56 / 56
56時限目 クラスナッツ
しおりを挟むその日の夜。
宿直室で自分の傷の手当てをしているダンテのところに、フジバナがやってきた。コンコンとノックをすると、ドアの隙間から顔を覗かせて言った。
「隊長、よろしいでしょうか」
「フジバナか。どうした、まだ帰っていなかったのか」
「はい、今日は旧校舎に泊まろうと思いまして。女子部屋に寝袋置かせてもらっているんです」
「すっかり仲良くなったな」
そう言ってダンテは中に入るように促した。フジバナはぺこりと会釈して、ダンテのそばに座った。
「あいつらの様子はどうだ?」
「問題ありません。ミミが作った軟膏が効いているみたいです。傷が完全に塞がるまでには時間がかかりますが、みんな元気そうでした」
「良かった」
「隊長、包帯巻くの手伝いましょうか」
「おう、助かる」
フジバナはダンテの背中に回って、傷口を包帯で塞ぎ始めた。鍛え上げられた上半身は、ゴツゴツと硬く古傷だらけだった。背中の裂傷を包帯で器用に塞ぎながら、フジバナは言った。
「隊長、一つ確認したいことがあるのですが」
「なんだ」
「模造人形のことです。どうして、傷んだ髪の毛を送ってこられたのですか?」
その言葉にダンテの肩がぴくりと反応するのを、フジバナが見逃すはずがなかった。
「なんのことだ」
「しらばっくれても無駄です。私の作った模造人形が遠目で誰かに見破られるはずがありません。隊長はわざと傷んだ髪の毛を混入させて、模造人形に不具合がかかるようにしたのではないのですか」
「わざとじゃないよ。間違えて入っていたのかもしれない」
「エーリヒ殿を仕向けるためですか?」
フジバナは「これは推測に過ぎないのですが」と付け加えて言った。
「そうなると全てが納得がいくのです。あの対抗戦の観戦席で、そのような微差に気が付けるのはエーリヒ殿しかいません。当然のごとく疑いの目は私に向けられます。そして私が隊長の居場所を教える」
「……で、エーリヒが助けに駆けつけてくるというシナリオか」
「バーンズ卿を説得することまで見込んでいた。あの人の性格上、そうすることが隊長には分かっていた」
包帯を巻き終わり、結びをしめてフジバナは合図した。
「終わりました」
「サンキュー」
調子を確かめるように、肩をぐるぐると回して、ダンテはシャツに着替えた。腰に手を当てると、正座したフジバナから視線をそらしながらダンテは口を開いた。
「俺がそこまで考えられると思うか。神じゃないんだ。人の動きまで操れない」
「人の動きを想定することはできます。隊長が作戦を立てると時に良くおっしゃっていた言葉です」
「……やれやれ敵わないな」
ダンテは困ったように肩をすくめると、改めてフジバナに向き直った。
「今回の作戦は賭けの連続だ。今回のリリアがバーンズに勝てるか。マキネスが出し惜しみせず魔導を出せるか。ミミが自制心を保てるか。シオンが追っ手をまけるか。イムドレッドがアカデミアに戻るという選択をするか。失敗すれば全てが総崩れになる作戦だった」
「結果、全てが上手くいった。隊長は賭けに勝ったということですね」
「全部、あいつらの実力のおかげだ。俺は何もしていない」
感慨深げに言って表情を緩めると、ちらりと視線を動かして、宿直室のドアに向かって呼びかけた。
「……というわけで、ドアの前でこそこそしないで入ってこい」
唐突に呼びかけられて、ドアの外がわちゃわちゃと騒がしくなった。一通りもめ終わったあと、ドアが開いてリリア、シオン、マキネス、イムドレッド、ミミ、全員の顔が覗いた。
「こ、こんばんは」
「こんばんはじゃない。盗み聞きは良くないぞ」
「マキネスが見に行こうっていったニャ」
「……大人の時間かと思って」
「やめてくれよ……」
「みなさん、傷は大丈夫ですか」
フジバナが問いかけると、全員が問題ないという風に頷いた。シオンが肩口の包帯を見せてにっこりと笑った。
「ちょっと寝たら治りました」
「若いな」
「若さですね」
「ねぇねぇ、今から祝勝会しようと思うんだけど、先生たちもやろうよ」
宿直室に上がり込んだリリアは、ふんふんと鼻息を荒げて二人の手を引っ張った。
「イムドレッドが燻製肉を隠していてね。みんなで切り分けて食べようって話をしていたんだ」
「燻製肉?」
「床下に隠しておいたやつが、シオンたちに見つかったんだ」
イムドレッドは「あとで回収しようと思っていたのに」と悔しそうに漏らした。
「熟成した高級肉だ。絶対うまいはずだ」
「良いな、それ」
「味の分からない小娘に食い尽くされるくらいなら、先生たちにも食べてもらいたい」
「ちょっと小娘って何よ。同い年でしょ。むしろ誕生日換算で言ったら、イムドレッドの方が年下じゃんかー」
ぽかぽかと叩くリリアの拳を、しかめっ面で受けながらイムドレッドは言葉を続けた。
「……それと改めてお礼を言いたい。俺をここまで連れ戻してくれたことに。正直言って、もう戻ってこれないと思っていた」
「大人の怖さを思い知ったか?」
「あぁ。……でも、次は負けない」
イムドレッドは強く意思のある視線をダンテに向けていた。
「もっともっと強くなりたい。道具じゃなくて、イムドレッド・ブラッドとして俺は強くなりたい」
「それがお前の選択か」
「うん。無様な姿は今日で最後だ」
大きく頷いたイムドレッドに、ダンテは嬉しそうに笑って手を伸ばして言った。
「了解した。教師として、導くところまで導こう」
「よろしく頼む」
「改めて、ようこそ。クラスナッツへ」
力強く言ったイムドレッドを見て、ダンテは安心した。出会った時の荒んだ様子とは違う、地に足がついた人間の顔つきになっている。成長が楽しみです、と言ったアイリッシュ卿の言葉をふっと思い出していた。彼らが成長する姿を見られることは、ひょっとして幸運なのではないかとすら思えてきた。
握手する二人の間に入って、リリアが頬を膨らませて言った。
「ねぇねぇ、早くお肉食べようよ」
「空気の読めない女だな……」
悪態をついたイムドレッドは手を離して、苦々しげに顔をしかめた。おかしそうに笑いながら、ダンテは箱に詰めていた食料を手に持った。
「よし、対抗戦も終わったし、明日一日は丸っと休講にしてやる」
「本当!? やったー!」
「やったニャ!」
「その代わり、明後日からは今までの二倍授業をやるからな。定期テストで点が取れなかったら元子もないからな」
「え?」
「朝から晩まで机にかじりついてもらう」
「ひえぇ……」
「……先生、鬼」
「バカ言うんじゃない。授業の遅れの方が問題だ。今日が最後の晩餐だと思え」
がくがくと足を震わせる生徒たちを先に行かせて、ダンテは立ち上がり、正座したフジバナを手招きした。
「フジバナも行こう。アイリッシュ卿から頂いたワインがある。一緒に飲もう」
「良いのですか? 大事にとっておいたものでは」
「もちろん。お礼にもならんが、ほんの気持ちだ。遠慮しないでくれ」
「……はい、では喜んで」
幸福そうに微笑んで、フジバナは立ち上がり、生徒たちの待つ部屋へと歩いて行った。
一杯で目玉が飛ぶような価格のするワインと、イムドレッドが隠していた燻製肉を囲みながら、旧校舎の夜は更けていった。楽しげな笑い声が、校舎の外まで響き、やがて朝日が昇ってきた。差し込む朝日は幸福そうな寝顔を照らした。
ソード・アカデミア、クラスナッツの新学期はまだ始まったばかりで、これからいくつもの苦難を迎えることになるが、それはまだ少し先の話だった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる
僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。
スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。
だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。
それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。
色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。
しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。
ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。
一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。
土曜日以外は毎日投稿してます。
防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました
かにくくり
ファンタジー
魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。
しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。
しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。
勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
職業・遊び人となったら追放されたけれど、追放先で覚醒し無双しちゃいました!
よっしぃ
ファンタジー
この物語は、通常1つの職業を選定する所を、一つ目で遊び人を選定してしまい何とか別の職業を、と思い3つとも遊び人を選定してしまったデルクが、成長して無双する話。
10歳を過ぎると皆教会へ赴き、自身の職業を選定してもらうが、デルク・コーネインはここでまさかの遊び人になってしまう。最高3つの職業を選べるが、その分成長速度が遅くなるも、2つ目を選定。
ここでも前代未聞の遊び人。止められるも3度目の正直で挑むも結果は遊び人。
同年代の連中は皆良い職業を選定してもらい、どんどん成長していく。
皆に馬鹿にされ、蔑まれ、馬鹿にされ、それでも何とかレベル上げを行うデルク。
こんな中2年ほど経って、12歳になった頃、1歳年下の11歳の1人の少女セシル・ヴァウテルスと出会う。凄い職業を得たが、成長が遅すぎると見捨てられた彼女。そんな2人がダンジョンで出会い、脱出不可能といわれているダンジョン下層からの脱出を、2人で成長していく事で不可能を可能にしていく。
そんな中2人を馬鹿にし、死地に追い込んだ同年代の連中や年上の冒険者は、中層への攻略を急ぐあまり、成長速度の遅い上位職を得たデルクの幼馴染の2人をダンジョンの大穴に突き落とし排除してしまう。
しかし奇跡的にもデルクはこの2人の命を救う事ができ、セシルを含めた4人で辛うじてダンジョンを脱出。
その後自分達をこんな所に追い込んだ連中と対峙する事になるが、ダンジョン下層で成長した4人にかなう冒険者はおらず、自らの愚かな行為に自滅してしまう。
そして、成長した遊び人の職業、実は成長すればどんな職業へもジョブチェンジできる最高の職業でした!
更に未だかつて同じ職業を3つ引いた人物がいなかったために、その結果がどうなるかわかっていなかった事もあり、その結果がとんでもない事になる。
これはのちに伝説となる4人を中心とする成長物語。
ダンジョン脱出までは辛抱の連続ですが、その後はざまぁな展開が待っています。
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~
aoi
ファンタジー
「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」
勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......?
お姫様の為に全力を尽くす賢者マギが無双する!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる