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タイムマシン ②
しおりを挟む人は死んだ後どうなるのか、現世に居る人は死を経験していないので答えられるはずはありません。
博士は私達にタイムマシンの理論を説明する時にこう語りました。
「私は私であり、貴方は貴方である。他人になる事はあり得ない。輪廻は信じているが転生は誤った考え方なのだ。すなわち、人は死んだら同じ人生を生まれた時からやり直す事になる。
それを何度も繰り返しているのだ。私の開発しているタイムマシンは意図したタイミングで人生をリセットさせるリセットボタンのようなものだ」
博士の説明に賛同の意を示す助手は一人も居なかった。私もその中の一人です。
助手の中には倫理観に反していると言って博士を強く非難する者も居たが、そういった人達は自らの意思で研究所を出て行った。
博士はタイムマシンとは名ばかりの安楽死装置を作っています。
ただ、普通に死ぬのでは記憶がリセットされてしまう。記憶を来世に引き継ぐため、装置には使用者の記憶を電波として過去に送るアンテナが取り付けられている。
記憶を過去に送る事で、生まれたばかりの自分の記憶を上書きするのだと博士は言いました。
博士は偉大な発明を幾つか世に出していました。
空を飛ぶ車。食べ物などの腐敗を失くす時間固定装置。季節を問わず大量の実をつける果物。人工心臓など。医学や農学など様々な分野に精通していた博士の発明は人類史に名を遺すに相応しい発明ばかりでした。
助手達が博士の元に集まったのも、それら研究がきっかけでした。安楽死装置を作りたい人など誰も居ませんでした。
博士は反対する助手達を解雇していきましたが、他の助手達と同じように解雇された私は解雇された後もカードキーを返却せずに博士の様子を見に来ていました。
研究に没頭するあまり、博士が食事や睡眠を忘れてしまわないか。掃除を疎かにするあまり虫など湧いたら研究どころじゃありません。
研究中は周囲が一切見えなくなるので、隠れて作業する必要もなく私の存在に気が付きませんでした。
私達助手が居なくなって、博士が一人で研究を続けて三年。
遂に博士はタイムマシンを完成させました。
「遂に完成した。遥か昔から不可能とされていた時を自在に行き来する機械を私は完成させたんだ」
「完成させてしまいましたね」
悲願の達成に打ち震える博士の隣に立ち、声を掛けた私に博士はぎょっとした顔で私の顔を観察する。
「お前は何者だ? なぜここに居る? どうやって入った?」
沢山居た助手の中の一人であった私の顔など、博士は覚えていらっしゃらない様子。
これは都合が良いです。
私は表情一つ変えないまま博士にこう言いました。
「私は未来人です」
安楽死装置などではなく、ありもしない本当のタイムマシンに博士の興味を持ってもらう為。
博士の自殺を止める為に、私は未来人を演じる事にしました。
「来たか。座りたまえ」
恰幅の良い初老の男性は、私が椅子に座ると葉巻に火を付けました。
研究機関の重役の事務室に呼び出されたかと思えば、沈黙が続く室内。嫌な汗がじんわりと額に滲む。
ふぅっと白い煙を口から吐いた重役は、早速本題を切り出す。
「かの天才博士が最後に残した発明品、それが大きな欠陥品である事は君も知っているな」
「確かに、あの発明は倫理的、人道的に反した物かもしれませんが、時を超える唯一の方法だと博士は言っていました」
事実、博士の発明品を処分するべきと訴える人が居るのと同時に、あの天才博士の残した最後の発明品を処分するなど勿体ないと言う者も居た。
「単刀直入に言おう。あんな欠陥品はとても世に公表出来ない。我々が望むものは完璧なタイムマシンだ」
「…………完璧、ですか?」
「そうだ。長い長い議論の末、研究機関上層部の出した結論は、現状のタイムマシンを元にした新たなタイムマシン。誰もが想像するような、過去や未来を自由に行き来する物の開発をするための研究材料とする事だ。その為の研究費用は惜しまない」
「潤沢な研究費用があったとしても、あの博士が作れなかった物を一体誰が作れるのですか?」
「君だよ」
「は?」
「博士の最後の助手である君ならば、タイムマシンを完成させられると我々は確信している」
「待って下さい! 助手と言っても実際は博士の身の回りのお世話程度の事しか出来ていませんでした。私には不可能です」
動揺のあまり、思わず椅子を揺らし立ち上がる私に対して、重役は眉一つ動かさない。
「いいか。これは命令だ。もし君が無理と言うのであれば他の物を任命するしかない。その時はこの研究機関から君の名前は消える事になるがね」
酷い脅迫です。
引き受けたら地獄。断ったら無職。本音を言えば断りたいです。私だけの都合ならば悩む間もなくお断りしたでしょう。
しかし、私は一つだけ心残りがあります。
私はまだ知らないのです。博士が何故命を捨ててまで過去に執着していたのか。そして博士はちゃんと過去に行けたのか。
もし今研究機関を離れてしまえば、おそらく二度と知る機会を失ってしまう事になるでしょう。
私を睨みつけて、偉そうな態度で偉そうな言葉を言った偉い人に対して、私は決意の籠った眼差しで真っ直ぐと見つめ返す。
「分かりました。私がタイムマシンを完成させます」
まるで意を決したかのような私の言葉に、おぉ! と喜ぶ重役。
研究費は出してくれると言ってますし、タイムマシンが完成したら良し。もし出来なくても博士が残してくれたタイムマシンがあります。
タイムマシンを使って過去に戻れば、私の心残りである二つの疑問の答えに辿り着く事も出来るでしょう。
そんな打算ばかりの軽い気持ちで私は博士の跡を継いだのでした。
続く。
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