25 / 220
第22話 試練
しおりを挟むシスターが放った言葉に、俺はしばらく呆然とした。
「『異端の王』……」
久しぶりに聞いた言葉だった。
王国は各地に存在するが、魔物を支配することが出来る王というのは聞いたことがない。プルシャマナに存在するのは、人間の為の人間の王だ。魔物というのは正気を失った生き物の成れの果てで、それを支配する存在は確認されていない。
……加えて、女神を殺すと言っているのも、理解が出来ない。
神話の一部として伝播している女神信仰において、その存在は抽象的なものだ。それが本当に実在していると知っているのは、実際に会ったことがある俺くらいだろう。
どうしてこのシスターはそんな常人の思考からかけ離れた発言を、真顔で言えるのか。混乱する俺をよそに、シスターは言葉を続けた。
「『異端の王』は強力な奴でね。生半可な人間では相手にすらならない。羽虫のように叩かれて終わりなんだ。そうなってしまってはむしろ私としては迷惑でね。君が『異端の王』を倒す資格を持っているかどうかを確認したい」
「……噂のテストってやつか。お前、何者なんだ」
「疑り深いのは良いことだ。大丈夫、簡単な問題だよ。これからあるクイズを出す。それに正解すれば君の勝利だ。もし外れたり何も答えられなかったら、帰ってもらう。それだけだ」
シスターは挑戦的な笑みを、俺に向けた。
金貨5万枚がかかっている問題、生半可なものではないだろう。
ゴクリと唾を飲み込んで、俺は大きく頷いた。
「分かった」
俺が承諾したのを見届けると、シスターはぴょんと教壇の上に飛び乗って、足を組んで俺を見下ろした。ハラリとロングスカートのすそがはだけて、綺麗な脚が露わになる。
扇情的とも言える格好のまま、シスターはおもむろに口を開いた。
「じゃあ始めようか、問題はこれだ。私の髪は何色に見える?」
シスターはそう言って、フードを脱いだ。
端正な顔と、そこから見えたのは透き通るように綺麗な……、
「青だ」
「…………正解」
「ちょっと待て。その顔は」
見たことがある。
改めて見ようとすると教壇の上にシスターの姿はなく、いつの間にかステンドグラスからの光を浴びて、宙に飛んでいた。
「見つけたぁああ!!」
大ジャンプ。
シスターは嬉しそうにキラキラと瞳を輝かせていたのが分かった。
教壇からぴょーんと跳んだシスターは、勢いそのままに俺に抱きついてきた。その身体を真っ向から受け止めて、バランスを崩した俺は長椅子の方へと倒れこんだ。
ドンガラガッシャンと派手な音を立てて、抱きかかえたシスターもろとも木の椅子に身体を打ち付けた。
「いったあぁ!!」
衝撃で悲鳴をあげる。
それでも俺の上に馬乗りになっているシスターは全く聞く耳を持たなかった。喜びを抑えきれない顔で、ぽかぽかと何度も俺の胸を叩いている。その顔はまるで遊園地に来た低学年児童のようだった。
「ようやく見つけた! 君が転生者だな! あぁ一時はどうなることかと思ったよ!」
「何? なにがどうなっているんだ」
「分からないのかい。私だよ私。サティだよ!」
「し、知っている。見たことがある」
「ようやく、私の顔を視認できる人間が現れた! いやぁ、どこかでのたれ死んでいなくて良かった!」
懐かしそうに目を細めながら、サティは手を伸ばして俺の頬に触れた。
「やぁ、随分と良い男になったじゃないか。どうだい私があげた器は? 絶好調かい? ちゃんとズッコンバッコンしてるかい?」
「ずっこん……」
なんて下品なやつだ。俺が顔を引きつらせていると、サティは大きくため息をついた。
「ギッコンバッコンしていないのかい! 困るなぁ、君はこれから大英雄になるんだから。子種は多い方が良い。子孫をたくさん残してくれれば、私の仕事も楽になるんだからね!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。話が理解できない。一から順序立てて説明してくれないか」
「説明したじゃないか。君が産まれた時に……『異端の王』を倒してくれって」
「知っている。だが、何も情報が無いじゃないか!」
「……ん? そうだっけ」
本当に何も聞いていない。
俺が女神から聞いたのは、その言葉だけ。具体的なことは何も聞いていないと目の前に座る彼女に言うと、しばらく瞳を宙に向けたあとで、サティはわざとらしく肩をすくめた。
「まぁ良いんだよ。こうやって会うことが出来たし。万事オッケー。何も手遅れじゃない。スケジュール通り。想定内。全ては私の手のひらの上」
自分に言い聞かせるように、サティはブツブツとつぶやいた。自己肯定発言をし終わると、おれに向けてわざとらしくパチンとウィンクした。
「それでね、ちょっとイレギュラーが起きたんだよ」
「全ては手のひらの上じゃなかったのか」
「ご覧の通り、手のひらが小さいからね。こぼれ落ちることもある。瑣末なことなんだけれど、全てはその『異端の王』のせいなんだ」
自分の手のひらをプラプラと揺らせたまま、サティは言葉を続けた。
「本来の予定ではね。いまごろにはもう君に『異端の王』を討伐してもらう予定だった。『異端の王』が出現する予兆はあらかじめ掴めていたからね。適正のある転生者である君を地上に送る。そして私が成長した君を『異端の王』まで導く。君が勝つ。それで終了。私のお仕事も定時で終わりで、あとはテレビドラマでも見て過ごそうかと思っていたんだ」
サティはそう言って残念そうに顔を伏せた。
ひらひらと揺れる青い髪が「残業中」という文字を悲しげなフォントで描いている。
