王都から追放されて、貴族学院の落ちこぼれ美少女たちを教育することになりました。

スタジオ.T

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55時限目 決着(2)

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 エーリヒはアイリッシュ卿の前に立ち、かばうように立ちふさがった。

「彼らを退学と決めるのは、あまりにも早計そうけいすぎると思いますぞ」

「不倒のエーリヒ……いったい何が言いたい? 対抗戦で教師ぐるみで不正を犯している。これが問題ではなくて、何だと言う?」

「対抗戦はあくまで一つの指標でしかありません。シオン・ルブランとイムドレッド・ブラッドは、大人の魔導師を三人倒した。それも旧市街の手練れの人間です。その点で言えば、彼らの強さは証明されていると言える」

「だが、この学園は清き貴族を教育するためのもので……不正は……」

「貴殿に教育の何が分かる!」

 バーンズ卿の言葉を遮って、エーリヒは強い口調で言った。あまりにも圧のある言葉に、ビクンと驚いたようにバーンズ卿の身体が震えた。

 一切微動だにせず、ただ眉間に一筋のしわを寄せながら、エーリヒは言葉を続けた。

「清く正しい? 人を蹴落とすことしか考えない人間を清いというなら、そうであろうな。だが、我々が求めているものは違う。真にこの国に求められているものは違う」

「……何だ何が言いたい!」

尊きものたちの使命ノブレスオブリージュ。我が学園が掲げる理想たる力は、人の上に立つ力だ。決して曲がらない意思、それを実現する胆力たんりょく。イムドレッドとシオンにはそれがある。そしてダンテという男にも、それを教育する能力がある」

 落ち着き払って、腕を組みエーリヒは言った。

「ゆえに彼らを退学処分にする理由はない」

「……エーリヒ。いくら救国の英雄であろうとも、今はただの教師だ。俺が決めた決定には逆らえないぞ……!」

「では、賢老院の人間であれば良いのか?」

 エーリヒがバーンズ卿の後ろに視線を送る。
 近づいてくる人影を見て、バーンズ卿は目を見開いた。精悍せいかんな立ち姿。険しい顔つきの男は、腰にぶら下げた大太刀を鳴らして歩いてきていた。一歩歩くごとにかちゃりと鳴る金属音が、周囲の人間に得もいわれぬ寒気を感じさせていた。

 こんな剣気を発する男は一人しかいなかった。バーンズ卿は苦々しげな顔で彼の名前を言った。

「剣聖、フラガラッハ卿」

「お父……さん。来てたの」

「リリア」

 呆然と立ちすくんだリリアの肩越しに、フラガラッハ卿が声をかけた。

「見ていたぞ。さすが俺の子だ」

「……っ」

 リリアはその言葉にさっと顔を強張らせて、彼から距離を取った。その様子に肩を落として、剣聖はダンテに話しかけた。

「ダンテ先生と言ったな。うちの娘を導いてくれて感謝する」

「……どうも、仕事だもんで」

 ダンテの返答に、フラガラッハ卿は目を細めた。深く暗い瞳の奥の感情を、ダンテは読み取ることができなかった。初めて見る剣聖フラガラッハの姿は、聞いていたものとは大違いだった。

(……こりゃあ、ビビるのも無理はない)

 ただ、近くに立たれるだけで威圧感がある。アイリッシュ卿とはまた方向の違う覇気だ。敵にしたら間違いなく嫌なタイプで、それはバーンズ卿にとってもまた同じだった。フラガラッハ卿は、賢老院の中でも一大派閥を築くほどの実力者だ。

 彼の登場でたじろいだようにバーンズ卿は言った。

「フラガラッハ卿、いったい何の用だ」

「エーリヒの言葉を聞いた。私も同じ意見だ。彼らを退学にさせるべきではない。ダンテ先生も辞めさせるべきではない。アイリッシュ卿も同様だ」

「だが、俺は賭けに勝った!」

「賭けには勝っていない。つまらぬことにこだわるな。主任教師による特別措置だ。学園規定にも記載されている。シオン・ルブランとイムドレッド・ブラッドは対抗戦を通過した、とエーリヒが決めた。貴殿は賭けに負けたのだ」

