皓皓、天翔ける

黒蝶

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第33章『かくしん』

第199話

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たしか、『資料を盗もうとしたふたり組を命懸けで止めた被害者』という見出しの記事があったはずだ。
一応目は通していたけど、この人がかけられた薬品はメチルだったと記憶している。
「あ、あの…」
《僕は殺されたんですか?》
「……この列車は、お客様にさいごの旅を楽しんでいただくために走っています」
男性は沈んだ様子で俯いてしまった。
「申し訳ありません。お客様を混乱させないように、思い出すまでは話せない決まりになっているんです」
《いえ、あなたを責めるつもりはないんです。ただ…もう大志との約束を叶えられないんだなって》
「大志さんというのは、先程話されていた友人の方ですか?」
男性は力なく頷いて、がっくり項垂れた。
「相手の方が何を望んでいたかまでは知ることができません。ですが、あなたの想いを伝えることはできます」
《想い?》
「この列車から手紙を届けることができます」
《それができるなら、研究所のこともあのレポートのことも知らせられる…?》
男性はそう呟いて、思いきり顔をあげた。
《手紙を書きます。大志に感謝を伝えたい。思いつめていたことも解決できるかもしれない…。少しでも可能性があるならやります》
「かしこまりました。それではすぐに一式用意させていただきます」
これでいいかなんて分からない。
それでも、この人はまだ絶望していないのだ。
お客様に烏龍茶と饅頭をお出しして、手紙を書くのをひたすら見守る。
《で、できた…》
「お疲れ様でした」
《ありがとうございます》
いつもは氷雨君に助けてもらってばかりだったけど、今夜はしっかり接客できただろうか。
とても不安になるけど、目の前のお客様の瞳が曇っていないのが答えかもしれない。
「あ、あの、手紙をお預かりしてもよろしいでしょうか?」
《はい。お願いします。口下手にしては伝えたいことはしっかり書いたつもりなので…。
僕に親切にしてくれた親友には幸せになってほしいし、夢を叶えてほしいんです》
男性は一瞬だけマスクを外して素顔を見せてくれた。
大きな傷があったけど、表情はとても穏やかだ。
「お手紙は必ず届けます」
《ありがとうございました。あなたのおかげであんまり悲観的にならずに過ごせました》
お客様に気に入ってもらえないんじゃないかと思ったけど、列車を降りる足音は軽やかだ。
体にあんまり痛みがないみたいでほっとした。
降りるのを見送った後、氷雨君が寝ている車両へ向かう。
「駄目だ……」
寝ぼけているのか、うなされているのか。
手を伸ばそうとしたところではっきり言った。
「やめるんだ、瑞花ずいか
それは、初めて聞く名前だった。
氷雨君が人から距離を取るのは、やっぱり何か抱えているからだ。
だけど、今の私にできるのはこれしかない。
「大丈夫だよ。きっと大丈夫」
氷雨君の手を握っていると、ふっと表情が和らぐ。
「……いかないで」
「どこにも行かないよ」
そう答えると同時に、いつもの激しい眠気が襲ってくる。
安心した様子で寝ている氷雨を見ながら意識を飛ばした。
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みんなの感想(1件)

赤崎火凛(吉田定理)

おかずの交換、いいですね。けっこう仲良しですね。

黒蝶
2022.08.21 黒蝶

赤崎火凛さん、こんにちは。
実はふたりなりに仲良くなろうとしているのですが、もうすでに仲良しでは?という微妙な距離感で綴っています。
学校パートは少なめですが、えげつない内容が多い分ほっこり要素として楽しんでいただけますと幸いです。
感想ありがとうございました。

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