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49時限目 嫌だ(1)
しおりを挟む柔軟な四肢を使って木々の間を行き交い、広場に集まった生徒たちに魔導弾を撃ち続けていたミミは、広場で燃え広がる炎を見て、その手を止めた。
「むむ、リリア大丈夫かニャ……」
ブラムが展開した青い炎は、円形の広場を覆い森にまで広がり始めていた。ナッツを狙おうとしていた生徒たちは、鬼気迫る彼の様子に尻尾を巻いて逃げ出し始めていた。
ブラムと対峙しているのはリリア一人。未だに剣を抜けない彼女の逃げ場を塞ぐように、ブラムは剣から放たれる炎を撒き散らしていた。
「助けに行きたいけどニャぁ」
今回の作戦では、ミミが姿を表すことは許されていない。ブラムとの対決はリリアだけに委ねる。ダンテの見立てでは、ミミとマキネスが束になってかかってもブラムを倒すことはできないということだった。
目立ちたくて、うずうずしながら身体を揺らすミミの横に、シオンとイムドレッドの模造人形を抱えたマキネスが降り立った。
「マキネス! どうしたんだニャ」
「……ブラムの炎に触手が燃やされちゃった……相当、強いよブラム・バーンズ……」
「マキネスの触手でも無理なのかニャ……」
「うん……だからこの二人だけでも回収してきた」
マキネスは小さくなってしまっている模造人形を見せた。すでに動きも止めている。会場を監視するカメラを気にしながら、ミミはささやいた。
「……どんどん小さくなってるニャ」
「人形が損傷したせいで、穴が空いちゃってるみたい。ほらもう手のひらサイズに……」
「消えちゃったニャ」
「嫌な予感……先生たち間に合うかな」
心配そうにマキネスがうつむいたのも束の間、彼女の頬を魔導弾がかすめた。二人の姿を見つけた誰かが狙ってきている。
「やばいニャ。居場所がばれたニャ!」
しんみりしていられる状況ではなかった。ブラムの炎で木が燃え落ちて、隠れる場所が少なくなっている。視界が開けて、木々の間に潜んだミミたちの姿は、他の生徒たちでも捕らえられるようになっていた。
炎の勢いは止まらない。ブラムの怒りを体現しているかのように、ますます激しくなっていく。縦横無尽に炎を広げるブラムは笑みを浮かべながら、リリアを追い詰めていた。
「おまえ、まだ剣を抜けないのか」
「……くっそ……」
「そんなナリで俺を侮辱したことを、後悔すると良い」
「……!」
舞い立つ炎がリリアの身体を襲う。剣の動きを見抜くことができても、縦横無尽に動く炎の動きまでは避けることができなかった。高音度の炎はリリアの腕をかすり、肌を焼いた。
「熱……っ!」
じんじんと痛む熱傷。草木を焼いて発生する一酸化ガスのせいで呼吸も苦しい。はぁはぁと荒く息を吐きながら、彼女は必死に脚を動かしていた。
まだ一つも反撃できていない。手出しができないリリアに、ブラムはなぶるように攻撃を仕掛けていた。その姿は観戦席のモニターからも確認できていた。
「……リリア」
フジバナは息を呑んで、その光景を見ていた。彼女の痛々しい姿は見ていられなかった。間一髪で攻撃を避け続けていることが。奇跡みたいなものだった。しかし、逃げ場は確実になくなっている。炎は確実にリリアの行く手を阻みつつある。
逃げ場を失うまでに反撃できるかどうか。全てはそれにかかっていた。
「ははは! 行け! 良いぞやってしまえ!」
燃え行くスタジアムを見ながら、観戦席でバーンズ卿が叫んでいた。げらげらと笑いながら、自分の息子がリリアを追い詰める様子を観戦していた。
「見たか。これが我が血筋がもたらす炎の嵐だ! 異界レベルA、裁定拝火! できそこないの小娘が太刀打ちできるものではないわ! ははは、フラガラッハの血も落ちたもんだなぁ! 焼け! 焼き尽くしてしまえ!」
「あいつ……」
「抑えなさい、フジバナさん。今はリリアを信じるときです」
冷静な面持ちで、アイリッシュ卿は怒りに打ち震えるフジバナを諌めた。「まだあの娘の目は死んでいません」と言葉を続けると、バーンズ卿が振り向いておかしそうに笑った。
「目が死んでいないぃ? 耄碌されましたか!? 脚が震えて剣も抜けないじゃありませんか! 賢老院の座を賭けたのは正解でしたな! さっさと隠居してしまえ!」
「……まぁ、良く吠えること」
「ふん、なんとでも言え。見ろ、あの光を」
にんまりと笑いを浮かべながら、バーンズ卿はモニターに映るブラムの姿に視線を送った。
「あれは……!」
フジバナの目が驚きで見開く。
高濃度の魔力の圧縮。ブラムが突きつける剣の切っ先に、青い炎が集約し辺りを溶かすほどの熱線が放たれようとしていた。フジバナは思わず立ち上がり、叫んだ。
「止めないと! あんなものを撃ったら死んでしまいます! 模擬戦闘のレベルを超えている!」
「ふん、もう遅い。我々に喧嘩を売るとはどういうことか、思い知るが良い」
「リリア!」
今から助けに行っても間に合うはずがない。ブラムの攻撃は逃げ場のないリリアに向けて、容赦なく放たれてようとしている。モニターのカメラをホワイトアウトさせるほどの強いエネルギーの奔流。あらゆるものを焼き焦がす炎は少女の身体を貫こうとしていた。
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