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第94話 踊り場
しおりを挟む地下祭壇へと降りていく階段は、進むごとに徐々に狭くなっていた。サティが照らす光によって、壁にべっとりと付いた血痕がチラチラと見えていた。あれも決起集会の時に出来たものだろうか。
何か呪いがある訳でもないのに、一歩進むごとに息苦しく、肩に重いものが乗っかってくるようだった。
「嫌な感じだね……」
ナツが不安げにつぶやく。
もともと怖いものが得意でなかったナツは、俺の腕をつかんで震える声で付いてきていた。
「ねぇ、何か見えてきたよ。これが地下祭壇かな」
先頭を歩いていたパトレシアが、何かを見つける。階段が終わったところから、平坦な地面が続いているのを見つけたらしい。
前を確認したニックは首を横に振った。
「いや、あれはその前の踊り場だ。地下祭壇に向かう前に、2つの小さなホールを通る。あれはその中の1つだ」
「待って、誰かいる」
パトレシアは警戒するように俺たちに呼びかけた。
目を凝らすと、確かに踊り場の中央に黒い人影がたたずんでいた。黒い頭巾をかぶった細めのシルエットで、向こうも俺たちに気がついたようだった。
「女……かな」
「レイナか」
「分からない。こっちに来る」
ボウっと幽霊のようにたたずんでいた人影は、俺たちの方へとゆっくり動き始めた。頭巾を深くかぶって顔が隠れていて、誰だか分からない。
「誰だ!」
「アンク……さま」
頭巾の奥から、か細い声が発せられる。その声色は間違いなく、俺の知っている彼女のものだった。
心臓がドキリと跳ね上がった。
「レイナ! 良かった、無事だったのか!」
「はい……、私は大丈夫です」
頭巾をとると、レイナの白い髪が現れた。顔色はいつもより青白いようにも思ったが、元気そうな微笑みを俺に向けた。
踊り場に描かれた不可思議な模様の上を、レイナはゆったりとした足取りで歩いてきた。俺から少し離れたところで立ち止まると、彼女はスッと腕をあげた。
「こちらに……来ていただけませんか。魔法がかかっていて、これより先は進めないのです」
来る前に行った索敵では、罠らしきものは見当たらなかったが、微細な結界でも張ってあるのかもしれない。
立ち止まったレイナに呼びかける。
「分かった、今から行く」
「はい、出来れば、アンクさま1人で来てください」
乞うような目つきを俺に向けると、彼女はそのまま床にうずくまってしまった。辛そうに顔を歪めた彼女は、うつむいたまま言った。
「魔法の呪縛が強いのです。結界が張ってあって、時が経つごとに身体がひどく痛むのです。だから、早く来て……」
レイナは今にも泣き出しそうな目をしていた。彼女のそんな表情を見るのは、初めてだった。
サティたちに目配せをして、1歩彼女の方へと進む。俺からは結界のようなものを感じることはなく、すんなりとレイナの近くにたどり着くことができた。
「レイナ、大丈夫か」
「はい、もっと近くへ、きてください」
「分かった」
彼女のすぐそばまで近づく。
小動物のように震えるレイナの姿は、俺が知っているよりもずっと小さく見えた。もうすぐ手が触れるとこまで近寄った時に、彼女の潤んだ瞳が俺をとらえた。
「アンク……」
かすれた声でレイナが言った。
さらに1歩足を踏み出した瞬間、足元の模様が歪み始めた。ズズズと奇妙な音を立てて地面がうなり、俺たちを取り囲むように壁が出現した。
サティたちと分断されるように出現した壁は、俺とレイナだけの小さな空間を作り出した。
「勝手に結界が発動した……トラップか……?」
「大丈夫です。私たちには害の無い仕掛けですから。さぁ、もっと近くへ来てください」
服を脱ぐスルリという音がした。
ぼんやりと光る天井の照明に照らされて、雪のような彼女の白い素肌があらわになった。
「さぁ、早く……」
膨らんだ乳房と、ピンク色の乳頭。まっさらな身体を俺に差し出すように手を広げて、レイナは言った。こんな奇妙な場所にあっても彼女は艶めかしく、美しかった。
