王都から追放されて、貴族学院の落ちこぼれ美少女たちを教育することになりました。

スタジオ.T

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3時限目 ぽんこつ魔導師

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 ソード・アカデミアの試験は学科と実技の二種類。特に生徒間で行う実践戦闘に重きが置かれていて、そこで勝利を収めなければクラス昇進は難しい。

 シオンは気絶したリリアを抱きかかえて言った。

「リリアは剣の腕はすごいんですけど、いざ人とか魔獣とかを相手にすると固まって気絶しちゃうんです。だから実践戦闘ではいつも最下位で……」

「なるほどな」

 この分だとリリアは当分は目を覚まさないだろう。いくらフラガラッハ家のご令嬢といえど、この有様では『ナッツ』クラス行きも頷ける。

「確かに問題児だ。後の連中はどこにいるんだ? クラス名簿とかはないのか」

「クラス名簿ならマキネスの実験室にあるんじゃないかニャ」

「マキネス?」

「マキネス・サイレウス。知っているかと思うニャけど、かの有名魔導家系のご令嬢ニャ」

「それまたビッグネームだな……」

 サイレウス家は治療魔導師の家系として名高い。どんな怪我でも再生させると噂のサイレウス家の当代は、賢老院の一人にも名を連ねている。

 さすが貴族学校と言いたいところだったが、「ナッツ」にいるということは同じように何か問題があるに違いない。ダンテは再び深いため息をついた。

「とりあえず行ってみるか」

「こっちニャ。こっち!」

 ぴょんと身軽に屋根の上に飛び乗ると、ミミはするするとロープを下ろした。

「ここの窓を伝っていくと、マキネスの実験室ニャ」

「他の道はないのか……!」

「残念ながら封鎖中ニャ」

 リリアのことはシオンに任せて、二人は屋根に上った。空いていた窓から三階の廊下に降り立つと、中は真っ暗だった。廊下の有様は悲惨で、屋根にところどころ穴があいてしまっていた。

「どうしてこんな壊れているんだ」

「あー、それはニャあマキネスが説明するニャ。おーい、マキネスぅ!」

 言葉をにごして、ミミはマキネスの名前を呼んだ。ヒゲをぴくぴくと震わせたミミは、反応がないのを見て首をかしげた。

「いないのかニャ?」

 そう言って、ミミが一歩踏み出した瞬間、それは現れた。突如として壁を破壊して、巨大な生物が廊下に飛び出してきた。

「゛ニャーーーー!」

「何だぁ!?」

 触手だった。
 それも並大抵の数ではない。数十本もの触手が、近くにいたミミの身体を絡みとった。彼女の身体を持ち上げると、ふさふさと生えた尻尾をぷにぷに触り始めた。

「ニャー……尻尾はダメにゃあ……」

「おいおい! なんだこれは!」

「ふニャぁ……」

「くそっ。ミミ!」

 触手は縦横無人に暴れている。壁や床を破壊しながら、ダンテへと迫ってきていた。

「斬るぞ。ジッとしてろ!」

 ダンテはさやに収めていた剣を抜いた。小ぶりな片手剣を抜くと、次から次へと触手を切り刻み、触手に捕まったミミを助けだした。

「先生すごいニャア……」

「こいつはいったいなんなんだ。この学校は魔獣でも放し飼いにしているのか」

「マキネスの魔導だニャ。いつも通り治療魔導をやろうとして失敗したんじゃないかニャ」

「これが治療魔導……?」

 のたうちまわる触手には、治療のちの字もない。何を間違えれば、増殖するぬらぬらした悪しき物体を召喚できるのか、ダンテには理解できなかった。
 腕の中で、ぴくぴくとヒゲを動かしたミミは、触手が出てきた教室を指差して言った。