「しかし……」

「二度同じことを言わせるな。バーンズ卿」

 その一言一言に重みがあった。だらだらと脂汗あぶらあせを流すバーンス卿に、フラガラッハ卿は言った。

「それとも貴殿は、自分の息子を負け犬のまま終わらせたいのか。今、ダンテ殿を追い出せば、再戦は叶わなくなるぞ。我が娘に敗走したと噂になれば、バーンズの名は少なからず堕ちる」

「……ぐっ……!」

「分かったら速く去ね。恥を上塗りしたいのなら別だがな」

 口をパクパクと動かして、怒り狂ったようにバーンズ卿は鼻息を荒げていた。
 自身を囲むフラガラッハ卿、エーリヒ、アイリッシュ卿を見て、さすがに分が悪いと思ったのか「くそ!」とじたんだを踏むと、肩を怒らせて去っていった。

 その背中が消えるまで見送ったアイリッシュ卿は、ふぅと疲れたように息を吐いて言った。

「恩に着ます、フラガラッハ卿」

「なに、これで貸借りゼロだ。久々に良いものを見せもらったお礼だと思ってもらえれば良い。あなたは本当に良い教師を見つけられた」

 フラガラッハ卿はダンテの身体を、じっと見ると感心したように言った。

「貴殿とは、いつか手合わせしてみたいものだ」

「……勘弁してくれ」

「冗談ではないぞ。本気だ」

 ほとんど表情を変えることなく、ちらりとリリアに視線を送ると、フラガラッハ卿は言葉を続けた。

「娘をこれからもよろしく頼む」

 そう言い残し、フラガラッハ卿は背を向けて、ダンテたちの元から去っていった。彼の背中が見えなくなって、唐突にアイリッシュ卿が吹き出すように笑った。

「あぁ、本当に助かりました。久しぶりに、本当に冷や汗をかきました」

「……嫌な汗をかいた。アイリッシュ卿、こんな無茶はやめてください。俺みたいな一兵卒を信じて賢老院の首をかけるなんて、危険なことくらい分かるでしょう」

「いえ、今でもあなたのことは信じていますよ。現に賭けには勝つことができました。これからこの子たちがどう成長していくのか、本当に楽しみです」

 ナッツの五人を見渡しながら、嬉しそうにいうと、アイリッシュ卿は屈みながらシオンに向かいあった。

「シオン。今日は素晴らしい活躍でした。あなたの家庭の事情は聞きました。爵位しゃくいの件に関しては、私が何とかしておきましょう」

「ほ、本当ですか……?」

「はい。厳重注意として処罰はしますが、爵位の没収はいたしません」

「……あ」

 シオンは信じられないと目を丸くしたあとで、飛び跳ねるほどの歓喜して、アイリッシュ卿の手を握った。

「あ、ありがとうございます! アイリッシュ卿!」

「これから楽しみしていますよ、シオン」

 ぺこりと頭を下げて、アイリッシュ卿は歩き始めた。エーリヒが護衛として付いていき、騒ぎを終えた観戦席にはダンテたちだけが残された。

「……これで一件落着か」

 対抗戦は無事通過。エスコバルはほぼ壊滅。エーリヒのおかげで旧市街の麻薬組織も停戦状態だ。イムドレッドが今すぐ狙われることはないと思って良いだろう。怒涛どとうの一日だったが、降りかかってきた火の粉は払うことができた。

 ようやく休める。ダンテは大きく伸びをして、沈みゆく夕暮れを見た。

「さぁ、帰るか」

「はーい!」

「はいニャ!」

 夕焼けで真っ赤に染まった森の中を、彼らは旧校舎へと帰っていった。
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