6 / 56
6時限目 バーンズ卿の嫌がらせ
しおりを挟む貴族学校には様々な分野のエキスパートが集結し、教鞭を振る。魔導学、魔導薬学、動物学、軍事学、地理学、史学などなど。著名な教師が行う講義は、三万冊の図書に勝るとも言われている。貴族たちがこぞってソード・アカデミアを目指すのには、そういった理由もあった。
「一限目は魔導学か」
就任二日目の朝。
ダンテは昨日回収したクラス名簿と時間割を持って、教室へと向かっていた。朝のホームルームを終えれば、実践戦闘までダンテがやることはない。後は他の教師陣に任せれば良いはずだった。
教室の扉を開けると、今日はきちんと4人揃っていた。
「おはよー、先生。昨日はよく眠れました?」
一番前に座ったシオンがダンテに声をかけた。
「ここの布団硬くなかったですか?」
「兵舎の布団よりだいぶマシだよ。それより、イムドレッドはいないのか」
イムドレッド・ブラッド。
出席簿の一番下に刻まれた彼は、一ヶ月前の日付を境に全く出席しなくなっていた。暴力事件を起こして停学になっていたが、とっくに処分は解かれているはずだった。
「いったいどこに行ってるんだ?」
「うーん……どうでしょうね」
困ったようにシオンは言った。その表情から、イムドレッドのことは触れられたくなさそうな話題なのだと、ダンテは悟った。
「……まぁ良い。後で対処するか。おい、リリア。なぜさっきから目を合わそうとしない」
ダンテは後ろの席でむくれているリリアに声をかけた。口を開こうとしない彼女の代わりに、ミミが代弁した。
「昨日のお風呂を覗いたから、怒っているみたいニャ」
「本当に知らなかったんだ。許してくれ」
「だってニャ。どうするニャ? ミミは許しても良いと思うニャ」
「ムゥ……ミミが言うなら良いけど」
「……私も構わないと思う。むしろ……」
「マキネスには聞いていないニャ」
ミミの言葉を遮られてマキネスはしょんぼりと肩を落とした。そっぽを向いていたリリアは、改めて座り直すとぺこりと頭を下げた。
「先生、私も怒り過ぎました。ごめんなさい」
「……すまなかった、俺も気をつける」
「一件落着。優しい世界ニャ」
「さてさて、そろそろ魔導学の時間だが……教授が来ないな」
ダンテは壁にかけられた時計の位置を確認した。授業開始の時刻が過ぎている。ホームルームついでに教師に挨拶をしようと思っていたが、到着が遅れているようだった。
シオンが退屈そうに身体を伸ばした。
「珍しいですね。教授が遅れてくるの」
「もうちょっと待つか……」
教壇の椅子に座って、教授が来るのを待つ。しかし、5分過ぎようが、15分過ぎようが、来る気配は全くなかった。
20分を過ぎても来ないので、さすがに痺れを切らしたダンテはだるそうに立ち上がった。
「忘れてるのかもしれんな。ちょっと連絡してくる。自習でもしていてくれ」
「はーい」
廊下に置かれている通話機のボタンを押して、ダンテは校舎内の案内人に繋いだ。コール音の後すぐに、初日にダンテを案内した女性の声が聞こえた。
「はい、アカデミアB棟事務室です」
「ダンテだ。魔導学の教授が来ないんだが」
「旧校舎の……。少々お待ち下さい」
女性が通話機を置くとバタバタと何かを言い合う声が聞こえた。不穏な空気を感じ取りつつ、ダンテが聞いたのは信じられない言葉だった。
「来られないそうです」
「来られない?」
「今朝の職員会議で決まったそうです。クラス『ナッツ』には教授を派遣しない」
「おいおい待ってくれ。授業はどうするんだ」
「私が言えるのはそれだけです」
ダンテの返答を待たずして、女性は通話を切断した。がちゃりと通話機を下ろす音が虚しく廊下に響いた。
「まじかよ……」
教授が来られないのでは、授業ができない。訳がわからないが、それが職員会議で決まったということであれば、誰かが手を回したのは間違いない。
(いったい何がどうなっているんだ)
ふつふつと怒りが湧き上がっていた。
自分に知らされていないことはともかくとして、生徒たちに対してあまりに横暴が過ぎる。この学園の人間が何を考えているのか、ダンテにはさっぱり理解ができなかった。
ダンテのストレスはマックスに達していた。
気がついた時には、校舎に乗り込み校長室の門を叩いていた。こういう手合いはトップに直談判するのが最も早い。頭に血が登った彼は、感情に任せるままその黒塗りの大仰な扉を叩いた。中から秘書らしき人の声が聞こえた。
