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第2話 大英雄、魔法を使う
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魔物は基となる動物にも寄るが、基本的には複数人の人間がいてようやく対応することが出来る。今回現れたタソガレグマは図体が大きく、魔物になった場合の危険度も非常に高い。
普段は夕方過ぎにしか行動しない動物が、早朝に現れるというのは明らかにおかしい。さらに瞳が赤いという魔物化の特徴を満たしている。久しぶりの異常事態だ。
「怪我人は?」
「村のみんなは大丈夫! 強いて言うなら人参?」
「人参?」
「パトレシアの畑の人参が食い荒らされていて、このままだと全滅しちゃいそうなの」
「…………なんだそれだけか。俺が行くまでもないんじゃないか」
「無理無理、この時間はおじいちゃんおばあちゃんしか起きていないし、私の魔法だと畑をメチャクチャにしちゃうから」
大地を操る魔法を得意とするナツは、攻撃方法がかなりおおざっぱだ。下手すると、人参もろとも畑を破壊しかねない。
「何にせよ行った方が良さそうだな。人参の次は人かもしれないし」
クマの魔物が出たという畑までは、俺の家から3キロメートルちょっと。
森を切り開いて作ったサラダ村の共同畑は、まだ開墾されて間もない。おかげで道も悪く、木々の間を抜けて行かなくてはならないのが面倒だった。
もうすぐ目的地だったが、魔物の気配はまだない。
「瘴気も薄いな。村に降りてきたのはたぶんその1匹だけだろ」
「それって……アンクが倒した『異端の王』の瘴気ってこと?」
「撒かれた瘴気はしばらく残るからな。どこから漂ってきた瘴気に当てられたタソカレグマだと思う」
「見えないくらいの瘴気でも魔物化するんだ」
「稀にな。今後増えることはないと思うけれど、一度撒かれたものがまだ空気中に残っているんだ」
走りながら、瘴気が少ない道へと誘導する。
人間が瘴気を吸って魔物化することはないが、身体にあまり良いものでもない。
瘴気と呼ばれるガスは、3年前まで世界を脅かしていた『異端の王』と呼ばれる魔王が撒いたものだ。俺が倒したことで、新たに発生することはなくなったが、残り香のように漂っている瘴気が小規模の魔物化を引き起こしている。
「これで3件目か。この辺で出たのは初めてだけれど」
この前も隣街の井戸に潜んでいたタコの魔物を討伐したばかりだ。そのたびに、わざわざ俺の家まで討伐依頼が入ってくる。
「いたいた! あれだ!」
ナツが、畑の人参を掘り起こしている真っ赤な瞳のクマを指さす。地面から掘り出してはムシャムシャとかじっていく。かなりの数の人参が無残にも横たわっていた。
「くまだー!」
「山に帰れぇ!」
「もうすぐ収穫だったんだぁ!」
周りで村民たちがワラワラと群がって鍬や斧でけん制しているが、当のクマは全く気にする様子がない。一口かじっては次から次へと捨てていく。
「腹を空かせているってわけでもなさそうだな」
「このままだと全滅だよ。わたしのジャガイモ畑も大丈夫かなぁ」
森の小道から出ると、群がっていた村の老人たちが俺のところへと寄ってきた。
「おぉ、大英雄がきたぞー!」
「『異端の王』を倒した大英雄だー!」
「がんばれー!」
「ついでに畑に被害が出無いように頼むー!」
ホッとした顔になった村人たちがわらわらと群がってくる。嬉しそうに声をあげて、握手を求める人たちが波となって押し寄せてくる。
「お、ちょ、ちょっとみんな、押さないでくれ」
世界を救った大英雄として、村のじいちゃんばあちゃんからは神や仏のような扱いを受けている。3年経った今でも顔を見るたびに握手を求められる。その熱意の凄まじさたるや、正直魔物よりタチが悪いこともある。
例のごとく今回も、人の波はやむことがなかった。
「ちょっと、待ってくれって」
抵抗むなしく、興奮した村人たちによって俺はクマの近くまで押し出されていく。
その様子を見て、ナツが叫び声をあげた。
「アンク、土俵際だよ! 踏ん張って!」
「む、ぐ、ぐ……む、りだ」
「アンクー!」
人の洪水に揉まれて、クマの真正面に放り出される。
さすがにここまで近づいてしまってはクマも見逃してくれない。
「あー……」
思わずため息が漏れる。
テリトリーに侵入してきた俺に、クマは威嚇するような呻り声をあげていた。
「グルルルルルル……!」
身もすくむような呻り声を聞いて、俺を押し出してしまった村人たちも、「やっちまっただぁ」と言いながら蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。
「ごめんなぁ、大英雄さん!」
「わしたちのせいで!」
「がんばってくれー!」
遠くの方から謝罪と声援の声が聞こえる。
「……まぁ良いか。どうせやることは同じだから」
畑の真ん中にポツンと立った俺に、タソガレグマは今にも襲いかかろうと身構えていた。
もう戦闘は避けられない。
手のひら開いて魔力を練る。立ち上る白い魔力に村人たちから歓声が上がる。淀みのない真っ白な魔力が、俺が女神の加護を得た英雄である証だった。
「索敵」
魔法を発動する。
クマを取り囲むような箱をイメージする。ショーケースのような透明な箱を頭の中で組み立てる。
周囲の魔力の揺らぎを感じたのか、クマが警戒するような声をあげる。飢えた獣の呻り声が徐々にと近づいてくる。
鋭く尖った牙からは、黒いよだれが垂れている。鋭利なナイフのように殺傷力のある牙が俺に向く。