締め付けるように、心臓が高鳴り始める。
「……アンク」
いや、違う。
「お前はレイナじゃないな」
暗闇に光る紫色の瞳を見て、確信する。
「お前は誰だ」
「……何を言っているんですか……あなたが助けに来てくれるのをずっと待っていたの」
「分かるよ。外見だけ真似ても、あいつが自分からそういうことを言わないのは知っている。たとえ記憶を失っても、それくらいは分かる」
「…………そう。あの娘、存外、奥手だったんですね。つまらない」
吐き捨てるように言うと、目の前の女は再び頭巾をかぶった。髪の先端がまばゆい白から、漆黒に染まっていく。
「じゃあ、ここで死んでください。何の恨みも無いですけれど、あなたが救世の大英雄ならば殺すのに十分な理由です」
淡々とした声色で言った女は、瞳の色と同じ紫の魔力を放出させて、俺を飲み込もうとした。
「固定!」
イメージの箱でその動きを止めようとする。
だが、宙に霧散していく魔法はどんどん広がり、うまく捉えることが出来ない。狭い空間を毒ガスのようなもので覆っていく。
「くそっ!」
「あっけないものですね。『異端の王』を倒したという割には、この程度の魔法にも対処できないなんて」
息が苦しい。
視界が揺らぐ。立っているのがやっとというくらいまで追い詰められる。
「……そうだな、だいたい間違ってないよ。俺はそんなに強くない」
「……?」
キョトンとする女の後ろで、大きな音を立てて円形の結界にヒビが入った。敵が作った壁は陶器のようにあっけなく砕け散ろうとしていた。
「地の魔法、揺れ動かすもの!」
纏っていた魔力もろとも壁を破壊して、天井から石が雨のように落ちてくる。そのどれもを影のようにすり抜けて、女は後ろへと跳んだ。
「アンク、大丈夫!?」
崩れていく石に飲み込まれそうになった俺に、ナツが駆け寄ってくる。
「問題ない。それにしてもあいつがレイナじゃないって、良く分かったな」
「別にあれがレイナちゃんだろうが、同じだけどね」
ナツはニヤリと笑って言った。
「私が目の前にいるのに、抜け駆けしようとするのは、さすがにルール違反だよ」
「……そうか、今度から気をつけるよ」
ナツの目は本気だ。冗談なしで生き埋めにされないように、密室には注意しておこう。
「良いところでしたのに」
後ろに回避した女は、臨戦態勢の俺たちを前にしても、不敵な笑みを浮かべて言った。
「……数の暴力で解決するなんて、いかにも悪い人間がやることですよ」
「仲間に化けてだまし討ちするのも、悪役がやることだろ。お前は一体誰なんだ?」
「……あの女が仲間だって……あははははは、おかしいことを言うんですね。あはははははは」
女は大きな声でひとしきり笑ったあとで、目深にかぶっていたフードを脱いだ。にんまりと笑った彼女は端正な顔立ちをしていて、左顔面に大きなあざが付いている若い女だった。
「ラサラ……!?」
レイナの記憶の中で何度も会った女。
無造作に伸びた黒髪の下から、キラリと輝く紫色の目が見えた。
「知っていただけて、光栄です。そう私はラサラ。かつてここで暮らしていたものです」
「どうしてお前がこんなところに!? いや、そもそも……」
ラサラは死んだはずでは。
ニックにそう問いかけようとした思考が固まる。後ろにいたはずのニックは遠くから、俺の眉間に向けて巨大なボウガンを向けていた。
「何を……!」
虚ろな瞳は焦点が合っていない。トリガーを引こうとするニックは、正気ではなかった。
「催眠か!」
ラサラから放たれた強力な魔法を察知する。霧のように部屋中を包み込んだ彼女の魔力は、まずニックを魅了したようだった。
彼女がなぜ生きているかどうかの疑問を、考察している暇はない。ラサラは俺たちを殺すつもりだ。
態勢を立て直して、索敵を発動させる。
それと同時に、霧のように広がった魔法の中で、ニックのボウガンが俺の眉間に向けて発射された。
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