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同僚がモフ度の高い神獣でした。
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要領がいい。
仕事ができる。
頼りになる。
新卒で入社できた会社、クリオネックスでの私、篠瀬(しのせ)葵(あおい)の評価は、ありがたいことに概ねこんな感じだ。
クリオネックスは企業経営に特化した総合マネジメント会社で、私の所属する総務部は主に備品管理や各種申請、給与計算等を行なっている。
ところが最近、新たに職人専用のクリエイター・クラフトマン(C・C)部が立ち上がり、これによって庶務にこなれた総務部員が何かと協力を求められるようになっていた。
部内の実務は増え、当然、入社二年目の私のところにも日々しわ寄せとなった雑務が押し寄せて来るわけで……。
捌いても捌いても終わりのない仕事量に少し──いや、かなり疲れが溜まっていた。
本当の私は、不器用で、要領が悪くて、覚えも良くない。
たくさんたくさん考えて段取りを決め、たくさんたくさんメモして何度も読み返す。人の倍動いて数をこなし、人の倍努力して仕事を覚える。
頑張って、頑張って、頑張って。そうやって何とか毎日をこなしているのだ。
要領がいい。
仕事ができる。
頼りになる。
その言葉は努力に報いる称賛である一方、私の肩に重くのしかかるプレッシャーでもあった。
昼休みに割り込んだ会議がようやく終わり、お弁当を手に屋上へと続く階段を上がる。
鉄扉を力一杯引っ張って屋外に出ると、九月の残暑がむわ、と体を包み込んだ。
暑いけど、冷房で冷えきった体にはちょうどいい。
お弁当箱を一度置いて、鎖骨まである髪をポニーテールに括る。
室内の凝った空気とは違う蒸れた空気が風となって体にぶつかってきた。
錆の浮いたフェンス、塗装の剥げた床、吹きっさらしのコンクリート。
おしゃれなオフィスの内装に反して、忘れられたようなこの場所には、滅多に人が寄り付かない。
忙しい時ほど一人になりたくて、私は時々、こうしてお弁当を手に屋上に上がっていた。
青い空に白い雲がぷかぷか浮かんでいる。
ふわふわと手触りの良さそうな雲にふと、田舎の実家にいる猫と犬を思い出した。
猫は良い。気まぐれで愛想がないけど、時々甘えて来る時の声が可愛いし、フカフカしてお日様の匂いがする。
犬も好きだ。何度でも全身で好意をアピールしてくる姿は愛らしいし、もふもふの毛皮はあったかくて気持ちが良かった。
嫌なことがあったり、疲れたり。元気がないといつの間にか二匹が私を挟んでぎゅうぎゅうと体を押し付けてきたものだ。
そういう時は両腕で思いっきりもふもふすると元気が出た。
上京して一人暮らしになってからはペットが飼えず、動物カフェなるものの存在を知っても、なんとなく敷居が高くて入れなかった。
そう考えるともうずっとペットロスだ。いや、モフロスと言うべきか。
なんだか急に寂しくなって、私はもこもこの白い雲をぎゅ、と見つめた。
私には、猫が。犬が。ていうか、
「モフが……っ! 足り、な────い!」
「うわ、びっくりした」
突然、声がして心臓が止まりそうになる。
誰もいないと思っていたのに、どこから声が。
バクバクと暴れる心臓を抑えながら辺りを見回すと、出てきたばかりの出入り口の上、高台になっている場所から、何かがのっそりこちらを見下ろした。
人影にしてはずいぶん大きい。……ていうか人の形じゃない!?
目にしたものが信じられなくて、私はパチパチと瞬きを繰り返した。
ぴん、と立った三角形の耳、ゆるく波打つ真っ白の長毛。くるくるの毛に覆われた尻尾、金色の尻尾。額のあたりには小さな角のようなものが一本、覗いている。
大人のオスライオンくらいの大きさで、強いていうならサモエド犬に似ていた。
「も……モフモフ……」
「あ、やべ」
呆然と凝視する私にはっとした様子で、巨大犬が首を引っ込める。
どこかで聞いたような声だと思ったが、それどころではなかった。
「ま、待って!」
あれは何だろう? とか、猛獣? とか、お化け? とか。
駆け巡った疑問と警戒心は一瞬で吹き飛んでしまった。
そんなことより、モフモフがモフモフだった!