「どなたですか? 今、来客中です」
「昨日配属されたダンテだ。すぐ終わらせるから、話しだけでもさせてくれ」
扉の向こうで話し声が聞こえた。声を聞く限り、複数の男が話し合っていたようだった。長々と話し声が聞こえたあとで、さっきの声の女性が扉を開けた。
「どうぞ、お入りください」
部屋に招かれて、中の光景を見てダンテは全てを理解した。
ゴテゴテとした彫刻類で飾られた室内には、秘書の他に三人の男がいた。脂汗をかいた中年の男が校長で、骸骨のように痩せた男が教頭。着任前に会った二人の他に、もう一人、来客がいた。
趣味の悪いカールした口ひげと、人を見下すようなニヤニヤ笑い。そして風船のように膨らんだ腹。彼にとって忘れられるはずがなかった。
「バーンズ卿……!」
ダンテを王都から追放した張本人だった。カウチに腰掛けた彼は、ちょうど校長と教頭と向き合っていた。青筋を立てて、入ってきたダンテを見て、バーンズ卿はわざとらしく「おやぁ」と言った。
「いつぞやの王都兵じゃないか。どうしたんだ、こんなところで?」
「……そうか、あんたが手を回していたのか」
「何のことかな。私は馴染みの母校を訪ねて、校長先生と教頭先生と楽しくお茶をしていただけだが」
校長から差し出されたカップを手にとって、バーンズ卿は優雅に紅茶を飲んだ。向かい合う校長たちはずっと媚びるような笑いを浮かべていた。ごますりを絵に描いたような光景だった。
カップをソーサーに置くと、バーンズ卿は改めて口を開いた。
「……聞くところによると、この学園には四つ目の落ちこぼれクラスがあるとか。魔導もまともに使えないどころか、亜人まで紛れ込んでいる」
「も、申し訳ない、バーンズ卿。わたくしどももアイリッシュ卿に依頼されて仕方なく」
「まったく、あの狸ババアのやることは分からないな」
校長の言葉に、バーンズ卿は頷いた。まるで舞台にでも立ったような大げさな手振りと声で彼は言った。
「教育方針は貴校の自由だ。亜人や落ちこぼれ貴族や、素行不良の教師を雇うことに賢老院としては何も言わない。だが私も貴校のために少なからず寄付を行っている。大事な息子を通わせている身としては、貴重なリソースがそんな下らない場所に払われるのは納得がいかない」
「もっともでございます」
「というわけで改革が必要だったというわけだ」
目の前で繰り広げられる会話を聞きながら、ダンテの堪忍袋は爆発寸前だった。へらへらと笑う校長たちを見て、ダンテは拳で壁を叩いた。びくっと校長たちが肩を震わせる。
「要は金で脅した。おい、ここにいるのは教育者じゃなかったのか?」
「わ、わたしたちは……」
「目上のものには敬語で話すんだぞ、ダンテ先生。私はただ提案をしたまでだ。ソード・アカデミアとしては、旧校舎に教授陣を派遣しない。教員会議で決まった。そうだね?」
バーンズ卿の言葉に、校長たちはカクカクと玩具のように頷いた。
「……胸糞悪い」
「いつまでも、アイリッシュ卿の好きにはさせない。放校処分になったあかつきには、私があなたを地の果てまで送り込んでやる」
もうこれ以上、ダンテにはどうすることもできなかった。
持っている力の種類が違う。ここでバーンズ卿を殴り倒したところで、事態がひどくなるだけだ。気は晴れるかもしれないが、そこで全てが終わってしまう。
震える拳を握りしめて、ダンテは言った。
「……了解しました」
「素直だなぁ。最初からそうだったら良かったのに。ま、もう遅いけどな」
腹の底で燃え上がるような怒りを感じながら、扉を閉めた。
同時にドッと肩に疲れがのしかかってきた。教室で待つ彼らに何と説明すれば良いのか分からなかった。
(まったく前線基地の方がよほどましだった)
教授陣がいない中で、授業を行えるのは自分しかいない。
果たして、まともな授業が自分にできるのだろうか。壁の隅に追い詰められたネズミのような気分だった。
嫌な想像を振り払いながら、ダンテは本校舎を後にして、生徒たちの待つ教室まで帰って行った。
0
あなたにおすすめの小説
レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。
玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!?
