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第22話 試練

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 シスターが放った言葉に、俺はしばらく呆然ぼうぜんとした。

「『異端の王』……」

 久しぶりに聞いた言葉だった。
 王国は各地に存在するが、魔物を支配することが出来る王というのは聞いたことがない。プルシャマナに存在するのは、人間の為の人間の王だ。魔物というのは正気を失った生き物の成れの果てで、それを支配する存在は確認されていない。

 ……加えて、女神を殺すと言っているのも、理解が出来ない。

 神話の一部として伝播でんぱしている女神信仰において、その存在は抽象的なものだ。それが本当に実在していると知っているのは、実際に会ったことがある俺くらいだろう。

 どうしてこのシスターはそんな常人の思考からかけ離れた発言を、真顔で言えるのか。混乱する俺をよそに、シスターは言葉を続けた。

「『異端の王』は強力な奴でね。生半可な人間では相手にすらならない。羽虫のように叩かれて終わりなんだ。そうなってしまってはむしろ私としては迷惑でね。君が『異端の王』を倒す資格を持っているかどうかを確認したい」

「……噂のテストってやつか。お前、何者なんだ」

「疑り深いのは良いことだ。大丈夫、簡単な問題だよ。これからあるクイズを出す。それに正解すれば君の勝利だ。もし外れたり何も答えられなかったら、帰ってもらう。それだけだ」

 シスターは挑戦的な笑みを、俺に向けた。
 金貨5万枚がかかっている問題、生半可なものではないだろう。

 ゴクリとつばを飲み込んで、俺は大きく頷いた。

「分かった」

 俺が承諾したのを見届けると、シスターはぴょんと教壇の上に飛び乗って、足を組んで俺を見下ろした。ハラリとロングスカートのすそがはだけて、綺麗な脚があらわになる。
 
 扇情的せんじょうてきとも言える格好のまま、シスターはおもむろに口を開いた。

「じゃあ始めようか、問題はこれだ。私の髪は何色に見える?」

 シスターはそう言って、フードを脱いだ。
 端正な顔と、そこから見えたのは透き通るように綺麗な……、

「青だ」

「…………正解」

「ちょっと待て。その顔は」
 
 見たことがある。
 改めて見ようとすると教壇の上にシスターの姿はなく、いつの間にかステンドグラスからの光を浴びて、宙に飛んでいた。

「見つけたぁああ!!」

 大ジャンプ。
 シスターは嬉しそうにキラキラと瞳を輝かせていたのが分かった。
 教壇からぴょーんとんだシスターは、勢いそのままに俺に抱きついてきた。その身体を真っ向から受け止めて、バランスを崩した俺は長椅子の方へと倒れこんだ。

 ドンガラガッシャンと派手な音を立てて、抱きかかえたシスターもろとも木の椅子に身体を打ち付けた。
 
「いったあぁ!!」

 衝撃で悲鳴をあげる。
 それでも俺の上に馬乗りになっているシスターは全く聞く耳を持たなかった。喜びを抑えきれない顔で、ぽかぽかと何度も俺の胸を叩いている。その顔はまるで遊園地に来た低学年児童のようだった。

「ようやく見つけた! 君が転生者だな! あぁ一時はどうなることかと思ったよ!」

「何? なにがどうなっているんだ」

「分からないのかい。私だよ私。サティだよ!」

「し、知っている。見たことがある」

「ようやく、私の顔を視認できる人間が現れた! いやぁ、どこかでのたれ死んでいなくて良かった!」

 懐かしそうに目を細めながら、サティは手を伸ばして俺の頬に触れた。

「やぁ、随分と良い男になったじゃないか。どうだい私があげた器は? 絶好調かい? ちゃんとズッコンバッコンしてるかい?」

「ずっこん……」

 なんて下品なやつだ。俺が顔を引きつらせていると、サティは大きくため息をついた。

「ギッコンバッコンしていないのかい! 困るなぁ、君はこれから大英雄になるんだから。子種こだねは多い方が良い。子孫をたくさん残してくれれば、私の仕事も楽になるんだからね!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。話が理解できない。一から順序立てて説明してくれないか」

「説明したじゃないか。君が産まれた時に……『異端の王』を倒してくれって」

「知っている。だが、何も情報が無いじゃないか!」

「……ん?  そうだっけ」

 本当に何も聞いていない。
 俺が女神から聞いたのは、その言葉だけ。具体的なことは何も聞いていないと目の前に座る彼女に言うと、しばらく瞳を宙に向けたあとで、サティはわざとらしく肩をすくめた。

