自分を忘れた悪魔

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六話 迷える悪魔

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 オレが何時までも地獄に帰らない為、地獄ではザワザワとオレの噂が立っている様だ。

「なぁ、アルバートっていう上級悪魔は何であんな何度も人間界に行くんだ?」

「突然友人だとか言ってつれてくるから…人間だったらどうしようかと思ったよ…」

「あの悪魔、生前に認知症患ってたんだとな。だからあんなにとっ散らかってんのか?」

「誰にも本当の意味で愛されず、人間を愛せず死んでいったらしい…」

 悪魔の耳は、地獄の音が直接響くようになっている。だがそれはあくまでも死神の声の話。だが、死神の近くにいれば、死神の周りの悪魔の声も同時に拾う事が出来る。これぞ本当の〝地獄耳〟というものだろうか。

 オレが友人だと思っていたものは、実は友人ではなかったのか…?心から友人だなんて思っていたが、そもそも〝友人〟とは何だろう。何をもって生き物は、相手を仲間意識するんだ?そう、きっと生存本能におけるものだ。自分にとって命を脅かされない存在であれば、仲間と認識するものなのだろうな。─オレの憶測でしかないのだが。

 人間界、ぽつりと仲間なんて存在しない悪魔という姿で残される。ビターは遠くへ飛び立ってしまって、もうとっくに姿など見えない。オレを人間界で唯一、恐れずに居てくれた人間も既に家に帰ってしまった様だった。
 トボトボと、ただ来た道を辿る。辺りは暗いまま─まるで日の光など1度だって浴びたことなど無いかの様だった。この夜は明けるのだろうか。

「…ん?」

 ほとんどの家の灯りが消えていく中、暖色の灯りが未だついている一軒家があった。窓から中身は見れそうにない。内側にカーテンが掛かっているためだ。1歩1歩、其の家に歩み寄ってはカーテンの間、そのほんの数センチほどの隙間を覗き込む。

「……あ、」

 そこに居たのは余りにも甘ったるい夜を過ごすカップルの姿だった。2人で抱き合っては、キスをして何か会話をし、笑いあっている。

「ウ゛、ぁあ……ッ!!」

 突然オレの頭はキーンッと耳鳴りと共に痛みだした。そこまで強い痛みでは無いはずだ。なのにも関わらず、冷や汗が出ては止まらない。何だ、この感覚は。何かを思い出してしまったような気がする。
 愛、愛情、愛情、愛情───。純粋な愛なんて存在しない。

「気持ち悪いんだよ」

「─っ?!」

 誰の声だろうか。背後から低い男性の声が聞こえた。ゆっくりと振り返るとそこには同じ身長の男が立っている。視線を合わせて、彼の瞳の奥に吸い込まれる。青緑の瞳。瞳孔に反射するオレの姿。

「貴方は…?」

 オレは恐る恐る、其の男に声を掛けてみた。何時もの様なフレンドリーな笑顔は存在しない。何故かその相手には恐怖心を抱いていたのだ。笑顔になるどころか、真顔でいることさえ儘ならない。

「知っているだろう?どうしてずっと目を背け続けるんだ?」

「一体、何から目を背けると……?オレは、貴方の存在を知らない」

 冷たい視線。冷たいため息。男は1度瞬きをする。ジッと、此方を見たまま視線を離す事を知らないみたいに。

「お前は、俺だ。」

 一体、どういうことだ?一体─

「オレって、オレは……」

 最早、自分でも分からなくなっていく。洗脳されてしまうのか?洗脳されているのはオレなのか?それともオレが、この男を洗脳して居るのだろうか。頭の中がゴチャゴチャに混ざって、脳内で疑問を抱く自分の声すらまともに纏まらない。

「お前はさ、目を背け続けたから悪魔になったんだ。自分は、自分を忘れたと思っているだろ。違うんだよ」

 何を言っているんだ。オレはオレでしかない。オレのことなんて、オレにしかわからないだろう。

「違う、オレのことなんてお前にわからない!突然なんなんだ、話しかけてくるなり失礼な事ばかり…表に見える俺だけで判断するなよ!」

「…ほら。」

 悪魔になってからというもの、外れた事などなかった敬語、その言葉遣いが自然に消えた。男はオレの顔を真っ直ぐに指差す。

「お前は自分が病気になって、逃げて、轢かれて。それで死んだ悪魔だと思ってる。それを知っている。知らないフリをしているだけなんだ。知らない理由を─つけているだけなんだ。」