成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに!
故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。
この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。
持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。
主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。
期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。
その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。
仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!?
美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。
この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。
Sランクパーティを追放されたヒーラーの俺、禁忌スキル【完全蘇生】に覚醒する。俺を捨てたパーティがボスに全滅させられ泣きついてきたが、もう遅い
夏見ナイ
ファンタジー
Sランクパーティ【熾天の剣】で《ヒール》しか使えないアレンは、「無能」と蔑まれ追放された。絶望の淵で彼が覚醒したのは、死者さえ完全に蘇らせる禁忌のユニークスキル【完全蘇生】だった。
故郷の辺境で、心に傷を負ったエルフの少女や元女騎士といった“真の仲間”と出会ったアレンは、新パーティ【黎明の翼】を結成。回復魔法の常識を覆す戦術で「死なないパーティ」として名を馳せていく。
一方、アレンを失った元パーティは急速に凋落し、高難易度ダンジョンで全滅。泣きながら戻ってきてくれと懇願する彼らに、アレンは冷たく言い放つ。
「もう遅い」と。
これは、無能と蔑まれたヒーラーが最強の英雄となる、痛快な逆転ファンタジー!
防御力ゼロと追放された盾使い、実は受けたダメージを100倍で反射する最強スキルを持ってました
黒崎隼人
ファンタジー
どんな攻撃も防げない【盾使い】のアッシュは、仲間から「歩く的」と罵られ、理不尽の限りを尽くされてパーティーを追放される。長年想いを寄せた少女にも裏切られ、全てを失った彼が死の淵で目覚めたのは、受けたダメージを百倍にして反射する攻防一体の最強スキルだった!
これは、無能と蔑まれた心優しき盾使いが、真の力に目覚め、最高の仲間と出会い、自分を虐げた者たちに鮮やかな鉄槌を下す、痛快な成り上がり英雄譚! 「もうお前たちの壁にはならない」――絶望の底から這い上がった男の、爽快な逆転劇が今、始まる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~
かくろう
ファンタジー
【ためて・放つ】という地味スキルを一生に一度の儀式で授かってしまった主人公セージ。
そのせいで家から追放され、挙げ句に異母弟から殺されかけてしまう。
しかしあらゆるものを【ためる】でパワフルにできるこのスキルは、最高ランクの冒険者すらかすんでしまうほどのぶっ壊れ能力だった!
命からがら魔物の強襲から脱したセージは、この力を駆使して成り上がっていく事を決意する。
そして命の危機に瀕していた少女リンカニアと出会い、絆を深めていくうちに自分のスキルを共有できる事に気が付いた。
――これは、世界で類を見ない最強に成り上がっていく主人公と、彼の元へ集まってくる仲間達との物語である。
防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました
かにくくり
ファンタジー
魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。
しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。
しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。
勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる
静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】
【複数サイトでランキング入り】
追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語
主人公フライ。
仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。
フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。
外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。
しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。
そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。
「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」
最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。
仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。
そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。
そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。
一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。
イラスト 卯月凪沙様より
【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。
帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。
しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。
自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる