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新しい対価は一分間のキス
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しおりを挟む目を覚まして最初に見たのは白い天井だった。
次にパーテーション代わりに吊るされたカーテンが目に入り、ここが仮眠室であることを知る。
すぐそばに人の気配を感じて視線をやると、ベッドに腰掛けて書類をめくっている神尾君の姿を見つけた。
「!?」
小さく息を飲んだ私の気配に気がついて、神尾君がこちらに目を向ける。
反射的に起き上がろうとした私に向かって、手の平を突き出すと首を振った。
「急に起き上がらないで。できればそのまま寝ていていください。今車を呼んでますから」
「え、え?」
何がどうなっているのか分からずにハテナをいっぱい浮かべていると、神尾君がほんの少し顔をしかめた。
「もしかして状況が分かってないなら説明しますけど、篠瀬さん、熱ありますよ」
いつもより強い口調で、叱るように神尾君が言う。
「いつから具合悪かったんですか。倒れるまで仕事するなんて無茶苦茶だ」
「すみません……」
いたたまれなくて視線が下がる。自己管理ができていないのは自分のせいだ。
不甲斐なさに泣きたくなっていると、神尾君がため息をついた。
「そうじゃなくて」
ぽす、と布団越しに胸の上に置かれたのは、神尾君に渡そうと思っていた書類の束だ。
「あっ、それ説明したくてプリントしたんです。表が分かりにくかったので作り直したんですけど、その時に」
「これのせい?」
酷く冷えた声で問われて、私は思わず口をつぐんだ。
「篠瀬さんが倒れるほど無理したのって、俺がこれを頼んだせい?」
怒っている。
静かな声に含まれる怒りに気づいて、胸が締め付けられるような痛みを感じた。
「す、すみません。自己管理が甘かったです。迷惑かけて……」
「そうじゃないだろ」
はあ。
大きなため息に、びく、と体が跳ねる。
怖がったと思われたのか、神尾君が眉を下げた。
「すみません。怒ってるのは篠瀬さんにじゃなくて」
──自分に。
吐き出す息とともに呟いた神尾君が頭を垂れた。
「今回の仕事、いつもより面倒だったでしょ。無茶な配分だって分かってはいたんですが……すみません、取引につけ込んで甘えてしまった」
自分でやるべきでした、と神尾君が歯噛みする。
「そんな」
謝って欲しくて頑張ったんじゃない。
慌てて体を起こすと、思いの外、力が入らずふらふらした。
重力に屈して倒れこもうとする体を、神尾君の大きな掌が素早く支える。
「危ないですから急に起き上がらないで。思ってるよりずっと高熱ですよ。後十五分もしたらタクシーが下に到着すると思うので」
「できるって言ったのは私です!」
神尾君の胸に縋って、私は必死に話を戻した。
「ちょっと不調が続いて……確かに、考えていたより少し時間がかかっちゃいましたが。でも、仕事をうまく回せなかったのも、体調管理ができなかったのも、私の責任です。た、頼まなければよかったなんて、思わないで」
「──いや。そもそもよその部署の人間に手伝わせるっていうのが筋違いなわけで」
「そんなのみんなやってます! 新設された部署の手伝いは課長からの指示でもあるし」
「それは正式に申請があって動いている人に対しての話でしょ。篠瀬さんの業務に俺の仕事は織り込まれていないはずだ」
「そ……っ、そう、です、けど」
神尾君の方が正論だ。
取引のことを除いてしまえば、この協力関係は正当なものではない。
でも、でも、と言葉を探す私を見下ろして、神尾君が首をかしげる。
「ていうか、何でそんなに必死になるんですか。前にも言いましたけど、これは取引なんです。篠瀬さんがモフを諦めれば俺の仕事を受ける義理はなくなる。今回の仕事だって難しくなった時点で手放せば良かったんだ。無茶してまでやるような仕事じゃないって、そんなのとっくに分かってると思ってましたけど」
「大事な仕事だと思ったからです」
切り返すと、ちょっとびっくりしたような顔をして、神尾君が黙った。
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