124 / 220
【終わりの日(No.03.2)】
しおりを挟む目を覚ました時、私はもう死んでいるのかと思った。
それほどまでに辺りは静寂に包まれていて、物音1つすらしなかった。
だが、身体が横たわっているのは、いつもと変わらない牢獄の冷たい床。傷はないが、頭が痛む。釘で穿たれたようなズキンとした痛みと共に、私は完全に覚醒した。
何分、いや、何時間寝ていた?
決起集会はどうなった。終わったのだろうか? それにしては人の声が聞こえない。牢獄を見張る門番たちの声すら聞こえない。
かすかに耳に届いたのは、他の子供たちが立てる寝息と、ぽたりぽたりと水が垂れるような音。
……嫌な予感がする。何か想定外の事態が起きている。
「それでも……行くしか」
幸い、手に力は入る。
身体拡張の魔法もいつも通り使うことが出来る。試しに錠前をねじ切ってみると、想像以上に簡単に破壊することが出来た。
「なんだ、こんなに脆かったんだ」
誰かが駆け寄ってくる物音はない。おそるおそる扉を開けてみると、出口へと続く廊下からむせかえるような異臭が漂ってきた。
「…………っ!」
血の匂い。
足元には見張りの信徒たちの死体が転がっている。廊下で見張りをしていた3人の信徒たちは、苦悶の表情を浮かべて絶命していた。
「心臓を……抜かれている……!?」
死んでいる兵士たちは皆、胸を綺麗にえぐり取られて、あばら骨が露呈していた。ぽっかりと空いた肉の空洞からは、どす黒い液体が垂れていた。死体にはさっそくネズミが群がり、血で真っ赤に染まった床をうろうろと這い回っていた。
誰かが牢獄を襲撃した。
血痕は出口の方へと点々と続き、地下祭壇の方へと続いている。
「はやく、早く逃げなきゃ……!」
弟を連れて、早くこんなところから逃げよう。
急がないと、襲撃の犯人と鉢合わせてしまうかもしれない。何が目的か分からないが、こんなところで死ぬなんて勘弁だ。
弟が収監されている090まで走って進む。番号を確認しながら、奥へ奥へと走っていく。
「あった! 090!」
私の牢屋からかなり離れたところにあった090という扉は、整然と立っていた。牢を封じている鍵を破壊しようと手を伸ばしたが、すでに扉は半開きになっていた。
「開いて、いる……」
最悪のパターンが頭をよぎる。
外の兵士たちと同じように心臓をえぐり取られている弟の姿を想像してしまう。
嫌な想像を頭から振り払って、ドアに手をかける。軽く押すだけで開いた090の扉の奥には、死体どころか人の姿すらなかった。
良かった。
ホッと息を吐いて、弟がいたであろう独房に目をやる。
変わった所は何もない。私と同じ寝る分だけのスペースを与えられた狭い独房。血の跡などもなく、比較的綺麗に使われている。布団に手を置くと、まだほのかに温かく、少し前まで誰かがいたことが分かった。
「どこに行ったんだろう」
辺りを見回してみるが、当然何か分かるはずもなく、ネズミが這い回る音が聞こえるだけだった。血の匂いがここまで漂ってきていて、明らかに正常な光景ではなかった。
耳を澄ますと090の正面にある扉からは、苦しそうな呻き声が聞こえていた。うなされている子どもの声が、扉の隙間から私の耳に届いた。
その扉の錠前を破壊すると、やせ細った男の子が頭を抱えて寝転んでいた。私の姿に気がつくと、目を見開いて驚いたように言った。
「だ、誰……?」
「あなたと同じ孤児よ。ねぇ、あなたの向かいにいた男の子見なかった? 090って番号知っているでしょ」
「あ、090……うん、知ってる。ところで、ど、どうして、おねえちゃんはそと、に出ているの?」
「あなたももう外に出られるのよ。ねぇ、090の部屋から何か聞かなかった?」
「聞いたよ。そとに出てた」
「外に出てた……?」
やせ細った子どもはコクリと頷いた。
「ね、ねる前くらいだよ。ほら、苦しくなるガスがあった、たでしょ。そのまえくらいに、ここをあるいていた。きょ、うは血のぎしきはないって言ってたの、にね。どうしてそとに出てたんだろう……?」
不思議そうに首をかしげた彼は虚ろな目で、090の扉を見ていた。
……弟は襲撃の前に牢屋を出ている。そうなると、襲撃に巻き込まれたのか、それとも……。
「ねぇ、あなた、今すぐ他の子供たちを起こして、逃げるところまで逃げなさい。鍵は外で死んでいる見張りが持っているから。ぜったいに下に来ちゃだめよ。上に逃げるの。分かった?」
「そ、そとでは血がのめる?」
「……知らないわ」
「そうなんだ、のめると良いなぁ……」