スカートであることも忘れて、私は高台へと続く鉄製の足場に駆け寄った。
頼りない足場を掴んで懸命に体を引き上げる。
垂直の壁をなんとか昇って高台に上がると、そこにいたのは期待したモフモフではなく、両足を投げ出すようにして座る若い男性社員だった。
「え、あれ……?」
「うわぁ、逃げずに確かめに来ちゃうタイプかぁ……」
ぼそ、と何事か呟いて、男性社員がため息をつく。
彼は確か、同期入社で営業部からC・C部に引き抜かれた、神尾(かみお)大和(やまと)だ。
押さえるところで押さえ、抜けるところで上手に手を抜く。愛想もいい、対応も丁寧、顧客からの評判も良好。何事もそつなくこなし、新部署でも一目置かれる、真性の要領良し男、とは誰が言った言葉だったか。
「あのっ、今ここに犬でも猫でもないおっきくて白いモフモフが居ませんでしたか……!?」
説明が説明をしていないが、見失ってしまったモフの行方を捜して私は必死だった。
膝をついて詰め寄る私におののいて、神尾くんが私を避けるように身を引く。
「いや、知らない。見てません。ていうかおっきくて白いモフモフって何ですか。仕事のしすぎで幻でも見たんじゃないの」
「まぼろし……」
それはとても納得のいく指摘で、だからこそ私は喪失感に打ちのめされた。
すとん、とその場に座り込んで、俯く。
知らぬ間にあのモフモフに実家の猫と犬を重ねていたのだろう。
再び強烈にこみ上げる寂しさに、私は耐えきれず唇を噛んだ。
仕事ができる。
頼りになる。
新卒で入社できた会社、クリオネックスでの私、篠瀬(しのせ)葵(あおい)の評価は、ありがたいことに概ねこんな感じだ。
クリオネックスは企業経営に特化した総合マネジメント会社で、私の所属する総務部は主に備品管理や各種申請、給与計算等を行なっている。
ところが最近、新たに職人専用のクリエイター・クラフトマン(C・C)部が立ち上がり、これによって庶務にこなれた総務部員が何かと協力を求められるようになっていた。
部内の実務は増え、当然、入社二年目の私のところにも日々しわ寄せとなった雑務が押し寄せて来るわけで……。
捌いても捌いても終わりのない仕事量に少し──いや、かなり疲れが溜まっていた。
本当の私は、不器用で、要領が悪くて、覚えも良くない。
たくさんたくさん考えて段取りを決め、たくさんたくさんメモして何度も読み返す。人の倍動いて数をこなし、人の倍努力して仕事を覚える。
頑張って、頑張って、頑張って。そうやって何とか毎日をこなしているのだ。
要領がいい。
仕事ができる。
頼りになる。
その言葉は努力に報いる称賛である一方、私の肩に重くのしかかるプレッシャーでもあった。
昼休みに割り込んだ会議がようやく終わり、お弁当を手に屋上へと続く階段を上がる。
鉄扉を力一杯引っ張って屋外に出ると、九月の残暑がむわ、と体を包み込んだ。
暑いけど、冷房で冷えきった体にはちょうどいい。
お弁当箱を一度置いて、鎖骨まである髪をポニーテールに括る。
室内の凝った空気とは違う蒸れた空気が風となって体にぶつかってきた。
錆の浮いたフェンス、塗装の剥げた床、吹きっさらしのコンクリート。
おしゃれなオフィスの内装に反して、忘れられたようなこの場所には、滅多に人が寄り付かない。
忙しい時ほど一人になりたくて、私は時々、こうしてお弁当を手に屋上に上がっていた。
青い空に白い雲がぷかぷか浮かんでいる。
ふわふわと手触りの良さそうな雲にふと、田舎の実家にいる猫と犬を思い出した。
