51 / 56
51時限目 覇者
しおりを挟むB12倉庫。
エスコバル、ハイネ、アルトゥーロ、その三者が入り混じった乱戦にも決着が着こうとしていた。ひときわ激しい戦闘を繰り広げていたダンテとパブロフの周囲は、もはや建物の原型がないほどに損傷していた。
そこには巨大なすり鉢状の蟻地獄があった。中心に向かって瓦礫や倒れた男たちが飲み込まれていく。その中にはダンテの刀と腕もあった。ずるずると姿を消していくそれを見下ろしながら、パブロフは言った。
「異界レベルAプラスと言ってもこんなものか。使い手の違いだな。バカの一つ覚えで斬撃とは笑わせる」
唾棄するようにパブロフは言った。砂に埋もれたダンテはもはや動くことができる状態ではなかった。幾重にも重なる砂の重量は、人間が動かせるものではない。
息もできずに死んでいく窒息死。勝敗は決した。
「まぁ良い。ブラッドの臓器だけ回収すれば、あとはどうとでもなる」
こめかみの血を拭って、パブロフは死んだ仲間たちを見下ろした。ハイネとアルトゥーロのメンバーの加勢が多くなってきている。この機にエスコバルを潰そうという思惑が透けて見えている。
襲いかかってきた刺客を砂で丸呑みして、彼は倉庫の出入り口に向かって平然と歩き始めた。この状況にも関わらず、パブロフの頭に焦りの文字はなかった。
彼がエスコバルのリーダーについたのは十九の時だった。創立以来最も若いリーダーである彼は、同時に最も恐れられる存在となった。彼は人を殺すこと、利用すること、裏切ることに対して何の呵責も覚えなかった。
部下を殺した。組に秘密で薬を着服したからだ。
自身に忠誠を使った密偵を殺した。有益な情報を何一つ得られなかったからだ。
長年一緒だった仲間を家族もろとも殺した。彼を欺き、裏切ろうとしたからだ。
パブロフが築いてきた屍は数知れない。直接的にせよ、間接的にせよ、彼は殺すことにあまりに慣れ過ぎていた。誰かを虐げてこなければ、自分はここまで成り上がれなかったと確信してきた。
自分に逆らった人間が命を落とすのは当然だった。そのためだけに、技を磨いてきた。
だが、そのパブロフでさえ、殺したと思ったはずの人間が生き返ってきたことはなかった。直感とも言える背筋の寒さを感じ、彼は後ろを振り返った。
「……おまえ」
信じがたい光景だった。
一振りの刀を手に取った男は、脱出不可能なはずの砂の層から抜けだしていた。口から砂のまじった唾を吐くと、ダンテは無言で刀を振り下ろした。
「覇黄土……」
とっさに周囲の砂を防御に回す。それはパブロフの本能的な危機感と、卓越した魔導操作がなせる技だった。童子切の飛ぶ斬撃を、砂はギリギリのところで掴み取った。
ただ同時に、これで終わりではないこともパブロフは直感していた。ダンテの技には何かがある。そうでなければ、ここに立っていられるはずがない。あの蟻地獄を抜け出せるわけがない。
揺らめく刀の切っ先が、パブロフの視界から消えた。
「魔天・観測限界」
ダンテがその真名を放つ。
異界レベルAプラス、天下五剣、奇怪殺し童子切の能力は単なる飛ぶ斬撃ではない。その真価は術者の魔力を喰らい、限界まで高めることによって顕現する。
その一振りは、絶対不可視の斬撃。
魔天童子切の斬撃は空間、方向を限定することはない。例え術者が正面から剣を振ろうとも、側面背後、あらゆる角度方向から剣撃が降りかかる。
覇黄土の防御が間に合うはずがなかった。背後からの斬撃をまともに食らったパブロフは、血を流し床に倒れこんだ。
「……かはっ……!」
彼のコートが血で滲んでいく。脚と腹部を切り裂かれたパブロフは、立つことすらできなかった。
「……やっと、背中をあけてくれたな」
その身体を見下ろしながら、ダンテは疲れ果てたように息を吐いた。
「恐ろしく用心深い男だよ、お前は。最後の最後まで隙を見せてくれなかった。おかげで本当に死にかけた」
「く……そ、が……」
「こいつの力は、正面から襲いかかるだけじゃないぜ」
ダンテは童子切の先端を彼の顔に向けた。
「俺の勝ちだ、パブロフ」
「……は」
……なんでこいつが俺を見下ろしている?
