冒険者になった吸血少女の見る世界

澄雫

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5章

メイニーさん

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 ヤヨイさんと少しお話をしつつエルノーラさんの寝顔を見ておりますと。ベッドの横に円状の影が現れました。

 時間にして数分程度でミズファ母様が戻って来ました。そしてもう一人、小さな女の子の姿もあります。

「ミズキ、ヤヨイちゃん、ただいまです! メイニーちゃんを連れてきましたよ」
「お帰りなさい、ミズファ様」
「ミズファ母様お帰りなさい。其方の女の子が、メイニーさんなのですね」

 ミズファ母様の隣で私を見上げる幼い女の子。見た目は十歳前後でしょうか。肩にかかる程度の綺麗な水色の髪をしています。頭にはメイドカチューシャを着け、それに合わせる様に可愛らしいメイド服を着ていました。

「あの、メイニーさん初めまして。私はミズキと申します」

 早速、深々とお辞儀をする私。場合によっては今後ずっとお世話になる方ですので、丁寧なご挨拶でお迎えします。

「あのあの、ヤヨイはヤヨイと申します。宜しくお願い致します」
「私メイニー。今、貴女の目の前に居るの」
「……」

 謎のご挨拶を返されました。

 いえ、謎も何も目の前にいらっしゃるのは見て解る通りですけれど。メイニーさんは謎のご挨拶の後、小走りで私の後ろへと回り込みます。

「私メイニー。今、貴女の う し ろ に い る の」
「……」

 ……後ろから謎のご挨拶をされました。……ええと、これはどう反応すべきなのでしょうか。と言うか何なのですかこの子……。ヤヨイさんも首をかしげてメイニーさんを見ております。

「メイニーちゃん、その遊びはミズキ達に通じないので止めましょう」

 ポン、とメイニーさんの頭を叩くミズファ母様。

「痛い」

 両手で頭を抑えるメイニーさん。何処となく……イグニシアさんに雰囲気が似ていらっしゃる感じがします。若干眠そうな目をしていますし。

「あの、何かの遊びだったのですか?」
「遊びなの」
「す、すみません。私そういう事に疎くて……」
「はい。傷心の私はこの子の面倒を見るお仕事をしに来たの」

 傷心している様には見えないメイニーさんがベッドの前にしゃがみますと、エルノーラさんの寝顔をじーっと見つめています。

 何といいますか、メイニーさんはマイペースな方の様ですね……。

「ミズキ、今凄く疲れたような顔してましたね」
「あ、いえ……御免なさい。そんなつもりは無いのですけれど」
「気にしないで下さい。メイニーちゃんは大体いつもこんな調子なので」
「そ、そうなのですか」

 少しの間、エルノーラさんの寝顔を見ていたメイニーさんが急に周囲を見回し始めました。可愛らしいぬいぐるみが沢山ありますので、そちらに興味が移ったのかと思ったのですけれど、見ているのは別の方向です。

「メイニー様は何を気にされているのでしょう?」
「私にもさっぱり……」

 ベッドの前から立ち上がり、突然部屋の中を走り出すメイニーさん。そして時折立ち止まっては、両手を頭上に差し出して何かを取ろうとする仕草をしています。そのような事を数度繰り返していますので、段々と不安になって来る私。

「あの……ミズファ母様。メイニーさんは何をなさっているのでしょうか」
「僕にも解りません!」
「……」

 この子にエルノーラさんをお任せして大丈夫なのでしょうか……。しばしメイニーさんの様子を伺っておりますと、部屋の中を三週した後に戻って参りました。そして私をじーっと見上げています。

「あの……メイニーさん。何をされていたのですか?」
「ここの空気を調べてたの」
「あ……そうだったのですか。何か解ったのですか?」
「はい。ここの空気はとっても綺麗なの。菌もほこりも無いの。でも綺麗すぎて、ここにいると病気に対する免疫が低下するの」
「え……それはどういう事なのでしょう?」
「翼の子が元々居た世界は多分、空気が綺麗過ぎると思うの。空気が綺麗なのは良い事だけど、その分病気への免疫も耐性も無かった筈なの。だから少しでも空気が汚れていると、直ぐに病気になるの」

 メイニーさんのお話を聞いて、ようやく天翼人がこの世界の空気に馴染まない理由が解りました。清浄な空気が循環する環境は、人が住む上でとても理想的な事の様に思いますが、ひとたびその環境が変化してしまうと……綺麗な空気にのみ適していた体が異常をきたしてしまう訳です。

 これは天翼人だけに限った話では無いですね。ただ、清浄すぎる世界に生まれたが故の弊害だったのです。

「メイニーちゃん、この部屋の空気と同じ位の綺麗な空気って作れそうですか?」

 ミズファ母様の質問に、メイニーさんは全く悩む様子もなく頷きました。

「はい。今ならもれなく、翼の子がこの世界に馴染む様に少しずつ空気を作り替えていくサービスも実施中」
「本当ですか!?」

 とっても嬉しくなり、メイニーさんに抱き着いてしまいました。何やらむぐむぐ言っておりますが、放しません。

「私の二度目の人生は……仄かな膨らみと……甘い香りの中で、終わりを迎えるなの……」
「ミズキミズキ、メイニーちゃんが窒息しかけてます!」
「あ、すみませんつい……」

