同僚がモフ度の高い神獣でした。【R18】【本編完結】

雲間香月

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恋だとか。愛だとか。私だって知ってる。


 篠瀬さん、と呼びかけられて振り向くと、会社の自動ゲートを通ってこちらに寄ってくる神尾君の姿が見えた。
 さっぱりとした身なりの神尾君はどこにいても見栄えがする。

「おはようございます。──て、何ですか」

 思わずじっと眺めてしまった私に不思議そうな視線を寄越して、神尾君が首をかしげる。

「す、すみません。なんでもないです。おはようございます」

 慌てて頭を下げると、私は神尾君に挨拶をした。
 ダメだ。週末に戸塚君と話したことが後を引いているのか、なんだか変に意識してしまう。
 気を引き締めて顔を上げると、やっぱり少し伺うような表情の神尾君がこちらを見下ろしていた。

「えーっと。朝に会うのは珍しいですね……?」

 話題を探して水を向けてみると、ああ、と神尾君が笑う。

「待ち伏せしてたんです。うっかり見過ごすところだったけど、捕まえられて良かった」

 待ち伏せ?
 メールアドレスも知っているのに、どうしてわざわざ待ち伏せなんか。

 疑問に思う私を促して、人の波から抜けるように神尾君がフロアの隅に移動した。

「実は、折り入ってお願いがあるんですが」

「はい」

 改まった様子の神尾君に、つられて私も緊張する。

「篠瀬さん、グラフィックレコーディングって知っていますか。会議なんかでコミュニケーションロスをなくすために用いられる手法の一つなんですが」

「いえ……不勉強で」

「まあ、あんまりメジャーな手法じゃないから」

 そう言って神尾君が説明してくれた内容はこうだった。

 グラフィックレコーディングとは、主に会議などで飛び交う意見をライブイラストで可視化し、イメージを共有することらしい。

 その場で動画も見せてもらったが、なるほどこれは絵による通訳だ。

「でね、俺達C・C部は職人さんやアーティストさんていう、いわゆる会議慣れしていない個人事業主が多いんですよ。そうすると意思疎通の段階で見逃してしまうすれ違いも多くて、そんなつもりじゃなかったっていう場面が他の部署より多発してしまうんです。このコミュニケーションロスを埋めるために、グラフィックレコーディングを取り入れたらどうか、という話になって。芸術肌のクライアントさんも多いので、感覚で把握できるイラストは有効ではないかと」

「はあ」

 なるほど、と頷いてみるも、その話がどう自分に関わってくるのかわからない。

 戸惑う私に苦笑して、神尾君がずばり言う。

「篠瀬さん、これやってくれませんか」

「え?」

「グラフィックレコーディング。ひとまず俺の受け持ちのクライアントとの会議に同席してもらって、内容をライブでイラスト化してみてほしいんです。しばらくモニタリングして効果がありそうなら他の会議でも展開していきます」

 すでに両部署の了解は得ているようで、この打診に私が首を縦に振れば正式に辞令が下りるらしい。

「総務課との兼任になるので大変だと思いますが、仕事量は調整してもらえるようお願いしています。どうでしょう」

「どうって……」

 何で私……。

 不安で小さくなった声をしっかり聞き取って、神尾君が言う。

「篠瀬さん、俺の資料まとめてくれる時、端々にイラスト描いて補足説明加えてくれたでしょ。あれ、いいな、と思って。実はこれ、俺が提案した試みなんです」

 あんな小さな工夫を目に留めていてくれたのか。
 うずうずと嬉しくなって、俯くと、困らせた、とでも思ったのか神尾君が慌てた。

「すみません。篠瀬さんありきで思いついた手法なので、負担をかける提案になってしまって……。嫌なら断ってください」

「やります」

 引き下がろうとした神尾君に決意を伝える。

「一生懸命勉強します。やらせてください」

 意気込む私に目を丸くして、それから何か思いついたように神尾君が私を見つめた。

「言っておきますけど、便利だからって頼んでるんじゃないですよ。篠瀬さんだから頼んでるんです」

 ここでその肯定はずるい。
 真っ赤になった私を見下ろして、神尾君が更に逃げ道を示唆した。

「この仕事を断ってもあなたの価値が下がったりすることはありません。頼んでおいてなんですが、もし無理してるなら」

「無理なんかしてないです」

 やってみたいんです、と必死に言い募る。

「神尾君が見つけてくれた特技なら、磨いてみたいんです。やらせてください」

 まっすぐに訴えると、神尾君が大きく目を見開いた。
 ややあって、信じられないくらい優しく微笑んで頷く。

「こちらこそ、お願いします」

 綺麗な笑顔に思わず見惚れる。
 同時に胸がきゅう、と締まるような苦しさを感じて、私は心の中で首を傾げた。

「よかった」

 ほっと息を吐いた神尾くんが、秘密を打ち明けるような声で私に言う。

「これ、この間篠瀬さんにも手伝ってもらった例のクライアントさんとの打ち合わせで思いついたことなんです。畑が違うと思い込みですれ違ったり、ピンとこないまま話し合いが進んでしまうことがあるのでその溝を埋められたらって」

 そうだったのか。
 それはますます気合が入る。

 頑張ります、と意欲を見せると「はい」と神尾くんがまた笑った。

「篠瀬さんに協力してもらえるなら心強いです。より良い打ち合わせになるよう、一緒に頑張りましょう」
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