同僚がモフ度の高い神獣でした。【R18】【本編完結】

雲間香月

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取引しましょう。キスをして。

 ──やってしまった。

 週明け、会社の社員ゲートを通り抜けながら、深々とため息をつく。 

 神尾君とその彼女と思われる女性の姿を見てショックを受けた私は、家に帰ってからもめそめそ泣き続けた。

 夜になっても細切に眠り、思い出しては泣き、と繰り返したせいで朝、鏡の前で見た自分の顔はひどいものだった。

 腫れてしまった目元を必死に冷やし、化粧でカバーしたものの、それでも正面から顔を合わせればごまかしきれない。

 休むわけにはいかないと思って出社したけど、せめて午前休をもらえばよかったかも、と今更後悔する。

 今からでも帰ろうかな……などと弱気になってとぼとぼ歩いていると、背後から声をかけられた。

「おはようございます。──て、うわ」

 あからさまに驚いた顔をしたのは戸塚君だ。

「ちょ、ちょっと、どうしたんですかそれ。ひどい顔ですよ」

 眉をひそめて、私の顔を覗き込む。
 物怖じしない戸塚君に、気圧されて私は数歩後ずさった。

「え、えっと……」

「昨日……は休日でしたよね。仕事じゃないならプライベートだ。何があったんですか」

 下がった分だけ距離を詰めて戸塚君が問う。
 何をどう説明して良いのか分からず、私は俯いて口ごもった。

 自分でもまだうまく消化できないことを口に出すのは難しい。それに何よりこんなことで狼狽えている自分を、後輩の目に晒すのは躊躇われた。

 篠瀬さん、と戸塚君が苛立ったように問い詰める。

 ──どうしよう。どう、言い逃れれば。

 公衆の面前で人目も気になる。追い詰められて、私は更に萎縮した。
 そこへ。

「おはようございます」

 よく知った声が割って入って、私は思わず顔を上げた。

 行き交う人の目から私達を隠すように立っていたのは、神尾君だ。
 ちら、と私を見下ろしてから、戸塚君に向かって口を開く。

「お話中すみませんが、ちょっと篠瀬さんをお借りします」

 流れるような仕草で私を誘導する神尾君に、戸塚君が噛み付いた。

「ちょっと待て。いいわけないだろ。この人がこうなのは十中八苦あんたのせいだ。俺が話を聞く」

 剣呑な声に、私はびく、と肩を震わせた。

 ああ、まずい。私のせいだ。私がこんな顔で出社したから。

 どうしよう、どうしたら、と青くなっていると、神尾君の手がぽんぽん、となだめるように優しく私の背中を叩いた。

「戸塚君」

 穏やかな声で、まるで世間話をするように神尾君が言う。

「君のまっすぐなところは嫌いじゃないけど、配慮を覚えることも大切ですよ」

 せめて、とにこやかなまま神尾君が少し声を落とした。

「大事な人なら、その周辺にも目を配れないとダメだ」

 そう言われて初めて、戸塚君があたりに視線を走らせる。
 ゲートをくぐったばかりのこのフロアは各部署の人間が出入りするので人気が多い。立ち止まって話し込んでいるだけで目立つのだ。
 気づいた様子で、戸塚君がぐ、と押し黙った。

「始業には間に合うように返しますから」

 切り上げて、神尾君が私を促す。
 こっちへ、と導かれるまま、私はそれに従った。

 途中、気になって振り返った戸塚君は、私が何か言う前にちょっと肩をすくめると人の波に紛れてしまった。
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