「まぁ良いんだよ。こうやって会うことが出来たし。万事オッケー。何も手遅れじゃない。スケジュール通り。想定内。全ては私の手のひらの上」

 自分に言い聞かせるように、サティはブツブツとつぶやいた。自己肯定発言をし終わると、おれに向けてわざとらしくパチンとウィンクした。

「それでね、ちょっとイレギュラーが起きたんだよ」

「全ては手のひらの上じゃなかったのか」

「ご覧の通り、手のひらが小さいからね。こぼれ落ちることもある。瑣末さまつなことなんだけれど、全てはその『異端の王』のせいなんだ」

 自分の手のひらをプラプラと揺らせたまま、サティは言葉を続けた。

「本来の予定ではね。いまごろにはもう君に『異端の王』を討伐してもらう予定だった。『異端の王』が出現する予兆はあらかじめつかめていたからね。適正のある転生者である君を地上に送る。そして私が成長した君を『異端の王』まで導く。君が勝つ。それで終了。私のお仕事も定時で終わりで、あとはテレビドラマでも見て過ごそうかと思っていたんだ」

 サティはそう言って残念そうに顔を伏せた。
 ひらひらと揺れる青い髪が「残業中」という文字を悲しげなフォントで描いている。

「ところが、事態は全く上手くいかなった。君を地上に送ったあとかな、私の権能が地上に届かなくなってしまった。分かりやすく言うとね、『プルシャマナ』の様子が観測できなくなってしまったんだよ」

「観測できない……見えなくなったってことか」

「そう、カメラのピントをずらしたみたいにね。『世界の眼ビジョン』と呼んでいる力だ。おかげで地上の様子がほとんど分からなくなった。肝心の君の居場所もすっかり見失ってしまった」

 心底絶望したようにクーシーナは天を仰いだ。彼女の叫びは聖堂の中で小さく反響した。

「この件に関しては相手にいっぱい喰わされたと言って良いだろう。肝心の英雄が誰か分からなくなってしまったんだから」

 がっくりとうなだれて、サティは俺の胸のあたりを指でなぞり始めた。
 聞いている限りだと、全然予定通りじゃなさそうだ。

「……だから、こんな回りくどいやり方で俺を探していたんだな」

「そうそう。莫大ばくだいな報奨金を掲げて、転生者にしか答えられない質問をぶつける。私の姿は私を見たものにしか正しく認識出来ない。いずれは来るだろうと思っていたよ。君の魂はそういう風に出来ているからね、欲望に対してまっすぐな良い魂だ」

「そりゃどうも。世界の危機って言われてもピンと来ないけれど、つまり『異端の王』を倒せば、その金貨がもらえると考えて良いんだな」

 俺の言葉に、サティは満面の笑みで応えた。

「もちろん! 世界を救った大英雄としての名誉と莫大な財宝。人としてこれ以上の望みはないだろう?」

「それは……間違ってはいないな。で、わざわざ俺が必要だったって事は、『異端の王』はよほど厄介なやつってことか」

「『異端の王』は君にしか倒す事ができない。だからこそ君をプルシャマナに転生させたんだ」

 いつになく真剣な眼差しで、サティは俺のことを見ていた。
 ステンドグラスの明かりに照らされていた群青の長い髪が、ふわりと俺の服の上に着地して幾何学きかがく的な模様を描いた。

 少し言葉を探すように、サティはぷっくりと膨らんだ唇を噛んだ。シンとした沈黙が聖堂の中を包み、静かな風の音だけが聞こえていた。
 
「『異端の王』とは……」

 俺にジッと眼差しを向けたサティは言った。

「魔物を産み出す源泉のような存在だ。『異端の王』がそこに存在するだけで、魔物は泉のように湧き出し始める。もちろん別の要因で発生する魔物もいるが、今この世界に起きている現象は間違いなく『異端の王』が原因だ。このまま放置しておくと、世界は魔物で覆い尽くされる。あれはこの世界にあってはいけない悪なんだ。世界の機構に潜んだ異常バグだと思ってくれれば良い」

「この世界にあってはいけない……」

「だから、『異端の王』を殺せ」

 「殺せ」、その言葉を口にしたサティの瞳は寒々しく思えるほどに無感情だった。あまりに機械的で、あまりに感情をしっしていた。長く伸びた前髪の奥の瞳は、光の届かない深海のように暗かった。
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