「中にマキネスがいるニャ。助けてあげてほしいニャ」

「分かった! 突入するぞ!」

 教室の入り口を埋め尽くしていた触手を両断して、ダンテたちは教室内部へと脚を踏み入れた。

 中はもっとひどいことになっていて、触手が蠢く地獄のような暗闇が広がっていた。ぴちゃぴちゃ、ぐちゅぐちゅと寒気のする音がサラウンドで聞こえていた。

「えぇい! 気色悪い!」

 ダンテは、触手を一気呵成いっきかせいに触手をみじん切りにしてみせると、ミミを抱えて更に教室の深部へと入った。切られた触手は「きゅう」と音を立てて消えていく。ミミの言った通り、魔導でできたものであることは間違いなかった。

「マキネス・サイレウス、どこだ!」

 暗闇の中でダンテが叫ぶ。少女の姿はどこにもおらず、部屋は一面、触手に覆われていた。

「くそっ。死んでんじゃねーよな!」

「……こ、ここでーす……」

「先生、上、上ニャ!」

 ミミが天井を指差す。
 上に向かって伸びた触手の隙間から、少女の顔が見える。そこにはメガネをかけた黒髪の女生徒の姿があった。身体のほとんどを触手に飲まれながら、ダンテに向かって助けを求めている。

「……へ、へるぷみー……」

「よし、動くなよ!」

 天井の触手を切り刻む。ぼとりぼとりと輪切りにされた触手と一緒に、女生徒の身体が落下してきた。
 ダンテは剣を収めて、落ちてきた身体を受け止めた。彼女の身体は触手の粘膜にやられて、ぬらぬらしていたが怪我はなかった。メガネについた触手を払うと、女生徒はじっとダンテの顔を見た。

「あ、ありがとう……あの……どなたですか」

「ダンテだ。今日からお前たちの担任になった」

「先生……」

 ダンテの顔を見た後で、女生徒は蚊の鳴くような小さな声で言った。

「……わ、わたしはマキネスです。マキネス・サイレウス……」

「知っている。怪我は無さそうだな」

「はい、先生……あのわたし男の人に……」

 ダンテの腕を見た後で、マキネスはぽうっと顔を赤らめた。

「とても……たくましいんですね……」

「は?」

「触手……あげます」

 マキネスは手に持っていた触手の切れ端を、ダンテに渡した。切られた触手はまだもぞもぞと元気に動いている。

「意味が分からん……」

「マキネスの好意ニャ。もらっとくニャ」

「えぇ……」

「あげます……」

 とりあえずダンテが触手の切れ端を受け取ると、マキネスは恥ずかしそうにうつむいた。

「嬉しい……」

「よし行くニャ。早くしないと、みんな触手に押しつぶされちゃうニャ!」

「そうだった! クラス名簿はどこだ!?」

「……クラス名簿は、右の棚の中……」

 マキネスが触手に埋め尽くされている本棚を指差す。
 触手を切り刻み、棚の中から書類の束を掴み取って、ダンテは触手の海から脱出した。三階はほとんど暴走する触手に侵食されようとしていた。触手をみじん切りにして道を作り、窓枠を踏み台にしてダンテは一気に跳躍した。

 三階から校庭への大ジャンプ。ダンテたちは呆然と見上げるシオンの近くに着地した。

「先生、無事でしたか!」

「なんとか。いつもこうなのか?」

「今日はちょっとひどいかもです」

「ごめん、なさい……新しい先生が来るって言われたから、良いとこ見せようと思って……」

 マキネスは恥ずかしそうに視線をそらした。
 抱えていたミミとマキネスを地面に下ろして、ダンテは言った。

「マキネス・サイレウス」

「……はい」

「サイレウス家の人間で間違いないな。治療魔導の」

「そうです……ですが」

「治療魔導が使えない」

「はい……」

 顔に手を当てて、相も変わらず小さな声でマキネスは言った。

「治療魔導を使おうとすると、触手ができてしまうんです……」

「……理解した」

 ダンテは今回の自分が置かれた状況を把握し始めていた。

(問題児か。なるほどな) 

 よほど牢獄にでも飛ばされた方が良かったかもしれない。いまだに三階で暴れまわる触手を見て、ダンテの頭にそんな考えがよぎった。
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