猫は良い。気まぐれで愛想がないけど、時々甘えて来る時の声が可愛いし、フカフカしてお日様の匂いがする。
犬も好きだ。何度でも全身で好意をアピールしてくる姿は愛らしいし、もふもふの毛皮はあったかくて気持ちが良かった。
嫌なことがあったり、疲れたり。元気がないといつの間にか二匹が私を挟んでぎゅうぎゅうと体を押し付けてきたものだ。
そういう時は両腕で思いっきりもふもふすると元気が出た。
上京して一人暮らしになってからはペットが飼えず、動物カフェなるものの存在を知っても、なんとなく敷居が高くて入れなかった。
そう考えるともうずっとペットロスだ。いや、モフロスと言うべきか。
なんだか急に寂しくなって、私はもこもこの白い雲をぎゅ、と見つめた。
私には、猫が。犬が。ていうか、
「モフが……っ! 足り、な────い!」
「うわ、びっくりした」
突然、声がして心臓が止まりそうになる。
誰もいないと思っていたのに、どこから声が。
バクバクと暴れる心臓を抑えながら辺りを見回すと、出てきたばかりの出入り口の上、高台になっている場所から、何かがのっそりこちらを見下ろした。
人影にしてはずいぶん大きい。……ていうか人の形じゃない!?
目にしたものが信じられなくて、私はパチパチと瞬きを繰り返した。
ぴん、と立った三角形の耳、ゆるく波打つ真っ白の長毛。くるくるの毛に覆われた尻尾、金色の尻尾。額のあたりには小さな角のようなものが一本、覗いている。
大人のオスライオンくらいの大きさで、強いていうならサモエド犬に似ていた。
「も……モフモフ……」
「あ、やべ」
呆然と凝視する私にはっとした様子で、巨大犬が首を引っ込める。
どこかで聞いたような声だと思ったが、それどころではなかった。
「ま、待って!」
あれは何だろう? とか、猛獣? とか、お化け? とか。
駆け巡った疑問と警戒心は一瞬で吹き飛んでしまった。
そんなことより、モフモフがモフモフだった!
スカートであることも忘れて、私は高台へと続く鉄製の足場に駆け寄った。
頼りない足場を掴んで懸命に体を引き上げる。
垂直の壁をなんとか昇って高台に上がると、そこにいたのは期待したモフモフではなく、両足を投げ出すようにして座る若い男性社員だった。
「え、あれ……?」
「うわぁ、逃げずに確かめに来ちゃうタイプかぁ……」
ぼそ、と何事か呟いて、男性社員がため息をつく。
彼は確か、同期入社で営業部からC・C部に引き抜かれた、神尾(かみお)大和(やまと)だ。
押さえるところで押さえ、抜けるところで上手に手を抜く。愛想もいい、対応も丁寧、顧客からの評判も良好。何事もそつなくこなし、新部署でも一目置かれる、真性の要領良し男、とは誰が言った言葉だったか。
「あのっ、今ここに犬でも猫でもないおっきくて白いモフモフが居ませんでしたか……!?」
説明が説明をしていないが、見失ってしまったモフの行方を捜して私は必死だった。
膝をついて詰め寄る私におののいて、神尾くんが私を避けるように身を引く。
「いや、知らない。見てません。ていうかおっきくて白いモフモフって何ですか。仕事のしすぎで幻でも見たんじゃないの」
「まぼろし……」
それはとても納得のいく指摘で、だからこそ私は喪失感に打ちのめされた。
すとん、とその場に座り込んで、俯く。
知らぬ間にあのモフモフに実家の猫と犬を重ねていたのだろう。
再び強烈にこみ上げる寂しさに、私は耐えきれず唇を噛んだ。
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