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第124話 女神のブレスレット
しおりを挟むリタ。
数ヶ月振りに見る彼女の姿は、以前とほとんど変わりなく、あっけらかんとした笑顔で俺を覗き込んでいた。
「ど、うして……」
「頭がオーバーヒートを起こしている。いっぺんにいろいろ思い出し過ぎたせいだよ。今のアンクには少し刺激が強過ぎた」
「思い出した……、俺、お前のこと、どうして忘れていたんだろう」
「それが今、世界に起こっていることさ。次元を敷く魔法。外側に出てしまったものは、世界から弾かれてしまう。元からいなかったものとして世界が処理してしまう。そういう魔法なんだ」
「……じゃあ、リタは」
「少し出かけているって言っただろ。ある人に導かれて、私はあの娘たちの瞑世の魔法から逃げていた」
「めいせ……?」
その言葉は聞いたことがある。どこかで聞いたことがある。
「俺……」
忘れているということを認識し始めている。記憶を失ったまま、大事なものを失ったまま、のうのうと生きてしまっていたことにようやく気がつく。
喉元まで出かかっているのに、言葉が出ない。まるで声帯に鍵がかけられているみたいに、ビクともしない。
「まだ焦らなくて良い。起き上がれるか?」
「あぁ……何とか」
「全く、人の家で死にかかるなんて……」
ソファの上でペタンと座り込んでいたシュワラが、立ち上がった俺を見て言った。真っ青な顔で、シュワラは口を開いた。
「まったく、本当に迷惑ばかりかけるのね! あなたは!」
その様子を見ながら、リタはおかしそうにクスクスと笑った。
「本当にアンクは良く倒れるな」
「おかげさまで……。本当に何だったんだろ」
「全てはシュワラのおかげだよ」
「シュワラの……?」
動転した気持ちを落ち着かせようと、紅茶を飲んでいるシュワラのことを見る。俺の視線に気がついた彼女は、迷惑そうに眉をあげた。
「なんですか、パトレシアの妹」
「ねぇ、そのブレスレット誰かからもらったものだろ」
「……えぇ、いけすかないシスターから頂いたものです。あのオークションでの屈辱を忘れないため、仕方なく付けているのです」
彼女はそう言って、腕に付けている金のブレスレットを掲げてみた。キラリと輝く、ブレスレットは改めて見ると、強い魔力を放っていた。
リタはそれを近くで眺めると、納得したように言った。
「強い護魔法が付けられている。人間に作られるレベルじゃない。おかげで瞑世の魔法からも彼女だけは逃れることが出来たみたいだね」
「めい……なんですって……?」
シュワラが付いていけないという顔で首をかしげる。
俺にもリタの言うことはさっぱり分からなかった。頭痛はまだするし、結局何を思い出せなかったのかも分からない。
強い魔法と誰かの思惑が影響していることは何となく感じる。
「リタ、1から説明してくれ」
ソファに座って執事から紅茶を受け取ったリタに声をかける。
「私から説明は出来ない。説明はその人からする約束だ」
「約束……? 誰なんだ、その人って?」
「それも説明出来ないんだ。とりあえず付いてきてくれ」
リタは時計を見上げると、「もう時間か」と言って紅茶を一口だけすすると、テーブルの上に置いた。
部屋から出て行こうとするとシュワラが抗議の声をあげた。
「ちょっともう行く気ですか。まだ弁償の話は終わっていないんですよ。オイルまみれのマットレスとナース服はどうするんですか!?」
「あー、そうだった。今、手持ちがないんだよな」
「ナース服って、これのこと?」
リタがかばんからナース服を取り出した。
とは言っても、かろうじてナース服と分かるくらいのぼろきれだった。リタからパスされたシュワラは、手を震わせてそのボロ切れを見た。
「ずた……ぼろ」
「ごめんごめん。オイルまみれだけど、洗えばどうにかなるでしょ」
「きいいいいいい!!」
リタの言葉を聞いてシュワラが狂ったような叫び声をあげる。当然といえば当然だ。なんだか彼女がかわいそうになってきた。
