王都から追放されて、貴族学院の落ちこぼれ美少女たちを教育することになりました。

スタジオ.T

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5時限目 お風呂は共用です

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 触手事件で破損した旧校舎の後片付けを終えると、すでに日が暮れかかっていた。一日を終えて、生徒たちに解散を命じたダンテは、校舎一階にある通話機で交換台の番号を押していた。

 使用できるか不安だったが、幸いにもまだ繋がっていた。応対した交換台のオペレーターにダンテは言った。

「ダンテだ。アイリッシュ卿に繋いでくれ」

「少々お待ち下さい」

 受話器から無機質なコール音が鳴った。

 本来であれば、ダンテが賢老院であるアイリッシュ卿と直接話すことはあり得ない。ただ、今回に限ってはアイリッシュ卿自身から、困ったことがあったら直接電話するようにと言われていた。

 数回のコール音の後で、穏やかな老婦人の声が聞こえた。

「こんばんは、ダンテ先生。さっそくのお電話ありがとう。初日はどうでしたか?」

「……アイリッシュ卿。やってくれましたね」

「あら。顔合わせは済ませたみたいね。手早くて何よりだわ」

「一体何が目的なんですか。新手の嫌がらせですか」

 ダンテの言葉に、アイリッシュ卿はおかしそうに声をあげて笑った。

「あら、私そこまで意地は悪くなくてよ。どこぞのバーンズ卿と違って、部下をいじめる趣味はないの」

「……よく言うぜ。あんな問題児ばかり押し付けやが……りまして」

「かわいい子たちでしょう」

「可愛い。可愛い過ぎて胃が悲鳴をあげている」

「あら、ダンテ先生ははユーモアの才能もあるのね」

 上機嫌そうにアイリッシュ卿は笑った。
 ダンテの口調が雑になっていく。それほどまでにイライラしていたし、本音を聞き出そうとするアイリッシュ卿のペースに、飲まれてもいた。

「ありゃ俺でも分かるよ。剣も振れない。魔導のコントロールができない。おまけに亜人と女装癖と不登校ときた。これじゃあどんなって教師だってさじを投げる。俺は本当に王都に帰れるのか?」

「それはあなたの頑張り次第ですよ。ダンテ先生」

 変わらずに落ち着いた口調でアイリッシュ卿は言った。

「あの子たちをあそこまで追い詰めてしまったのは、大人たちに責任があります。当人の家族でさえも、誰もまともに向き合おうとしてこなかった。あの『ナッツ』というクラスはそういう歪みの現れでもあるんです」

「つまりは家族了承の上か。ひどい話だな」

「あの子たちは孤独なんですよ、ダンテ先生」

「だから、俺がどうにかしろと」

「えぇ、あなたの腕を見込んで言っています」

 アイリッシュ卿が本気だということは伝わってきていた。あの軍事裁判でも、この通話口でもアイリッシュ卿は一切の冗談抜きで言っている。

「どうして俺なんだ?」

 ダンテにはその熱意がどうしても納得がいかなかった。

 自分は教師ではない。ただのしがない一兵卒だ。学もなく、地位もなく、腕一本でのし上がってきた下等民だ。貴族の気持ちなんて分からない。

 なぜ、自分にこの役目が与えられたのかが、彼には理解できなかった。

「それは簡単ですよ。あなたが優しい人間だからです」

「優しい……?」

「えぇ。聞きましたよ。命令を無視して仲間を救いに行った。自分の不都合をかえりみず、他人のために命を賭けた。素晴らしいことです」

「勘弁してくれ、背筋が寒くなってくる。道徳を教えるなら、神父でも連れてきた方が良い」

「いいえ、道徳ではありません。十分な才能です。なぜなら、あなたは絶対にあの子達を見捨てられませんから」

 きっぱりとした口調で、アイリッシュ卿はダンテに告げた。

「現に今、私に電話しているじゃありませんか。逃亡せずに、校舎から私に相談をしてきている。それが何よりの証明ではなくて?」

「……食えない人だ……」

「良い報告期待していますよ、ダンテ先生」

 通話が終わる。
 ダンテは誰もいない廊下で、深くため息をついて受話器を置いた。気が晴れるどころか、ますます気が重くなった。

(期待していますよ、か)

