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モフの取引
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誰かに何かを頼むのは苦手だ。
まず人を頼っていい基準が分からない。どのくらい困ったら助けを求めていいのか見極められないし、頼んだことによる相手の負荷が測りきれない。
嫌だと思うかもしれないことを頼むのも気が引ける。
色々考えると自分でやった方が気が楽で、だから何でも一人でこなしてしまうし、我慢する癖がついていた。
結果「頼れる人」という印象を強めてしまっているのだから、身から出た錆とはこのことだ。
だけど今回は、そんな苦手を押してでもお願いしたかった。
他にモフの補充方法がなかったし、何より狛犬の神尾君は信じられないくらい気持ちよかった。
緊張しながら反応を待っていると、ややあって神尾君の整った顔がふと歪んだ。
「それは脅しですか」
「え」
何を言われたのか分からずに、ぽかんと神尾君を見上げる。
無防備になった表情に不意をつかれたのか、戸惑うように神尾君が視線を彷徨わせた。
「だから……モフらせないと俺のことを会社にバラす、とかそういう」
「そんな……っ! そんなことしません!」
ぶんぶんと頭を振って、私は懸命に答えた。
「内緒なのは分かってます。本当は秘密なのに触らせてくれたのも。ありがとうございます。嬉しかったです。ここのところモフモフした生き物に触ってなかったので、久しぶりに充電できて元気が出ました。だからその、『また』っていうのは私の欲張りで……ご迷惑なら取り下げます。ごめんなさい」
座った位置から深々と頭を下げる。
やっぱり慣れないことなんてするんじゃなかった。
ずうずうしいお願いで親切にしてくれた人に嫌な思いをさせてしまった。
後悔といたたまれなさでいっぱいになって、私は泣きたくなった。
「ちょっと、顔上げて。土下座されてるみたいで困ります」
困る、と言われて、居住まいを正す。
この上神尾君に迷惑になるようなことはしたくなかった。
目を合わせられずに神尾君の影を見つめていると、ため息とともに神尾君の声が落ちてきた。
「まあ、喋っても誰も信じないって言ったのは俺だし、正体バラしたのも俺なんだけど」
自業自得か、と神尾君が呟く。
うーん、と考えるような唸り声を上げてから、神尾君が言った。
「篠瀬さんに他意がないことを信じたとして、そのお願いに対する俺の旨味って何ですか」
「え?」
旨味?
ハテナをいっぱい浮かべて神尾君を見上げると、呆れたような視線が返って来た。
「脅しじゃないなら取引ってことでしょ。だったら俺にも旨味があって良いはずだ。篠瀬さんばっかり良い思いするなんてずるいじゃないですか」
取引、という意識はなかったが、ずるい、と言われればそうかもしれない。
納得して、私は神尾君に尋ねた。
「あの、私、何をしたら良いですか」
「何ならしてくれるの?」
試すような瞳で神尾君が訊き返す。
お前の価値は何だと問われたようで、私はぎゅう、と拳を握った。
私の価値は何だろう。取引するに足る価値は。
昔からこれといって取り柄もなかったし、羨ましがられるようなことも何もなかった。
今の位置付けは努力でなんとか保たれているもので、決して自分本来の価値ではない。
答えられずに悩んでいると、ふと頭上で神尾くんの笑う気配がした。
「悩みすぎ」
はは、と目を細める神尾君からは、先ほどの鋭い警戒は感じられない。
「そんなに考えることですか。一モフにつき昼飯一回とか、切れる領収書譲ってくれるとか、色々あるでしょ」
「そ、そんなことでいいんですか」
自分の能力ではなく、物をギブする取引は思いつかなかった。
それなら可能そうだ。
何となくほっとしていると、「まあそんなものに興味はないですけど」と神尾君が話の流れを容赦なくぶった切った。
「飯も領主書も自分で手に入れるから俺にとっては取引に使うほどの旨味じゃないです」
「ええ」
訳が分からなくなってぐるぐるしている私に、神尾君が近づく。ひょい、としゃがんで視線を合わせると、悪い顔で笑って見せた。
「俺から提案してもいいなら、お願いしたいことがあるんですけど」
それが神尾君と私の、最初の取引となった。
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