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タイムマシン ①
しおりを挟むとある研究所に一人の博士が居た。
博士は並ぶ者の居ない天才だったが、天才が故に孤独だった。
天才である彼女の助手に我こそはと名乗り出る者も多かったが、誰一人として彼女の思考や言動が理解する事が出来なかったからだ。
博士は自分以外の人間は無能であり、助けるどころか足手まといとさえ考えていた。
その考えに至った経緯としては、幾つかある。
例えば、彼女の指示した事に対して助手が疑問を口にする。すると、彼女は指示以外にもなぜその指示を出したのか説明する必要が産まれる。その時間が無駄だという結論を下した結果、疑問を口にした助手は解雇された。
例えば、とある助手に資料の整理を命じた時があった。
命じられた助手が整理を終えたと博士に報告すると、博士は資料の中で一部分無くなっている事に気が付いた。
資料紛失を指摘された助手は、この棚に元々そのような資料は無かったと言った。
助手は解雇された。
例えば、タイムマシンを作る上で重要な時間の考え方を助手に説いた事があった。
博士の考えが理解出来なかった助手達は、全員解雇された。
たった一度のミスも許されない過酷な研究所で、助手を続けられる者は居なかった。
結果、博士はたった一人である偉大な研究を成功させるに至った。
「遂に完成した。遥か昔から不可能とされていた時を自在に行き来する機械を私は完成させたんだ」
タイムマシンは人一人が横になれる程の大きさをした、楕円型の機械だ。
上部の開閉部を開けて中に入り、行きたい時間はタイムマシン内部のタッチパネルから操作が出来るようになっている。
感動に打ち震え、普段は仏頂面である瞳には涙すら浮かべて博士は悲願の達成を喜んだ。
「完成させてしまいましたね」
いつの間にか隣に立っていた人物の言葉に博士は、驚きのあまり一瞬言葉を失ってしまった。
たった一人で研究所に籠り、研究に没頭していた博士は久しぶりの他人を前に会話の仕方を忘れていた。だが、間もなく冷静を取り戻した博士は突然の来訪者に冷たく問い詰めた。
「お前は何者だ? なぜここに居る? どうやって入った?」
研究所に入る為にはカードキーが必要であり、カードキーは博士しか持っていない。
「私は未来人です」
表情一つ動かさない黒髪の女を博士は訝し気に観察する。
「未来人だと? 未来人など居る訳が無い。見たところ我々の時代と同じような服装だが、嘘を吐くならもっとマシな嘘を吐くんだな」
「未来と言ってもほんの数十年後ですから、服もそんなに進歩していないのです。疑うのは自由ですが、この時代のこの場所で博士がタイムマシンを完成させる事を私は知っていました」
「お前がここに居る事が何よりの証拠という訳か。わざわざ未来人がお祝いに来てくれるとは光栄だ」
握手をするために差し出した博士の手を未来人は握り返さない。
「私は未来からタイムマシンを壊す為に来たのです」
未来人の言葉に博士は納得したように何度か頷いた。
「そうか、破壊したいのなら構わない。私が過去へ行った後に存分に破壊するといい」
「誰にもタイムマシンを使わせる訳にはいきません。博士の助手達もタイムマシンの制作には反対していたはずです。どうしてそこまで過去にこだわるのですか? 博士程の能力があれば現代でも快適に暮らせるはずです」
「逆に問うが、何故そうまでして私が過去に行くことを拒む? タイムパラドックスなど私の作ったタイムマシンでは起こりようが無い。それは未来人であるお前が一番理解しているだろう? 私の理論は完璧だ」
「確かにタイムパラドックスの心配は無いです。しかし、博士の作ったタイムマシンは過去にしか行けない。しかも行ってしまったら帰って来られない不完全な物です」
「当然だ。私の理論では好き勝手に未来や過去に行くことなど不可能だ」
「未来のタイムマシンでは可能なのです。私達の時代ではみんなが自由自在に過去や未来へ時間旅行を楽しんでいます」
「ばかばかしい。ホラを吹くのも大概にしろ」
「タイムマシン研究の第一人者である博士だからこそ、理解出来ないのも無理はありませんが事実です。博士の研究を引き継いだ者が完成させたタイムマシンこそ完璧なタイムマシンです」
「では、そのタイムマシンの作り方を教えろ。私の研究を引き継いで完成したのなら、私はそのタイムマシンの作り方を知る権利があるはずだ」
「それは原始人に電子レンジの作り方を教えるのと、同じぐらい難しいです」
「原始人だと? 一体誰が原始人なのか行ってみろ」
「いえ、違います。今のは言葉の綾です」
博士は白衣のポケットから取り出した拳銃を未来人へと向ける。有無を言わさぬ行動に未来人はその場でたじろぐことしか出来なかった。
「もういい。会話は終わりだ。私は過去へ行く。お前は未来にでも過去にでも好きな時間へ行くと言い」
「分かりました。何を言っても博士を止める事は出来ないようです。素晴らしい未来が待っていると言うのに勿体ない」
未来人が研究所から出て行った事を確認した博士は、タイムマシンの中へ入り眠るように目を閉じる。
「素晴らしい未来だと? 馬鹿馬鹿しい。私には素晴らしい未来よりも最悪な過去を書き換える方が重要だ」
博士がタイムマシンに入ってしばらくすると、設定どおりタイムマシンは起動した。
タイムマシンの内部で眠る博士の心拍数は徐々に低くなり、やがて博士の心臓は完全に停止した。
続く。
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