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新しい対価は一分間のキス
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「そういうわけで、社長からわざわざ指名付きで頼まれた今回の仕事は、どうしても引き受けたかったんです。ただ、自分の業務量を考えるとかなり厳しい状況で……。篠瀬さんが引き受けてくれなかったら、ここまでクオリティの高い資料を揃えることはできませんでした。やっつけにはしたくなかったので、感謝しています」
そうだったのか。
神尾君の言葉を聞いて、私はちょっと安心する。
少しでも神尾君の役に立てたのなら、良かった。
しかし続く言葉は私の安堵を覆すものだった。
「でも、もうやめます」
「え」
「篠瀬さんに仕事を回すの。俺は篠瀬さんを便利に使いたいわけじゃないんです」
便利。
その言葉に、心がぎくりと固まった。
──篠瀬さんて便利に使われてるって感じですよね。
戸塚君の言葉が蘇る。
「……便利じゃなかったら、私の価値は何ですか」
「え?」
聞き逃したのか、神尾君が私の顔を覗き込んだ。
なんとなくその視線を避けながら、私はとっさに言葉を探した。
「え、と。……ほ、他に取引できるものがないので、どうしたらいいのかと」
私の言葉に、ああ俺を撫でるための取引ね、と神尾君が納得する。
少し考えて、それから再度神尾君が私の顔を見つめた。
「じゃあ、キスしてもいいですか」
「はあ、キス……。えっ、キス!?」
突拍子も無い提案に、思わず大きく仰け反った。
くらりと目が回って、再び神尾君の手に助けられる。
「だから危ないって……分かりました。寝てください。寝て。大人しくしていて」
促されるままベッドに体を横たえるも、頭の中はパニックだ。
「き、キスって、あの、何で」
「したいな、と思ったので」
動揺している私に対して当の神尾君はいつも通りだ。
普通すぎて特異なことを頼まれた感じが全然しない。
返すべき答えを見つけられずにいると、神尾君が更につけ加えた。
「一モフにつき、一分間のキス。口が嫌なら別の場所にします。どうですか」
「別の場所って……」
反射的に言葉をなぞると、神尾君がベッド脇に手をついて、ほんの少しこちらに身を乗り出した。
熱を持った私の額に神尾君の大きな手が乗せられる。
前髪を押し上げるようにゆっくり額を撫でてから、神尾君の綺麗な顔が近いてきた。
うわ。
思わず瞼を閉じると、小さなリップ音を立てて額に唇を押し当てられる感触があった。
こ、これは……もしやいわゆるデコチューでは。
そう思った時にはもう、神尾君の気配は額の上にはなくて。
離れていく気配につられて、私はそうっと目を開けた。
「嫌でしたか」
提案した時と同じように、顔色一つ変えない神尾君が私を見つめている。
「嫌っていうか……これ、神尾君的には取引するほど価値のあることですか」
私なんかにこんな戯れのようなキスをして、それをモフモフの対価にするなんて、いいのだろうか。
不安に眉をひそめると、神尾君は一度大きく目を見開いて、それから呆れたように半眼になった。
「考えるとこ、そこ?」
口の中で何か言って、神尾君がため息をつく。
「嫌じゃないなら交渉成立ってことでいいですね。どちらかが相手に要求したくなった時は、相手の望むものを提供するということで」
どちらかが。
その言い方では、まるで神尾君の方からも「モフを提供する代わりにキスさせて」と要求してくる可能性があるように聞こえる。
そんなことあるのだろうか、と考えていると、ふいに目の前いっぱいに真っ白な毛皮が現れた。
神尾君が狛犬になったのだ。
「とりあえず、今回引き受けてもらった仕事の分を」
どうぞ、と神尾君が大きな頭を私の顔に擦り寄せてきた。
甘えている犬みたいでなんだか可愛い。
首のあたりのふわふわした毛に手を差し入れる。
そうして私は、タクシーが到着するまでずっと、生クリームみたいな指通りのモフを堪能させてもらっていた。
そうだったのか。
神尾君の言葉を聞いて、私はちょっと安心する。
少しでも神尾君の役に立てたのなら、良かった。
しかし続く言葉は私の安堵を覆すものだった。
「でも、もうやめます」
「え」
「篠瀬さんに仕事を回すの。俺は篠瀬さんを便利に使いたいわけじゃないんです」
便利。
その言葉に、心がぎくりと固まった。
──篠瀬さんて便利に使われてるって感じですよね。
戸塚君の言葉が蘇る。
「……便利じゃなかったら、私の価値は何ですか」
「え?」
聞き逃したのか、神尾君が私の顔を覗き込んだ。
なんとなくその視線を避けながら、私はとっさに言葉を探した。
「え、と。……ほ、他に取引できるものがないので、どうしたらいいのかと」
私の言葉に、ああ俺を撫でるための取引ね、と神尾君が納得する。
少し考えて、それから再度神尾君が私の顔を見つめた。
「じゃあ、キスしてもいいですか」
「はあ、キス……。えっ、キス!?」
突拍子も無い提案に、思わず大きく仰け反った。
くらりと目が回って、再び神尾君の手に助けられる。
「だから危ないって……分かりました。寝てください。寝て。大人しくしていて」
促されるままベッドに体を横たえるも、頭の中はパニックだ。
「き、キスって、あの、何で」
「したいな、と思ったので」
動揺している私に対して当の神尾君はいつも通りだ。
普通すぎて特異なことを頼まれた感じが全然しない。
返すべき答えを見つけられずにいると、神尾君が更につけ加えた。
「一モフにつき、一分間のキス。口が嫌なら別の場所にします。どうですか」
「別の場所って……」
反射的に言葉をなぞると、神尾君がベッド脇に手をついて、ほんの少しこちらに身を乗り出した。
熱を持った私の額に神尾君の大きな手が乗せられる。
前髪を押し上げるようにゆっくり額を撫でてから、神尾君の綺麗な顔が近いてきた。
うわ。
思わず瞼を閉じると、小さなリップ音を立てて額に唇を押し当てられる感触があった。
こ、これは……もしやいわゆるデコチューでは。
そう思った時にはもう、神尾君の気配は額の上にはなくて。
離れていく気配につられて、私はそうっと目を開けた。
「嫌でしたか」
提案した時と同じように、顔色一つ変えない神尾君が私を見つめている。
「嫌っていうか……これ、神尾君的には取引するほど価値のあることですか」
私なんかにこんな戯れのようなキスをして、それをモフモフの対価にするなんて、いいのだろうか。
不安に眉をひそめると、神尾君は一度大きく目を見開いて、それから呆れたように半眼になった。
「考えるとこ、そこ?」
口の中で何か言って、神尾君がため息をつく。
「嫌じゃないなら交渉成立ってことでいいですね。どちらかが相手に要求したくなった時は、相手の望むものを提供するということで」
どちらかが。
その言い方では、まるで神尾君の方からも「モフを提供する代わりにキスさせて」と要求してくる可能性があるように聞こえる。
そんなことあるのだろうか、と考えていると、ふいに目の前いっぱいに真っ白な毛皮が現れた。
神尾君が狛犬になったのだ。
「とりあえず、今回引き受けてもらった仕事の分を」
どうぞ、と神尾君が大きな頭を私の顔に擦り寄せてきた。
甘えている犬みたいでなんだか可愛い。
首のあたりのふわふわした毛に手を差し入れる。
そうして私は、タクシーが到着するまでずっと、生クリームみたいな指通りのモフを堪能させてもらっていた。
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