「何、言って……俺は俺を何も知らな─」

 話している内に、俺の声は2重になっていない事に違和感を覚える。かっぴらいたままだった筈の目を、何度も何度も瞬かせた。

「─ッ!」

 ずっと目が乾いていた事に、気付く。両目を擦って、再び顔を上げた頃には、目の前の男はもう俺のすぐ目の前に立っていた。ほぼ、距離などないに等しい。

「もう1人の自分を作ったんだ。お前は病気になんてなっていない。認知症など、患ってない。全てを覚えている。男女のカップルが嫌いだった。この世に命を作る行為が、その心が嫌いだった。許せなかった。そうだろ?」

 透明だった足。空中に浮いたみたいな身体。悪魔になった頃じゃ当たり前だった。そういえば俺はこの身体に違和感を、抱いた事が無かった。どうしてだろうか。どうして俺には足がないんだろうなんて、思いもしなかったんだ?全てを、本当に忘れていたとしたら─?

「架空の自分を作って、その自分があたかも殺人鬼じゃないかのようになった。認知症だと思っていたこと、その全て。お前はこの世の中の全てを忘れたかったんだ。…わかるよ。俺は、お前だから。」

 そう言って、その男はオレの中にふわりと入り込む。不思議と、気持ち悪い感覚はしなかったな。そして俺は自分の身体のいたる場所に触れる。特に変わったことは無い。今もまだ姿は悪魔のままのようだ。

「監視もここまでだ、アルバート・D・テッド。」

「?!」

 また背後から聞こえた声に振り返る。赤と黒の兵服。ガタイのいい男達の兵団。そう、悪魔殺しの兵士だ。

「お前ら、何しに来た?!俺を排除しに来たのか?!」

「その通りだ。何時お前を逃がすと言った?さぁ狙え!」

 20人ほどに囲まれた俺は、お構い無しに発砲される弾丸を身体に何度も何度もくらう。

 ─痛い。痛みを感じている。始めは直ぐに再生してどうってこと無かったのにどうしてだ。俺はそんな迷いなど今は捨てるべきであることを直ぐに悟った。使える魔法は縛り付けて移動させることくらいだ。悪魔は魔法は基本使えない。移動させることが出来るくらいでも上等な方だった。俺は兵士達をまとめて縛り付け、勢い良く遠くに飛ばした。

「グアアアアアア!!!!!!!」

 野太い声と共に先程まで覗いていた家の壁が大きく損傷する。中に居る人間の事なんてどうでもよかった。

「次で終いにしてやる、俺を誰だと思ってる…俺はアルバート・テッド!最悪で最高の殺人鬼だ!ヒャハハ!!!」

 笑い声が込み上げてきた。いい気味だ、なんだか突然─昔の感覚を思い出している様だった。否、思い出しているんじゃない。自分はこういう〝悪魔〟であったと、自分を認めたのだ。
 そうして崩れ落ちた壁の瓦礫を手に取って兵士の上に跨り、勢いをつけて振りかぶる。

 殺せる! 



 ────────パァン!!!


「……ッ、ァ…」

 俺の口から、血が流れ始めた。何があった…?
 左耳からの音が聞こえない。ブチ、ブチッと切れるノイズの様なものだけが聞こえた。そう、俺は左耳の肉ごと生えた羽を撃ち抜かれたのだった。膝が崩れ落ちる。あまりのダメージ、エネルギーの急減に悪魔の身体は耐え切れなくなってきていた。そしてその場へ倒れる、その瞬間─…

「まだ死んでもらっちゃ困るぜ、テッド。」

「っ…?」

 俺の腕を引っ張って、誰かが身体を倒れないよう支えている。

「帰るのが早かったな…嫌な音ってのは不思議と遠くからでも感じるもんだ。腹が減ってる…さっさとあの人間共ぶっ殺すぞ!」

 低く、硬い発声の声。見覚えのあるジャケット、茶色の髪。赤紫色の美しい瞳が此方を振り返る。

「ビター!!!」

 思わず大きな声と共に笑顔が溢れ出た。帰ってきてくれたのだ。きっと、大きな発砲音を辿って。

「ハッ、悪魔め!やっと弱点を見つけたぞ!羽だな?それかその耳だ。確信はないがそのふたつを同時に撃ち抜けば、羽が消える。そうすれば悪魔も2度目の死を迎える!」

「デケェ声しか出せねぇのか!偶々見つけた弱点になんの意味を見出してイキッてんだよ!君で勉強してから、君の力で立ち向かえ、弱虫が!このビター様の貴重な晩餐にしてやる!」

 ビターはそう大声を上げる。人間のことなんて言えないほど、お前も大声じゃないか。思わず溢れた笑みはそのままに、何とかフラりと立ち上がっては全力で拳でも足でも、振りかざした。