口から漏れたのは笑い声だった。
パブロフには今の状況が理解できなかった。たかが教師が、一人で乗り込んできた愚かものになぜ俺が膝を屈している。
こんな滑稽なことがあってたまるか。
「はははははははははは!!」
地面に指を突き刺し、血がにじむほど力を込めたパブロフは大声で笑った。旧市街の頂点に立ち、全てを支配する。全てを虐げる。
最底辺として産まれた俺が、この国の頂点に立ち全てを支配する。貴族の豚ども。権力となるあぐらをかいた王族たち。パブロフにとって今回の計画は全てをひっくり返す一歩となるものだった。
「そのためのブラッドだ! そのための計画だ! それをなぜ何の関係もないお前が邪魔をする!」
「……しらねぇよ」
ダンテは憐れみを込めた目でパブロフを見ると、首を横に振った。
「俺はただ自分の生徒を取り返しに来ただけだ」
「はぁ……はぁ……死ね。誰かこいつを殺せ……!」
鬼気迫る表情で、血を吐きながら叫んだ言葉が、パブロフの最期になった。
入り口付近から飛んできた光弾がパブロフの頭蓋を貫いた。叫ぶ暇もなく絶命したパブロフの身体は、がっくりと崩れ落ち沈黙した。
同時に自分を狙ってきた光弾を、ダンテは童子切で払い落とした。右手ジンと痺れるような痛みが走る。速さも威力も並みではない。
「おや」
死闘が繰り広げられていた出入り口は死骸の山となっていた。血の海となった惨劇の地面を、背の高い老人が部下を引き連れて歩いてきていた。長く伸びた白いヒゲを撫でながら、彼は不思議そうに首を傾げていた。
「ブラッドはいないのか」
ダンテにもその顔は見覚えはあった。この旧市街で、彼の顔を知らないものはいなかった。
「……アルトゥーロ・セタス」
旧市街にはびこる麻薬組織の三大巨頭その一角。アルトゥーロ・セタスの親玉がダンテの前に姿を現した。
0
あなたにおすすめの小説
~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる
僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。
スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。
だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。
それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。
色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。
しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。
ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。
一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。
土曜日以外は毎日投稿してます。
防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました
かにくくり
ファンタジー
魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。
しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。
しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。
勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
職業・遊び人となったら追放されたけれど、追放先で覚醒し無双しちゃいました!
よっしぃ
ファンタジー
この物語は、通常1つの職業を選定する所を、一つ目で遊び人を選定してしまい何とか別の職業を、と思い3つとも遊び人を選定してしまったデルクが、成長して無双する話。
10歳を過ぎると皆教会へ赴き、自身の職業を選定してもらうが、デルク・コーネインはここでまさかの遊び人になってしまう。最高3つの職業を選べるが、その分成長速度が遅くなるも、2つ目を選定。
ここでも前代未聞の遊び人。止められるも3度目の正直で挑むも結果は遊び人。
同年代の連中は皆良い職業を選定してもらい、どんどん成長していく。
皆に馬鹿にされ、蔑まれ、馬鹿にされ、それでも何とかレベル上げを行うデルク。
こんな中2年ほど経って、12歳になった頃、1歳年下の11歳の1人の少女セシル・ヴァウテルスと出会う。凄い職業を得たが、成長が遅すぎると見捨てられた彼女。そんな2人がダンジョンで出会い、脱出不可能といわれているダンジョン下層からの脱出を、2人で成長していく事で不可能を可能にしていく。
そんな中2人を馬鹿にし、死地に追い込んだ同年代の連中や年上の冒険者は、中層への攻略を急ぐあまり、成長速度の遅い上位職を得たデルクの幼馴染の2人をダンジョンの大穴に突き落とし排除してしまう。
しかし奇跡的にもデルクはこの2人の命を救う事ができ、セシルを含めた4人で辛うじてダンジョンを脱出。
その後自分達をこんな所に追い込んだ連中と対峙する事になるが、ダンジョン下層で成長した4人にかなう冒険者はおらず、自らの愚かな行為に自滅してしまう。
そして、成長した遊び人の職業、実は成長すればどんな職業へもジョブチェンジできる最高の職業でした!
更に未だかつて同じ職業を3つ引いた人物がいなかったために、その結果がどうなるかわかっていなかった事もあり、その結果がとんでもない事になる。
これはのちに伝説となる4人を中心とする成長物語。
ダンジョン脱出までは辛抱の連続ですが、その後はざまぁな展開が待っています。
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~
aoi
ファンタジー
「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」
勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......?
お姫様の為に全力を尽くす賢者マギが無双する!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる