皓皓、天翔ける

黒蝶

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第32章『止まない雨』

第194話

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「ねえ、メイクしてみない?」
通信制入学早々声をかけてきたのは、金髪の女性だった。
「私は安住真純。よろしくね」
「えっと…あたし、堀越香澄です」
「香澄?可愛い名前だね。アレルギーとかない?」
「はい。特には」
「じゃあそこ座って。はじめるよ」
女性は少女をあっという間に大人にした。
「これが、あたし…?」
「うん、やっぱり素材がいい。こういうメイクにしたら似合うんじゃないかって思ったんだ」
「すごい…もっと教えてください」
「いいよ。今日から香澄は私のモデルね」
それからというもの、毎週放課後になるとメイクを教わっていたみたいだ。
はじめはぎこちなかった会話も、だんだん笑顔が増えていく。
「私ね、卒業したらプロを目指すつもりなんだ。香澄はどうしたいか決めた?」
「あたし、ネイルで仕事したいです。先輩がメイクで魔法をかけてくれたみたいに、あたしも誰かを笑顔にしたい」
「香澄ならできるよ。姉さんがどうなるかはちょっと微妙だけど…」
「純一、いつからいたの?ていうか、私をがさつだと思ってるよね?」
「そういう意味じゃ…」
姉弟の微笑ましい会話と、それを見守る少女。
やがて少女は女性へと成長し、夢を叶えていた。
「友人に会うんですけど、あんまりお手入れしたことなくて…」
「大丈夫です。楽しい時間を過ごしてもらえるように、せいいっぱい頑張ります」
女性は緊張した手つきでお客さんの爪を手入れしていく。
仕上がりを見たお客さんは歓喜の声をあげた。
「ありがとうございます。見ただけでテンション上がる…」
「喜んでいただけてよかったです」
「また呼ぶので、絶対来てください!」
「…!はい!」
女性は嬉しそうに微笑みながら、色々な人に報告した。
病室にいる父親へ、憧れ続けた先輩へ…そして、大切な恋人へ。


『今日会えない?』
恋人に呼ばれてやってきたのは、新しくできた喫茶店。
「ここの予約とるの、大変だったでしょ?」
「そんなことないよ。僕も気になってたから、前々から調べてたんだ」
「ありがとう。純一ももうすぐ先生になるんだね」
「先生というか、放射線技師なんだけどね。大学へ行ったのに勿体ないって言われちゃいそうだけど、患者さんと接したいから…」
「純一らしいね」
ふたりは終始和やかな雰囲気で話して、女性は帰路についた。
その後ろから、誰かが追いかけてくる。
走って逃げようとした彼女の頭を、背後から誰かが思い切り殴りつけた。
「い、痛……」
その瞬間、頭に激痛がはしる。
今すぐ這いずり回りたいくらい痛い。
「君の手、綺麗だね」
また顔が見えない。声もノイズが邪魔してよく聞き取れなかった。
そのうち感覚がなくなって、チェーンソーの音だけが響く。
痛みを覚悟したとき、誰かに手を引かれて意識が一気に引き上げられた。
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