「私をコケにして……絶対に許さない」
不穏な魔力を漂わせて近づいてくるシュワラに、リタは「どうどう」と言いながら笑顔を向けた。
「待って、ちゃんとお詫びは考えてあるよ」
「お詫びですって。私にこんなことをして、ただで済むと思ってるのかしら!!」
「ただじゃないよ。お詫びにうちの姉貴を殴らせてあげる」
一触即発と思われた空気が、そのリタの発言で不意に和らいだ。
「……………………………………本気でおっしゃっているのですか」
暴発せんばかりの魔力を放っていたシュワラの動きが止まる。ぴたりと足を止めたシュワラは、目を細めてジッとリタの顔を見た。
「嘘ではないですよね」
「本気だよ。ガチンコ、ステゴロのタイマン張らせてあげる。場所もセッティングするから、それでチャラっていうのはどう?」
「それは……」
シュワラが唇を噛んで小さく頷く。
「悪くないですわね」
「でしょ?」
「あとで無しというのは無しですよ。きっちり誓約書を書いていただきます」
「問題ないよ。あいつを殴りたいのはあなただけじゃないってことよ」
「……利害は一致したようですね」
シュワラがパチンと指を鳴らすと、控えていた執事がすぐさま誓約書を作り始めた。それにリタがサインをしたのを見届けて、シュワラは他の執事に扉を開けるように命じた。
「お行きなさい。誓約書に書いてある通り、約束が不履行になった場合、あなた方の家の財産を没収します」
「あなた方……って俺も?」
「当然です。地獄の果てまで取り立てにいきますから、覚悟していらっしゃい」
シュワラは執事たちに合図をして、俺たちを放り出すようにして追い出した。とりあえずの取り立ては免れたようだ。
出口に向けて歩き始めたリタは、満足そうな顔をしていた。
「バッチリだろ。シュワラはうちの姉貴と対抗するためにはどんな手でも使うからな。ちょろいちょろい」
「良いのか、あんな約束しちゃって」
「戦う人間は多ければ多いほどありがたいからね。わたしとしては願ったり叶ったりってところ」
「へー……」
リタの姉とシュワラとは相当な因縁の中だということが分かった。
「どちらかというと一方的にシュワラが姉貴に固執しているみたいだけどね。姉貴は誰かと競争するのがいやだから避けていたけど、シュワラはそれがそうとう不満みたい」
「だからタイマンっていう言葉に反応したのか。直情的だな」
「おかげで助かっただろ」
自慢げにピースして、リタは俺が歩いてきた国道へと歩みを進めた。方向的にはサラダ村に向かう道だ。
「どこに行くんだ?」
「わたしの店。そこで待ってる人がいる」
「誰が待ってる……とかは聞かない方が良いってことだな」
「うん、自分の眼で確かめて」
リタは遠くの方に視線をやりながら、頷いた。彼女の行動にはずいぶんと制限があるらしく、俺からの質問にはほとんど答えてくれなかった。
「教えたい気持ちはやまやま何だけれどね。私、かなり見張られているから、口に出していったらすぐにあの娘たちに気がつかれちゃうの。そうなれば一貫の終わり。ハエたたきでペチンってやられるみたいに、あっけなく計画は崩れちゃう」
「今回の相手は相当強いってことだな」
「うん。しかも相手はゲームでいえば、もうゴール直前のところまで来ている。対して私たちはまだスタート地点にも着いていない。事態はかなり激ヤバね」
走って進むリタに置いて行かれないように、森の中を進んでいく。
「それでも計画があるってことは、勝算がないことはないんだろ?」
「勝算とも呼べないくらい脆いものだけれどね。ゴール直前の奴らに私たちが出来ることは1つしかない」
背の高い草をかきわけて進むリタは、俺の方を振り向いて言った。
「徹底的に妨害する。それから、あの娘たちがこの次元を成立させる前に、どうにか説得する。これだけよ」
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