子どもを檻から出して、廊下を駆け抜ける。突然自由になった彼は、どうすれば良いか分からず、まごついているようだったが、人のことを気にしている場合じゃ無い。私にはそれよりもやるべきことがある。
弟がいない。
牢屋にもいないとなると、彼は上か下にいったはずだ。
「下だろうな。きっと……」
根拠はないけれど、下にいる気がする。私の直感がそう叫んでいる。
出口まで歩いていくと、分厚いドアが突き破られていた。
ポタポタと床に垂れた血が、迷い子のように階段に点在している。それを目印のようにたどっていくと、ところどころに心臓をえぐられた死体が転がっていた。
「うっ……」
信徒たちの死体は地下の方へと進めば進むほどに、多くなっていった。10人どころじゃない。もっと多くの人間が殺されている。
吐き気を抑えながら、地下祭壇の方へとたどり着く。
中からは物音はほとんど聞こえなかった。聖堂の霊安室のようにシンと静まり返っていた。
壁の前にもたれている2人の死体を見て、私はその確信はますます強くなった。
「バイシェ、ラサラ……」
幹部である2人も他の死体と同じように心臓をえぐられて死んでいる。壁には戦闘の跡があったが、抵抗虚しくとっくに事切れていた。
邪神教のほとんどを殺し、強力な魔法使いであるバイシェとラサラも屠っている。こんな使い手がそう存在する訳が無い。単なる襲撃犯ではない。
残忍かつ、すさまじい悪意を持った存在だ。
扉の奥にそれがいることを確信した私は、出来るだけ何も考え無いようにして、扉に手をかけた。
嫌な予感がする。
増える死体。そして牢獄から抜け出した弟。点々と刻まれた血痕。
嘘だ。
こんなものは見たくない。
いっそ夢であって欲しいと考えながら、私は閉ざされた扉を開けた。
「あ、おねえちゃん、来たんだ」
聞きたくなかった声。
私がもっとも恐れていた現実が目の前に広がっていた。
「みんな殺しちゃった」
地下祭壇の中央で、弟がうず高く積まれた死体の上から私に微笑みかけた。
0
あなたにおすすめの小説
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1~またクビになったけど、親代わりのメイドが慰めてくれるので悲しくなんてない!!~
あきくん☆ひろくん
ファンタジー
仕事を失い、居場所をなくした青年。
彼に仕えるのは――世界を救った英雄たちだった。
剣も魔法も得意ではない主人公は、
最強のメイドたちに守られながら生きている。
だが彼自身は、
「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。
自分にできることは何か。
この世界で、どう生きていくべきか。
最強の力を持つ者たちと、
何者でもない一人の青年。
その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。
本作は、
圧倒的な安心感のある日常パートと、
必要なときには本格的に描かれる戦い、
そして「守られる側の成長」を軸にした
完結済み長編ファンタジーです。
シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。
最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。
なお、シリーズ第二作目が、現在なろう様、カクヨム様で連載しています。
2月13日完結予定。
その後、アルファポリス様にも投稿する予定でいます。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~
津ヶ谷
ファンタジー
綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。
ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。
目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。
その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。
その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。
そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。
これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる