冒険者になった吸血少女の見る世界

澄雫

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5章

アマテラスさんと天の城

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「同郷の子よ。また会いましたね」

 ふよふよと宙に浮いているアマテラスさんが微笑みつつ、私を見つめています。余り面識はありませんけれど、友好的に接して下さる方ですのでお辞儀をしつつご挨拶をお返しします。

「こ、こんにちは。あの……」
「言わずとも解りますよ、同郷の子よ。お話ししましょう、私が降りた理由を」

 表情から笑みが消え、工業都市の奥を見据えるアマテラスさん。大きな魔力が都市の反対側から感じられますので、そちらを気にしていらっしゃる様子です。恐らく、ユイシィスさんの魔力だと思われますけれど。

「余り猶予もありません。銀色の髪を持つ同郷の子よ、私よりも強き子よ。此方へ」
「僕ですか?」
「人にありて人に非ざる者よ。血を扱いし強き者よ。此方へ」
「……この私を呼びつけるだけの実力は持っている様ね。いいわ、私に何か用かしら?」

 アマテラスさんが母様達を近くへ招きますと、手の平を頭上へ差し出します。すると……何処かの洞窟の中と思わしき場所に景色が瞬時に切り替わったのです。

 全然暗くは無く、洞窟内はとても神聖な印象を受けました。目の前には大きな岩があり、入り口を塞いでいる様に見えます。この景色に切り替わったのが瞬く間の事でしたので、驚きを隠せない私。

「あの、ここは何処でしょうか……? 転移魔法ですか?」
「そうではありません、同郷の子よ。ここは天の岩戸。何人も立ち入る事許されぬ我が境界。貴女達はあの都から一歩たりとも動いてはいません」
「つまり、結界の中って感じですかね。と言いますか、アマテラスさんって神話の神様ですよね? 僕、実際に会えてこの気持ちをどう表現していいのか解んないんですけど、何かこう神様って本当にいたんだなーって感じです」

 今のお話を察しますと、ミズファ母様もアマテラスさんを知っていらっしゃるのですね。お会いしたのは初めての様ですけれども。

「それで、その神とやらが私達を結界に連れ込んで何の様なのかしら?」

 プリシラ母様は別段怒っている訳では無いようですけれど、強い者への対抗意識が話し方に現れているのかもしれません。気高い方ですからね。

「この地に堕ちた神の御使いの子孫。天翼を持つ者。その者達が住まう巨殿が天に浮かんでいます。貴女達ならば、既に知っていますね?」
「……天翼、巨殿……。あぁ、天翼人達が住む天空城の事ですか?」
「そうです、美しき銀の子よ。間も無く、天の巨殿が最も大きな都の上に姿を現すでしょう。そして、破滅の光を降り注がんとしています」
「……え?」

 恐らくアマテラスさんの言う最も大きい都ってラグナの事ですよね。それよりも、破滅の光とは何でしょうか。

「……余り好ましい状況では無いようね。察するに、何らかの範囲魔法の様な物がラグナを襲う、そんな所かしら」
「私が視たのは破滅の光で消滅する人の子ら。抗う術は無く、この地は朽ちて行くでしょう。天の巨殿はやがて魔の物が住む地へと渡り、全てを終焉へと誘うでしょう」
「……」

 事態は予想以上に厳しい状況下にある様でした。天翼人のお城が空にある事は知っておりましたけれど……まさか、そのお城が地上に攻撃を行うなんて思いもしませんでした。

「それって未来視ですか? 僕達はどうしたんですか? 僕やミズキが天空城に全く抵抗出来ない、なんて事は無いと思うんですけど」
「私が視たのは、同郷の子である貴女達がこの世に現れなかった未来。視えた世では、この地と貴女達が住まう地の交わりは無く、人の子らの争いが絶えませんでした。一方であり得た世の姿です」
「成程……僕が転生してなくて、ミズキが生まれていない世界って事ですね」
「……ぞっとする話だわ。ミズファ達がいない世界だなんて私には考えられないし、考えたくもないわね」

 もし私やミズファ母様がこの世界に居なかったら、というお話しだった様です。少し安心しましたけれど、実際にあり得たかもしれない事ですので、やはり気持ちのいい物ではありません。

「天の巨殿がもたらす破滅の光は今まさにこの世に降り注ごうとしています。一方の世と同じ道を辿るか否かは、貴女達の行く末にかかっています」
「……」

 私に解決できるお話しなのかどうか、正直疑問ではあります。破滅の光がどの様な物か実際に見るまで解りませんけれど、天のお城を止められるかどうかでこの世界の運命が左右する訳ですよね。

 しばしの無言が続きます。ミズファ母様は目を瞑って俯いています。プリシラ母様は悩むと言いますより、ミズファ母様の答えを待っているように見えます。

 そして私は。

「……転移魔法の暴発によってこの大陸に来た当初は驚きの連続でした。都市を巡るごとに魔道技術の素晴らしさを知りました。沢山の出会いの中でお友達も出来ました。そして、この地に住む事で必死に生きている人々の力になりたいと、強く思う様になりました」

 呟くように話し始めた私は、素直な気持ちを皆様に伝えます。

「私にどれだけの事が出来るか解りませんけれど、この地に住む人々を守って差し上げたい。お友達を守って差し上げたい。ですから止めます。天に浮かぶをお城を」

 今度は力強く言いました。天に浮かぶお城がどれ程の力を持つのかは知りませんけれど、私は強大な力を持つ三人の母様の娘です。その様な存在である私に止められぬ物などありません。

「ミズキ……。うん、ミズキがやる気なら僕だって負けませんよ!」
「決心した様ね。何れにせよ、天空城をこのまま放っておけば私達の大陸まで来るつもりなのでしょう? そんな事は絶対に許さないわ」

 是が非でも天のお城を止めないと、結果的に魔族を討たれてこの世界が消えてしまいます。私達の住む大陸の人々の為にも、ここでユイシィスさんを止めませんと。

「強き物達よ。決して折れぬその意志、しかと見届けました。信じましょう、貴女達を。信じましょう、この世の安寧を」

 周囲が光り出し、再び工業都市の入り口へと景色が戻っていました。ですが、アマテラスさんの姿が見えません。

「同郷の子達よ。破滅の光の第一矢は全力を以って私が退けましょう。貴女達は成すべき事を成しなさい。止めるのです、天翼の者を」

 頭の中に声だけが聞こえてきました。先にアマテラスさんはラグナへと向かったという事でしょうか。

「神様は先に行ったみたいですね。僕が向かっても良かったんですけど、ラグナにはクリスティアちゃんもいますからね。折角ですから、先にユイシィスを止めに行きますかね」
「待って」

 プリシラ母様が手の甲を上に差し出しますと、空から蝙蝠がパタパタと飛んできました。

「……ミズファ、ミズキ。他の都市にも魔物が大量に沸いたみたいよ。イグニシアからの連絡があったわ」
「あの……他の都市の皆様、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫に決まってます。皆超強いんですから。それに魔道帝国・位階者ラグナ・スペルムの人達だっているんですし」
「……そうでしたね。皆様を信じて差し上げなくては。それに、ここでユイシィスさんを止めれば、魔物の出現も収まるでしょうし」
「そう言う事です。じゃあ行きますよ!」

 ミズファ母様とプリシラ母様が魔物の群れの方へと走り出しますので、慌てて私もついて行きます。

「雑魚共の掃除は任せて、ミズキは魔力を温存して下さい」
「え、でもそれでは……」
「私の大事なミズキを殺し掛けたユイシィスとやらをこの手で始末したい所だけれど。決着は貴女自身がつけなさい」
「プリシラ母様……。解りました。でしたら、別の力で支援しますね」

 前線に立つ兵士の皆さんの横を素通りして、魔物の群れへと接敵していく私達。そして、クラウスさんから頂いた称号をここで使用します。

「兵士の皆様! 私は位階者スペルム十位ミズキです。ここは私達に任せて一旦後方へ引いて下さい。私よりも下位の位階者スペルムは魔物が散らばらない様に遠距離攻撃で牽制して下さい!」

 一部の位階者スペルムが魔道炉の数字を確認しています。そして私の名前が十位にあると解ると直ぐに敬礼し、適切な位置から魔物の注意を此方へと引きつけ始めました。流石はラグナの精鋭さん達ですね。

「流石僕の娘です。上に立つ者の顔もしっかりと持ってるんですねー」
「当然でしょう、この私の娘なのよ」

 そして二人の母様の魔法と古代血術エンシェントブラッドによって、瞬時に魔物の群れが消滅して行きます。ここには十数名の位階者スペルムがいらっしゃいますけれど、母様達の働きを見て士気が大きく上がっています。

 ですが、都市の中心へと進むにつれて更に魔物の群れが湧き出しました。

「うーん……思ったよりも魔物の湧きが激しいですね」
「面倒ね……。どうするのかしら?」
「思ったんですけど、ミズキなら転移でユイシィスの目の前に飛べるんじゃないですか?」
「あ、確かに今なら可能かもしれません」

 私の転移魔法は目的地に関係する媒介を通して移動する事も可能です。ここまでユイシィスさんの魔力が十分に届いていますので、この魔力を媒介にすればいい訳です。

「まぁちょっと魔力は使いますけどね。ミズキ、後は任せました!」
「余り時間が無いようだし、さっさと終わらせなさい」
「はい、母様」

 直ぐに転移魔法である鏡を呼び出します。位階者スペルムの皆様に母様達の指示で動く様に言ってから転移しますと……。

 この都市にある一番高い塔の最上階、でしょうか。展望台のような作りになっている丸い部屋から、外の景色を見ている人がいます。その人は私に背中を向けていました。……白い翼を持つ背中を。

「驚いたな。誰かと思えばミズキ嬢ではないか」

 ゆっくりと私に振り向くユイシィスさん。余裕の笑みと共に、獲物を見る様な目を私に向けていました。
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