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第127話 決断

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「もう1度殺す……」

 大切な誰かが死ぬ。
 俺が魔法を崩すために動けば、その誰かを殺すことになる。

「辛い戦いになる。アンク、それでもあんたはその誰かを思い出したいと思うか?」

 ユーニアの言葉に心の中で天秤てんびんが揺れる。
 
 思い出したい。
 その感情は俺の中でふつふつと大きくなっているのが分かっていた。会いたいという気持ちが、どうしようもなく膨れ上がっている。

 彼女たちにもう1度会いたい。

「でもアンクは後悔するよ。彼女たちにもう1度会った時に、もう別れは始まっているんだから」

 リタは沈んだ顔で言った。
 
「私もどうすれば良いのか分からなかった。でもアンクがどっちを決断しても、私は協力したいと思っている。私にはどっちも否定できない」

 天秤が揺れている。
 どちらも正しい選択で、どちらも間違った選択だ。どちらも残酷で救いようのない答えだ。

「後悔しないとは……言い切れない」

「……じゃあ、やめる?」

「それも許せないんだ。俺は彼女たちに会いたい」

「じゃあ……」

 どちらも嫌だ。
 天秤に置かれたどちらの選択を取っても、納得できるはずがない。

「おかしいだろこんなの」
 
 命を救われたはずなのに、そのことを思い出せない。それほど大事な存在だったはずなのに、名前すらも思い出せない。会いたいと思っていた存在なのに、その姿すら見えない。

「違う。こんなのは矛盾仕切っている」

 何かを解決しているようで、何も解決していない。
 こんな結末を認めてしまったら、誰1人として幸せにならないままで終わらせてしまったら、今まで戦ってきた意味がない。

 答えは1つだ。

「俺は……やるよ。瞑世の魔法を崩す」

「後悔、しない?」

「後悔はどっちにしたってするさ」

 目を閉じて、未来のことを思う。全てが終わった後で、手のひらの中に何も残っていないことを想像すると、最悪な気分になった。

「俺はその娘たちのことを思い出したい。戦う理由はそれだけで十分だ。それに……策なら1つある」

「へぇ、何がある?」

 俺の言葉にユーニアが反応した。ぴくりと眉をあげて、俺に視線を送った。

「どちらの天秤を落とすこともない方法があるなら、聞かせて欲しい」

解法モークだ」

「……解法モーク

 俺の答えを聞いたユーニアは大きくため息をついた。目を閉じて呆れたように息を吐いた。

「私も余計なことを教えたもんだ」

「出来るよな」

「出来るよ、あんたの魔法ならね。ただ、それは私が知る限りで1番最悪の選択肢だ。それこそ何の解決にもなっていないことくらい分かるだろ。解法モークは魔力炉に過度の負担をかける。1度発動するだけでも致命傷だ」

 ユーニアは少しためらったように視線を動かすと、言った。

「記憶を取り戻す前に、お前が死ぬぞ」

「そんな……アンク」

 リタが目を見開いて、俺のことを見た。

 解法モークは諸刃の剣だ。
 人間離れした強力な魔法を放てる代わりに、人体に深いダメージを与える。その反動についても当然、知っている。

「それでもやるよ」

「自分が死んでもか。安い自己犠牲だぞ。あの娘たちはお前を救うために、自分たちを犠牲にしたのに。お前が死のうとするのか」

「あぁ、構わない」

「……本当にあきれた」

 ユーニアは腰掛けていた鍋の縁から身体を起こすと、俺に近づいた。

「頑固だな。私がどう言っても、きっと答えは変わらないんだろうな」

「あんたに育てられたおかげだ。俺は自分の正しさを守りたい」

「そうか、分かった」

 ユーニアは腕を組んで大きく頷いた。顔をあげた彼女はどこかすっきりしたような表情をしていた。

 隣に座るリタは悲しそうにうつむいて、俺たちの言葉を聞いていた。

「リタもそれで良いか」

「……反対したい。でも私には決められなかった。アンクがそういう道を選ぶのなら、私は協力する。協力せざるを得ない」

「ありがとう」

 リタにお礼を言う。
 これで準備は整った訳だ。後は実行に移すだけだ。

 大きく息を吸って、緊張している身体に力を入れる。ぼやぼやしている暇はない。

「ユーニア、早速教えてくれ。どうやって記憶を取り戻すのか」

「場所を移動しよう。欠けていた記憶を取り戻すには、お前とそいつにとって最も思い出深い場所に行かなきゃ意味が無いんだ」

 ユーニアは立ち上がり、階段を上がるように言った。

「何、そう遠い場所じゃない。3日もすればたどり着く。あ、鍋の中身を忘れ無いように取ってきてくれ」

「鍋の中身……?」

「それが『死者の檻パーターラ』を解呪する鍵になる」

 ユーニアは俺に小さなガラスの瓶を投げると、大鍋にかかっているお玉を指差した。

「分かった」

「私は先に行ってる。3つ分だぞ、忘れるな」

 ユーニアに指示された通り、鍋にかかったお玉をとると、異臭というより激臭が嗅覚器官に遅いかかかった。

「くっっっさっ!!」

 近づいただけで、瞳から涙が溢れ出した。何を混ぜればいったいこんなものが出来るのか、訳が分からなかった。臭い。ひたすらに臭い。

「こんなもの何に使うんだ……?」

「アンク」

 小言を言いながら、得体のしれない紫の液体を小瓶に入れていると、リタが声をかけてきた。

「なんだ、リタ」

「……私からは何も言えない。アンクがこれからどんな道を歩むことになると知っていながら、私には何も出来ない。何を言いたいのかは分からないかもしれないけれど、私はそれがすごく辛いんだ」

 リタは自分の拳を強く握りしめると俺に言った。

「どんな決断をしても、私はあんたの味方だ。そうあろうと決めた。だから何でも言ってくれ」

「……迷惑ばかりかけて済まないな」

「迷惑じゃないよ」

 リタはフッと微笑んで言った。

「きっと、私もあの娘たちと同じ気持ちだからさ。なんだかんだ、みんな、あんたのことが大好きだから」

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