 私って、興奮すると周りが見えなくなるのですよね……。いけませんいけません……。

「あの、メイニーさん。エルノーラさんの事、お任せしても宜しいでしょうか?」
「はい。お仕事なの。罪滅ぼしなの。あと翼の子可愛いから興奮なの」

 今何か不審な事を言いましたけれど、聞かなかった事にしておきます。

「じゃあ後はメイニーちゃんにお任せして、そろそろ行きますよ!」
「そうですね、ここにユイシィスさんが戻って来る前に」
「ようやくヤヨイの出番ですね。最近、なんだか蚊帳の外にいる気がしてましたけど、ここからお役に……って」

 元気に片手を振り上げていたヤヨイさんが急に涙目になり、ふるふると震えております。

「ヤヨイさん?」
「アマテラス様が顕現を望んでおられます……」
「アマテラスさんって、確か以前ヤヨイさんが呼び出した神様、でしたか?」
「はい……。うぅ……私の出番が……」

 魔物との戦いにおいてはヤヨイさんの力は大変な意味を持ちますので、居て下さらないと困るのですけれど……。何やら神様がご用事の様子です。

「……取りあえず戦場に場所を移して欲しいと仰っています」
「そうですか、では早速ユイシィスさんの下へ参りましょうか」
「じゃあ、二人とも僕の傍に来て下さい。プリシラが工業都市でユイシィスと対峙してるって言ってるのでそこまで転移します!」

 私とヤヨイさんがミズファ母様に寄り添いますと、足元に円状の影が出現します。そして三人共にその影の中へと沈んでいきます。

「メイニーちゃん、少しの間宜しくお願いしますね!」
「はい、女王様。私頑張るなの」

 無表情で手を振っているメイニーさんに向けて私も手を振り返した所で……景色が一変します。

 以前、魔道船でラグナへ移動中に一度立ち寄った工業都市。ここは線路と呼ばれる橋が無数に都市の中に張り巡らされていて、大変不思議な構造をした街なのですが……。

 街の入り口へと転移した私が見たのは……いくつかの橋が壊され、建物が炎上する景色でした。そして、上空に赤い十字架が浮いています。あれは古代血術エンシェントプラッドの一つ、血術聖なる赤の逆十字ブラッドクロスですね。

 十字架がゆっくりと落下すると、それに触れたアンデット系統の魔物が霧散し、それ以外の魔物は重さで地面に押し付けられています。

 恐らくプリシラ母様が戦っているのだと思いますけれど、戦闘系能力を扱う所は初めて見ました。今の古代血術エンシェントプラッドを見る限り、私よりも血の扱いがとても洗練されているように感じます。

「予想以上に都市の被害が大きいですね……」

 数百以上は居ると思われる魔物の攻撃で、都市は壊滅状態です。都市の奥から兵士さん達と魔道帝国・位階者ラグナ・スペルムの方々が善戦していらっしゃる声が聞こえますが……魔物の多さに押し切れていない様です。

「街の人々は列車に乗って避難済みですし、都市は後からいくらでも修復出来ます。今は気にせず戦えと陛下も仰っていました」
「あの方らしいですね」
「あの、申し訳ございませんがヤヨイは神降ろし儀に入ります。ですので……」
「その間の護衛ですよね。大丈夫ですよ、この辺りは安全の様ですし」
「有難うございます、ミズキ様」

 以前実技訓練の際に使用した神降ろしの儀とは違い、その場で正座し精神統一を始めるヤヨイさん。その後、忙しく手を動かし、何かの印を結び始めました。これが本来の神降ろしの儀なのでしょうね。

「ミズファ、ミズキ!」

 スカートの裾を摘まみ上げながら、プリシラ母様が崩れた建物の奥から走り寄って来ました。とても綺麗な黒のドレス姿ですので、周囲の兵士さん達の目が釘付けです。プリシラ母様は可愛らしい少女ですから、それも仕方ありませんね。

「お疲れ様ですプリシラ。街の入り口周辺はあらかた制圧が済んだみたいですね」
「ええ、でもまだ都市の奥に雑魚共が沢山残っているわよ」

 私達は街の入り口に近い位置におり、周囲は既に兵士さん方が制圧していました。既に拠点となる仮設天幕も張られています。ヤヨイさんが無防備で居られるのはその為ですね。

「プリシラ母様。先程の血術聖なる赤の逆十字ブラッドクロス、とても素晴らしい物でした。余り血を使用していらっしゃらない様でしたけれど、私の物よりも威力が高い様に感じられました」
「それはね、血の操り方の問題なのよ。今はこんな状況だから、後で伝授してあげるわ」
「はい、プリシラ母様」

 程無くして上空に剣、勾玉、鏡が出現しました。そろそろアマテラスさんがいらっしゃる様ですね。プリシラ母様も興味深くヤヨイさんの様子を伺っています。

「この子、本当に人間なのか疑ってしまうわね。今展開している能力って召喚の類なのでしょう?」
「僕ですら驚愕物ですからねー。この大陸の平和維持が続いているのも納得のチート少女です」

 こちらの大陸における最強の存在であるヤヨイさん。そんな彼女は特殊な能力によって更に強大な存在へと変化します。神降ろしの儀を終えたヤヨイさんの身が眩い光に包まれますと。

 再び、私の前にアマテラスさんが現れました。
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