「ところが、事態は全く上手くいかなった。君を地上に送ったあとかな、私の権能が地上に届かなくなってしまった。分かりやすく言うとね、『プルシャマナ』の様子が観測できなくなってしまったんだよ」
「観測できない……見えなくなったってことか」
「そう、カメラのピントをずらしたみたいにね。『世界の眼』と呼んでいる力だ。おかげで地上の様子がほとんど分からなくなった。肝心の君の居場所もすっかり見失ってしまった」
心底絶望したようにクーシーナは天を仰いだ。彼女の叫びは聖堂の中で小さく反響した。
「この件に関しては相手にいっぱい喰わされたと言って良いだろう。肝心の英雄が誰か分からなくなってしまったんだから」
がっくりとうなだれて、サティは俺の胸のあたりを指でなぞり始めた。
聞いている限りだと、全然予定通りじゃなさそうだ。
「……だから、こんな回りくどいやり方で俺を探していたんだな」
「そうそう。莫大な報奨金を掲げて、転生者にしか答えられない質問をぶつける。私の姿は私を見たものにしか正しく認識出来ない。いずれは来るだろうと思っていたよ。君の魂はそういう風に出来ているからね、欲望に対してまっすぐな良い魂だ」
「そりゃどうも。世界の危機って言われてもピンと来ないけれど、つまり『異端の王』を倒せば、その金貨がもらえると考えて良いんだな」
俺の言葉に、サティは満面の笑みで応えた。
「もちろん! 世界を救った大英雄としての名誉と莫大な財宝。人としてこれ以上の望みはないだろう?」
「それは……間違ってはいないな。で、わざわざ俺が必要だったって事は、『異端の王』はよほど厄介なやつってことか」
「『異端の王』は君にしか倒す事ができない。だからこそ君をプルシャマナに転生させたんだ」
いつになく真剣な眼差しで、サティは俺のことを見ていた。
ステンドグラスの明かりに照らされていた群青の長い髪が、ふわりと俺の服の上に着地して幾何学的な模様を描いた。
少し言葉を探すように、サティはぷっくりと膨らんだ唇を噛んだ。シンとした沈黙が聖堂の中を包み、静かな風の音だけが聞こえていた。
「『異端の王』とは……」
俺にジッと眼差しを向けたサティは言った。
「魔物を産み出す源泉のような存在だ。『異端の王』がそこに存在するだけで、魔物は泉のように湧き出し始める。もちろん別の要因で発生する魔物もいるが、今この世界に起きている現象は間違いなく『異端の王』が原因だ。このまま放置しておくと、世界は魔物で覆い尽くされる。あれはこの世界にあってはいけない悪なんだ。世界の機構に潜んだ異常だと思ってくれれば良い」
「この世界にあってはいけない……」
「だから、『異端の王』を殺せ」
「殺せ」、その言葉を口にしたサティの瞳は寒々しく思えるほどに無感情だった。あまりに機械的で、あまりに感情を失していた。長く伸びた前髪の奥の瞳は、光の届かない深海のように暗かった。
0
あなたにおすすめの小説
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1~またクビになったけど、親代わりのメイドが慰めてくれるので悲しくなんてない!!~
あきくん☆ひろくん
ファンタジー
仕事を失い、居場所をなくした青年。
彼に仕えるのは――世界を救った英雄たちだった。
剣も魔法も得意ではない主人公は、
最強のメイドたちに守られながら生きている。
だが彼自身は、
「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。
自分にできることは何か。
この世界で、どう生きていくべきか。
最強の力を持つ者たちと、
何者でもない一人の青年。
その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。
本作は、
圧倒的な安心感のある日常パートと、
必要なときには本格的に描かれる戦い、
そして「守られる側の成長」を軸にした
完結済み長編ファンタジーです。
シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。
最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。
なお、シリーズ第二作目が、現在なろう様、カクヨム様で連載しています。
2月13日完結予定。
その後、アルファポリス様にも投稿する予定でいます。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~
津ヶ谷
ファンタジー
綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。
ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。
目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。
その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。
その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。
そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。
これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる