめんなさい。ありがとうございました】


「…なんで最後まで謝ってるんだ。本当に真面目だな…」
「それでは、私はこれで失礼します」
「堀越が殺されたと聞きました。…犯人を捕まえてください」
「私は刑事ではないので…力になれず申し訳ありません」
肩を震わせる男性から離れ、持っていた新聞記事に目を通しながら星影氷空の言葉を思い返す。
『また途中からぐるぐるして、痛みも強く感じた』…やはりひとりしか思い当たる人物がいない。
様々な人々の反応を思いおこしながら水の道を歩く。
──雨はしばらく止みそうにない。
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