魔王を倒して故郷に帰ったら、ハーレム生活が始まった

スタジオ.T

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第165話 風邪

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「風邪……か」

「ついさっきまでは元気だったのにね」

 ナツをベッドに寝かせたあとで、パトレシアたちは不審げに言った。

「こんなにすぐ具合が悪くなるかしら。ちょっと様子がおかしいけど。ひょっとしたら何かが仕込まれていたのかもしれない」

「調べたけれど、毒らしいものは入っていなかったな……」

 ナツは立つこともままならずに、ベッドで目を閉じていた。
 寝顔は辛そうな感じはほとんどなく、安らかな深い眠りについている。呼吸も穏やかだった。

 リタはナツの様子を確かめながら言った。

「あるいはこれが胎界輪天具足ダルマ・ヴァンダーラの前兆なのかもしれない。でもきっかけが分からない。この家からナツの家の間に誰かと接触したとしたら……。ナツ、何か心当たりはない?」

「うーん、むにゃむにゃ、せあぶらとんこつらーめん……」

「ちょっと何を言っているのか分からないわね。困ったわ」

 リタが頭を抱えているのが分かった。
 確かにナツは熱こそあれど、呼吸は穏やかだった。一晩眠れば、すぐに良くなるだろうくらいの体調だった。

「とりあえず、様子を見るのが良いんじゃないか。今の所苦しそうでもないし、魔力炉の損傷もない。きっと疲れていたんだよ」

「うーん怪しいけれど。じゃあナツちゃんには休んでもらって、私たちでこの書類の山を崩そうか」

 それから俺たちは再び、瞑世の魔法の弱点を探し始めた。
 今のうちに動けることはしようと考えて、書類の山から情報を集めていった。

 だが、そのどれにも解除方法と、前兆となる現象についての結論はなかった。

「それもそうか……だって、この魔法が発動するのは今回が初めてなんだものね。いくらユーニアだって分からないことがある」

「俺たちだけで結論を出すしかないってことだな」

「ユーニアの考察としては『強い魔法を行うためには必ず起点がある』『起点は術者に限定される』『女神が現世に干渉する際には、現世に起点として降りなければならないはず』の3点ね。だから、あの娘は必ずこの世界に降りてくるはずなんだよね」

 リタが「うーん」とうなりながら言った。

「前回の起点となった場所はルガン孤児院の地下祭壇でしょ。だから同じところって言うのは考えられないかな」

「ないない。あそこはもう完全に崩壊したよ」

「そうか……何かあの娘が思い出にしている場所とかなかったかなぁ……」

「リタ、仲良かったもんね」

「料理を教えるの楽しかったなー。でも、こんなことを考えているなんて聞いたことがなかったし」

 リタは何かを考え込んでいるようだった。しばらく間を空けると、彼女はおもむろにパトレシアに聞いた。

「ねぇ、あんたたちこそ、本当にこの結末で良いと思っているの? 自分たちが忘れ去られても、アンクを生かしたいってやっぱり本気?」

「本気よ、本気」

 パトレシアはその問いに即答した。その言葉に迷いはないようだった。恐ろしいくらいに、あっさりとその答えを言ってみせた。

「だってねぇ、愛する人のために自分を犠牲に出来るのなら、それより幸せなことってないじゃない?」

「だってさ……アンクはどう思うの」

「どう思うの、って?」

「今の話。アンクもそう思うから、私たちと戦っていたんじゃないの? 私たちの記憶を思い出すためなら、自分の命がどうなっても良いって思ってるんじゃないの?」

「俺は……」

 そう問われると何かが違うような気がする。
 好きな人のために死ぬことが出来るのならば、悪いことではないような気がする。

 ……けれど、それを幸せだと思えない。
 死ぬのはやっぱり怖いし嫌だ。俺自身も1度死んだことのある身だが、彼女の意見に容易く賛同出来ない

「ちょっと違うのかな。死にたいとは思っていないし。自分の命がどうなっても良いとは思っていない」

「……じゃあ、どうして戦えているの?」

「根っこの部分では同じだよ。俺だって幸福のために戦っている。こういう風に、話したり笑ったりする日々のために自分の力を使いたいだけだ」

 自分の欲望のために力を使えとユーニアは言った。
 幸福を見定める目と、不屈の精神で欲するものを手に入れろと、彼女は言った。

「だから、俺は2人のことを否定する気はないよ。幸福の形は人それぞれだ。今回はたまたまその行先が敵対しただけだ。そもそも俺に力があれば良いだけのことなんだから」

 その言葉にリタとパトレシアは何も言い返さずに、しばらく黙っていた。彼女たちがどんな表情をしているかも分からない。

 目が見えないと、沈黙は何十倍にも膨らんでいるように思えた。
 しばらくして、パトレシアが呆れたような声で言った。

「……本当にアンクはお人好しだね」
 
「そうかな」

「そうだよ。でも、言っていることは分かるな」

 パトレシアはガタンと椅子から立ち上がった。

「不思議とアンクから聞くと、どうにかなるのかなって思っちゃう。今の私にとってはアンクも大事だけれど、あの娘のことも大切。だから、みんなが幸福になれる結末を目指すっていうなら、私も本気で協力しようと思う」

「……あぁ、助かる」

 パトレシアは「ふふ」と笑った。

「そしたら、アンクの眼に効きそうな薬でも取って来ようかな。媚薬の失敗作で良いやつがあったんだ」

「大丈夫か、それ」

「大丈夫、ちゃんとした失敗作だから! ちょっと取ってくるね!」

「あっ、パトレシア、1人じゃ危ないよー」

 急いで出て行こうとしたパトレシアをリタが止めた。

「ナツのこともあるし、何があるか分からない。一応私も付いていくよ」

「大げさだなぁ。リタは」

「そんなことないでしょ。パトレシアがやる気になると、決まってロクでもないことが起こるんだから」

「あー、それ、ひっどーい」

 2人は笑いながら扉の方へと向かっていた。
 軒先にあった傘を取って、彼女たちは俺に声をかけた。

「私も服を取りに帰らなきゃいけないから、一旦帰ってまたくるね」

「そうねアンクに夜這いを駆ける約束が……」

「夜這いは約束とは言わないでしょ。じゃあね、アンク。またすぐ」

「……あぁ、気をつけてな」

 賑やかな声が去っていく。彼女たちを見送るために、その声をもっと聞いていようと外に出ると、鼻の頭に冷たいものが触れた。

「雪……」

 冷たい雪が鼻の頭でにじんで消える。

「旦那さま、冷えますぜ」

 軒先からニックが声をかけてくる。その声に頷いて、俺は降り始めた雪を背にして、家の中へと戻った。

 
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