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デートしましょう。
4【微】
しおりを挟むどうぞ、と通された部屋はこざっぱりして清潔な空間だった。
マンションの七階、東の端。十二畳ほどの少し広いワンルームは天井が高く、八連のシーリングライトが部屋を照らしている。
ベッド、ソファ、ローテーブル、壁に取り付けられた大きめのテレビ、背の低い収納棚。
モノトーンでまとめられた調度品の中に、赤、ベージュ、オレンジ、紺と小物で挿し色を入れているので、物が少なくても殺風景な印象はなかった。
「狛犬になっても困らない大きさの部屋っていうとこれくらいが最低ラインになって」
天井を見上げていた私の荷物を受け取って、神尾君が説明する。
「コートもください」
「あ」
ありがとうございます、とコートを手渡すと、神尾君がじっと私を見つめた。
「な、なんですか」
まじまじと見られると不安になる。
どこかおかしいのか! とびくびくしていると、神尾君がふと微笑んだ。
「いえ、ニット似合いますね」
さらりと言われて、一瞬頭が追いつかなかった。
「可愛いです」
にこ、と笑うと、神尾君が私のコートをハンガーに吊るしに行く。
ざっくり編まれた白いニットはハイネックで温かいのと、ゆったりとしているのがお気に入りだ。
膝丈のスカートはワインレッドのベロア素材。
猫カフェでは猫が爪をひっかけてしまわないようにコートを着たまでいたので、改めてコーディネートを晒したことになる。
一応、一応、すごく悩んで決めた服だったので、褒めてもらえたのはとても嬉しかった。
「篠瀬さん」
ソファーの前に敷かれたグレーのラグに腰を下ろして、神尾君がおいでおいでと私を手招きする。
おずおず近づくと、手を取られて、あっという間に神尾君の腕の中に閉じ込められてしまった。
「か、神尾君」
背中から抱きすくめられるような体制に慌てて、私は反射的に身じろいだ。
「篠瀬さん」
耳元で名前を呼ばれて、ぴ、と体が硬直する。
苦笑するような吐息を漏らして、神尾君の声が言った。
「嫌だと思ったらちゃんと逃げてくださいね」
言いながら私の髪をより分けて、神尾君が首筋にキスを落とす。
ちゅ、と聞こえたリップ音とともに小さな熱が与えれて、私は一つ身震いした。
「ん」
ついで耳の裏にも唇を押し当てられて、私は思わず、体の前に回されていた神尾君の腕にしがみついた。
「篠瀬さんは首と、耳が弱いですよね」
神尾君の声が直接耳に響く。
右手で可愛がるように私の首筋を撫でられて、くすぐったいのに変な気分だ。
と、突然、耳を軽く噛まれた。
「んあっ」
思いの外大きな声が漏れて両手で口をふさぐ。
恥ずかしさにぷるぷる震える私を抱き直して、神尾君が舌で耳を舐った。
「ん、んう……、んく」
必死に声を耐えていると、は、と吐息を漏らして神尾君が呟く。
「そんな可愛い声出してたらだめですよ」
次の瞬間、世界が反転したかと思うと、私はラグの上に押し倒されていた。
「篠瀬さん」
覆いかぶさった神尾君が真剣な顔で私を見下ろして言う。
「俺、警告しましたからね。何度も確認しませんよ」
逃げなくていいのか、と。
神尾君の瞳が尋ねている。
怖がらせたくない。嫌われたくない、と言った神尾君の言葉を思い出して、私は思わず顔の横にある神尾君の腕に頰をすり寄せた。
「い、嫌じゃないから、逃げません」
言ってから、恥ずかしさに燃え死にそうになる。
顔を隠そうとすると、それより早く、神尾君が動いた。
手を引いて私を抱き起こす。
「ベッドに」
短い言葉に、心臓がどきどきと暴れ出す。
緊張でがちがちになっている私をベッドに座らせて、神尾君がふと思いついたように聞いた。
「念のために聞いておきたいんですが、初めてじゃないですよね」
私の慣れない様子に懸念したのだろう。
慌てて首を振って、そういえば、とこちらも気になったことを口にした。
「あの、初めてではないですけど……上手にできるか分からなくて」
「えー……と、どういう意味?」
首を傾げる神尾君を上目遣いに見上げて、打ち明ける。
「その、何度か経験はあるんですが……い、痛かったり、苦しかったり、で、あんまり色っぽくはないというか……才能がありません」
「才能」
「気持ちよくなる才能がないのかと」
あ、でもしたくないわけではないです。と一生懸命弁明する。
だったらやめておきましょうか、と引かれてしまうのは切なかった。
「ふ────ん」
ずいぶん長いふーんを言って、神尾君が私の体をベッドの上に押し倒す。
「聞いといて何ですけど、他の男との話ってムカつきますね」
「え」
「まあ、前のことなんかすぐに忘れますよ」
がば、と無造作に神尾君が自分のセーターを脱ぎ捨てる。
カッターシャツの姿になった神尾君が、首元のボタンを外すと怖いほど綺麗に笑って言った。
「痛くも、苦しくもしません。気持ちいいことしかしないから、覚悟して」
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