 アイリッシュ卿は本気だ。自分にあのしっちゃかめっちゃかの生徒達を立て直すことを期待している。単なるお人好しか、それ以上の目的があるかは分からないが、言う通りにしなければ復職の見込みはない。選択の余地はなかった。

「とりあえず、明日考えるか。ぐちゃぐちゃ悩んでいても仕方がない」

 一人つぶやいた後で、ダンテは薄暗い校舎の廊下を歩いて行った。
 彼が寝床として与えられたのは、校舎内にある宿直室だった。ちゃんとした校舎として機能してた頃に、夜勤の教員たちが寝泊りする部屋として使われていて、小さいがキッチンもある。

 一階の奥にある宿直室は、シンプルな板張りの小部屋になっていた。隅には缶詰などの食料が置かれていて、当分は困らないくらいの量があった。人里離れた山奥で食料供給しなくて良いのは、彼にとって幸いだった。

(シャワールームは隣みたいだな)

 身体にひっついた触手の液体がべとべとして気持ち悪かった。荷物を置いて、隣のシャワールームのドアを開ける。

 もわっと湧き出た湯気を見て、途端にダンテの顔が固まった。

 先客。
 人影が三つ。シャワーを浴び終えた彼女らは、タオルで身体を拭いていた。

「先生……?」

 マキネスがハッと顔を赤くして自分の胸を隠した。隣のリリアは呆然として立ちすくんでいる。ミミもぽかんとして、ダンテのことを見ていた。

「すまん、間違えた」

 ドアを閉める。
 ダンテは全ての記憶を消去することに決めた。

「キャーーーー! エッチー! へんたーーーい!!」

 何もないはずがなかった。
 リリアの叫び声と共にシャワールームから、罵声と石鹸せっけんやら洗面道具やら様々なものが飛んできた。

「なにがどうなってるんだ?」

「ここ女子風呂だようー!」

「なにっ」

 上を見ると、確かに看板には「女子用シャワールーム」と書いてあった。状況を把握して、ダンテの全身からドッと汗が噴き出した。

「本当に知らなかったんだ!」

「うわーん!」

「くっそ。大げさな。まだガキじゃねぇか」

 飛んでくる攻撃を避けて、隣の「男子用シャワールーム」と書いてある部屋へと駆け込んだ。脱衣所まで行くと、さすがにここまでは彼女たちも追ってこなかった。

「そもそもなんでこいつら、こんなところでシャワー浴びてるんだ。専用の寮があるはずだろう?」

 学生は本来、専用の寮で暮らしている。

 息を切らしながら、ダンテが文句を言っていると、シャワールームのドアの隙間からシオンの顔が覗いた。騒動の一部始終を聞いていたシオンは、にっこりとダンテに微笑みかけた。 

「ふっふっふっ。やらかしちゃいましたね。実は僕たちここで暮らしているんですよ」

「……ここは校舎だ。なぜ寮に行かない」

「なんだんかんだ便利なんです。ほら、寮まで遠いじゃないですか」

 シオンの言うところによると、寮と旧校舎の行き来を面倒臭く感じたリリアたちが、空き教室に布団を持ち込んだのが始まりだった。部屋を改造して、食糧も自前で調達している。ただシャワールームだけは宿直室のそばにしかないので、ここを使っているという事情があった。

「なるほどな……ひどい目にあった」

「先生も一緒に入りませんか。お湯、ちょうど温まってきたんです」

「おう、すまんな」

 シオンに誘われるがまま、ダンテはシャワールームに入った。想像よりも広く、シャワーのノズルは4つ付いていて、2人が入っても十分なスペースがあった。

(それにしても……こいつ本当に男だよな)

 さらりと長い金髪。卵のようにつるりとした素肌。華奢きゃしゃなシルエット。シオンの方を見ながら、ダンテは疑念を感じざるを得なかった。

「……うーん」

「どうかしました?」

「いや……なんでもない」

「あの良かったら、お背中流しますよ」

 朗らかに微笑んで、シオンは彼の肌に触れた。一生懸命によいしょよいしょと背中をこする手を感じながら、ダンテは奇妙な罪悪感を感じていた。
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