だが、冷静に平静に。
イメージを保たなければ上手く魔法は発動しない。
『固定』
箱の中の魔力を凝縮する。箱の中の世界の時間を止めるイメージで魔法を組み立てる。
魔力による時間の停止、それが俺が女神から授かった唯一無二の力だった。
普段は夕方過ぎにしか行動しない動物が、早朝に現れるというのは明らかにおかしい。さらに瞳が赤いという魔物化の特徴を満たしている。久しぶりの異常事態だ。
「怪我人は?」
「村のみんなは大丈夫! 強いて言うなら人参?」
「人参?」
「パトレシアの畑の人参が食い荒らされていて、このままだと全滅しちゃいそうなの」
「…………なんだそれだけか。俺が行くまでもないんじゃないか」
「無理無理、この時間はおじいちゃんおばあちゃんしか起きていないし、私の魔法だと畑をメチャクチャにしちゃうから」
大地を操る魔法を得意とするナツは、攻撃方法がかなりおおざっぱだ。下手すると、人参もろとも畑を破壊しかねない。
「何にせよ行った方が良さそうだな。人参の次は人かもしれないし」
クマの魔物が出たという畑までは、俺の家から3キロメートルちょっと。
森を切り開いて作ったサラダ村の共同畑は、まだ開墾されて間もない。おかげで道も悪く、木々の間を抜けて行かなくてはならないのが面倒だった。
もうすぐ目的地だったが、魔物の気配はまだない。
「瘴気も薄いな。村に降りてきたのはたぶんその1匹だけだろ」
「それって……アンクが倒した『異端の王』の瘴気ってこと?」
「撒かれた瘴気はしばらく残るからな。どこから漂ってきた瘴気に当てられたタソカレグマだと思う」
「見えないくらいの瘴気でも魔物化するんだ」
「稀にな。今後増えることはないと思うけれど、一度撒かれたものがまだ空気中に残っているんだ」
走りながら、瘴気が少ない道へと誘導する。
人間が瘴気を吸って魔物化することはないが、身体にあまり良いものでもない。
瘴気と呼ばれるガスは、3年前まで世界を脅かしていた『異端の王』と呼ばれる魔王が撒いたものだ。俺が倒したことで、新たに発生することはなくなったが、残り香のように漂っている瘴気が小規模の魔物化を引き起こしている。
「これで3件目か。この辺で出たのは初めてだけれど」
この前も隣街の井戸に潜んでいたタコの魔物を討伐したばかりだ。そのたびに、わざわざ俺の家まで討伐依頼が入ってくる。
「いたいた! あれだ!」
ナツが、畑の人参を掘り起こしている真っ赤な瞳のクマを指さす。地面から掘り出してはムシャムシャとかじっていく。かなりの数の人参が無残にも横たわっていた。
「くまだー!」
「山に帰れぇ!」
「もうすぐ収穫だったんだぁ!」
周りで村民たちがワラワラと群がって鍬や斧でけん制しているが、当のクマは全く気にする様子がない。一口かじっては次から次へと捨てていく。
「腹を空かせているってわけでもなさそうだな」
「このままだと全滅だよ。わたしのジャガイモ畑も大丈夫かなぁ」
森の小道から出ると、群がっていた村の老人たちが俺のところへと寄ってきた。
「おぉ、大英雄がきたぞー!」
「『異端の王』を倒した大英雄だー!」
「がんばれー!」
「ついでに畑に被害が出無いように頼むー!」
ホッとした顔になった村人たちがわらわらと群がってくる。嬉しそうに声をあげて、握手を求める人たちが波となって押し寄せてくる。
「お、ちょ、ちょっとみんな、押さないでくれ」
世界を救った大英雄として、村のじいちゃんばあちゃんからは神や仏のような扱いを受けている。3年経った今でも顔を見るたびに握手を求められる。その熱意の凄まじさたるや、正直魔物よりタチが悪いこともある。
例のごとく今回も、人の波はやむことがなかった。
「ちょっと、待ってくれって」
抵抗むなしく、興奮した村人たちによって俺はクマの近くまで押し出されていく。
その様子を見て、ナツが叫び声をあげた。
「アンク、土俵際だよ! 踏ん張って!」
「む、ぐ、ぐ……む、りだ」
「アンクー!」
人の洪水に揉まれて、クマの真正面に放り出される。
さすがにここまで近づいてしまってはクマも見逃してくれない。
「あー……」
思わずため息が漏れる。
テリトリーに侵入してきた俺に、クマは威嚇するような呻り声をあげていた。
「グルルルルルル……!」
身もすくむような呻り声を聞いて、俺を押し出してしまった村人たちも、「やっちまっただぁ」と言いながら蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。
「ごめんなぁ、大英雄さん!」
「わしたちのせいで!」
「がんばってくれー!」
遠くの方から謝罪と声援の声が聞こえる。
「……まぁ良いか。どうせやることは同じだから」
畑の真ん中にポツンと立った俺に、タソガレグマは今にも襲いかかろうと身構えていた。
もう戦闘は避けられない。
手のひら開いて魔力を練る。立ち上る白い魔力に村人たちから歓声が上がる。淀みのない真っ白な魔力が、俺が女神の加護を得た英雄である証だった。
「索敵」
魔法を発動する。
クマを取り囲むような箱をイメージする。ショーケースのような透明な箱を頭の中で組み立てる。
周囲の魔力の揺らぎを感じたのか、クマが警戒するような声をあげる。飢えた獣の呻り声が徐々にと近づいてくる。
鋭く尖った牙からは、黒いよだれが垂れている。鋭利なナイフのように殺傷力のある牙が俺に向く。
だが、冷静に平静に。
イメージを保たなければ上手く魔法は発動しない。
『固定』
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