うちのお父さんは年に一度帰ってくる。

産屋敷 九十九

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お帰りなさい、お父さん。

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うちは元々、お父さんとお母さんと私の三人暮らしだった。
でも、今は私とお母さんの二人暮らしで、お父さんは事情があって遠くに住んでいるらしい。

「おーい、七海。久しぶりだなぁ~元気だったか? おぉっ! 身長もちと伸びたか?」

「お父さん、私、先月二十歳になったよ……てか成長期おわったし」

あきまぎれに私がそう言うと、下品に「がはは」と大きな口を開けてお父さんは笑った。

「そういえばお父さんお父さん、私やっとお酒飲める歳になったよ! これで小さい頃の約束果たせるね。親孝行だ!」

にししと笑いながら私が言えば、お父さんは顔をくしゃっとして嬉しそうに笑った。

「おぉ! そうかそうか! もう二十歳になったか、一緒に酒飲むの楽しみにしてたんだよ」

「お父さん何飲む? いつもの芋焼酎?」

「あぁ。で、お前は何飲むんだ?」

「私は酎ハイだよ。だって初心者だし」

「そりゃそうだな」

「おかーさーん! お父さん芋焼酎で私は酎ハイね! おつまみもねー!」

居間から台所のお母さんに呼びかける。

「はーい」

お酒とおつまみを乗っけたお盆をちゃぶ台の真ん中に置いてすぐ畳に腰を下ろしたお母さんは、私とお父さんの間に座ってにこにこしているだけで、会話には入ってこなかった。





***





お酒を飲んでおつまみを食べて、それを繰り返していると段々と頭がふわふわしてくる。

「おーい、七海! また、おんなじこと喋ってんぞ。酔ってんのか?」

「よってましぇん!」

「……そりゃ、酔ってるやつの台詞セリフだ」

「ふふふ」とお母さんの笑う声が聞こえてくる。




楽しい時間はあっという間に過ぎた。






***







夜の十二時、お母さんと二人でお父さんを玄関で見送った。

「またねー」

「またね、お父さん」

二人で手を振る。

「じゃあ、また来年な!」

そう言って私の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。

ほんの一瞬、肌に触れたお父さんの手は冷たかった。

お父さんは玄関の引き戸に手を掛けながら、笑顔で私たちに手を振る。

そして、バタンと音を立てて閉められた引き戸を目の当たりにし、突如とつじょとして寂しさが押し寄せてくる。

「お父さん!」

裸足のまま慌ただしく引き戸を開けて外を確認する。お父さんはもうすでにいなかった。

「七海」

裸足のまま立ち尽くした私の両肩をそっと掴まれる。振り返れば、お母さんの優しい顔がすぐそこにあった。

「お父さんと何話してたか、聞かせて頂戴ちょうだい

居間に戻ると、仏壇に置いたはずはしを刺した那須ナス胡瓜キュウリがなくなっていた。

お父さんは向こうとこちらを行き来するために使ったんだろう。

縁側に飾られた風鈴が風に揺られ音を奏でる。






***







今は八月、そしてお盆。


死者は胡瓜キュウリの馬に乗って家に帰ってくる。そして、那須ナスの牛に乗ってあの世へ戻る。


うちのお父さんも───。


五年前にお父さんは病気で死んだ。
しかし、翌年のお盆最終日にお父さんは普通に帰ってきた。


幽霊となって──。


何故かお父さんの姿は私にだけ見えた。

年に一度、唯一お父さんに会える日。出来る限り親孝行がしたいと私は思った。そのせいか、お父さんの身体からだは年々薄くなっている。未練がなくなったらお父さんにはもう会えないのだろう。何となくそう思った。

ひょっとしたら、来年が最後になるかもしれない。

それでも、お父さんと親孝行をしよう。
それでも、お父さんと思い出をつくろう。



お父さんがちゃんと成仏できるように───。







***







畳から離れて縁側へ出て夜空を見上げれば、綺麗な満月がそこにあった。

「お母さん……」

見上げたまま、居間の畳に腰を下ろしているであろうお母さんに呼びかける。

「ん? どうしたの?」

「月が綺麗ですね、なんて……」

すると、お母さんの「ふふふ」と笑う声が聞こえてきた。

「それ、どっちに言ったの?」

「どっちもだよ」






そう言ってお母さんの方へ、へらりと笑って顔を向ければ、いつのまにか一筋の涙が自分の頬を伝っていることに気がついた。



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