 そうして、朝日がくる。悪魔殺しの兵士達は、ビターに身体の節々を切り落とされ、相変わらずの慣れた手つきで血液を回収されていた。

「はぁ………っ、うッ!」

 疲れた呼吸を整えていたが、羽は戦闘で引っ張られたり狙って角を撃たれたりして、完全に失ってはいないものの完全に回復出来ないくらいまでに損傷していた。ビターは血液を回収した後俺の方まで戻ってくる。

「大丈夫か?全く心配させやがって。俺を心配させるなど死んでからも1万年早い。」

「ふは……」

 何だか、作ったような笑顔ではなく、自然な笑みが零れ落ちる。その俺の姿を眺めて、身体を震わせて立っていた俺の頭をビターは優しく撫でる。

「前…前と言ってもつい最近だが。地獄にいる時俺は君をハンサムだと言った。今の君の姿を見てもう一度それを思った。…人間を嫌って殺してる姿の方が、余程ハンサムだ。」

「ビター…お前もハンサムだ、まさか助けに来てくれるなんて」

 微笑んで、撫でてくれるビターの頬へ俺は手を当てる。親指でゆっくりと輪郭をたどった。ぱちりと瞬きをすると、ビターは何だか目を見開いて頬を赤らめている。

「…?どうかした?」

 そう問い掛けると、ビターは俺の方へそっと顔を近づける。至近距離だ、窓の外から眺めていた、カップルがしていたような光景によく似ていた。

 然し、その動きは直ぐに止まってしまう。

「いや、何でもねぇ。俺は人間が嫌いだからな、こんな事はしねぇよ」

「こんなことって…?俺はそれに、悪魔だけど…」

 俺にはビターが何を言っているのか、わからなかった。だから首を傾げた。彼は長く溜息を吐いてから、俺から手を離す。

「もう君は人間だろ。血に栄養なんかない、ただ足がない。しっぽの生えた、変わった人間だ。」

「だ、だから…それは俺が悪魔だからそういう見た目になっているだけで…」

「心的な話をしてんだよ!君は詩もわからないのか?全く……」

 呆れた表情をして、ビターは纏めた袋をジャケットの裏へ吊るした。そんなに幾つも吊るしては、もう重たそうで仕方ないな。そんなことを思っていた。



「アルバート…ビター君。そうか、お前達はお互いに愛を持っているんだな。…立派だ、立派な悪魔だ。」

 死神は完全に色が変わったアルバート・D・テッド、と名札の付けられた炎を眺める。本当は死神は、忠告を破った悪魔の首は跳ねに行き、すぐにでも排除しなければならない。それでも死神は、全ての悪魔、そして人間のことまでもを愛していた。本当は、誰1人りとして排除などしたくはない。

「はぁ、ダメな王様だ…俺は。愛しているよ、悪魔達。そして好きなことは好きなだけ愛していいんだ。苦しまず、成仏しろ。アルバート。」

死神は1人そう呟いて、灯る火に蓋を被せ、ゆっくりと其の蓋を離した。


俺は本当の笑顔を絶やさぬまま、大好きなビターを目の前に砂となり消える。その光景を見て、ビターは悲しむことはなかった。これでいいと心から思えたのだろう。そうして心の奥底で、もう俺が悪魔として長くないことを悟っていた。

「テッド…おやすみ。君は俺の……」

完全に砂となり消えた俺の細かな残り香を辿って、さらりと砂を拾い上げ、ビターはそっと其の砂にキスを落とした。


きっと俺は、2度目の死を迎えた先でも、罪を償わなければ人間という命には戻れない。
いや、別に人間などもう一度だったって経験したくないね。短い間の悪魔としての人生。何度でも悲惨な事を繰り返した。
それでも、なんの後悔もしていない。こんな俺を、俺は認めて愛することが出来た。

そうだ。死神の言っていた、〝悪魔は人間を愛してはならない。〟

それはきっと、〝俺にとっては〟こういう意味だったのだろう。悪魔として生まれ変わった俺は、人間の頃の自分を思い出し、そしてそんな自分を受けいれ、愛してしまった。
言わば罪を再確認して、開き直ってしまったのだ。もうこれでいいなんて悔いがなければ、2度目の生を与えられることは生物上許されない。悔いがあるからこそ、やり直すチャンスを貰えるというものだ。

そうして俺は、元人間だった吸血鬼と恋に落ちてしまった。まぁ、砂になる前まで気付かなかったけどね?


もう声も出ない。足も、手も、命も跡形もなく消えた。それでも俺という魂はこの世に残り続ける。俺の嫌いな人間達よ、どうか一生、苦しんで生きて、死んでくれ。
そう、全ての悪魔達も含めて。



「おやすみなさい。アルバート・テッド。自分を忘れた、迷える悪魔よ。」


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