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第2話
しおりを挟むそう意気込んでいたものの、少しだけ、向こうが寂しくなって話しかけてくるんじゃないかと期待していたところもあった。
あれから1週間、喧嘩している訳でもないのに一切喋っていない。
賑やかな家庭で育ったせいか、耐えられなくて何度か声をかけようとしてしまったほどだ。我慢しすぎて、爆発しそう。
今日も点呼ギリギリまで友達の部屋に避難かな……、と考えていた。その時、遠くから声がした。
「胡桃たん!危ない」
「……え?」
振り返ると同時に、いま体育の授業中でバレーボールをしていたことを思い出す。
おでこにぶつかったボールで身体が後ろに倒れ、そのまま足元にあったボールを踏んで派手に転倒してしまった。
「胡桃たーーん!!! 大丈夫?」
「誰だ、ぶつけた奴!!!」
「立てるか!? 胡桃たん!」
体育館にビターンと音が鳴り響くほど派手に転倒したせいで、心配した友達が一気に集まり囲まれる。
「あ、平気! 気にするなって!」
おでこを撫でられ、身体を支えられて立ち上がる。本当アイツ以外はみんな優しい。
「ほら、全然だいじょ……っ、いった!!」
歩こうとして足首に激痛が走る。ボールを踏んだ時に足首をやってしまったようだ。
じんじんと熱を持つように痛みが増してくる。
「胡桃たん、保健室行かないと」
「歩ける? 連れてこうか?」
「おんぶする?」
「だ、だいじょ……ぶ」
自分で歩ける、と言いたいところだけど、激痛で動けない。少し休んでから保健室へ行こうか迷っていると、背の高い男がぬっと現れた。
上園だ。じっとこちらを見ている。
怪我している僕を見て楽しいのか。こんな時だけ興味があるなんて最低だ。
気付いていないふりをして、友達に支えられながらヨロヨロと歩いていると、急に上園に腕を掴まれた。
「え、……な、なに?」
「冷やした方がいい」
「えっ、あっ、うん、冷やすけど……うわっ」
グイッと身体が引き寄せられたかと思うと、膝裏に腕が回されお姫様抱っこされてしまった。
「な、なになになに、えっ?!」
「保健委員だから」
「えっ、いや、あ、歩けるから!」
軽くパニックになる僕を、全く気にかけることもなく上園の足は保健室へ向かっているようだった。
友達もびっくりして誰もついてきてくれなかったみたいだし、2人っきりだし抱っこされてるし色々とどうしたらいいのかわからない。
無言のまま保健室に着くと、先生も不在だった。そのまま空きベッドの上に降ろされて、上園がどっか行った。ごそごそと何かをしていると思ったら、氷のうを持って帰ってきた。
「靴、脱がすよ」
「え、あ……、うん」
「靴下も」
「……うん」
ベッドに腰掛けた僕の前に、丸イスを持ってきて座ると、上園は優しい手つきで運動靴と靴下を脱がしていく。
少し赤くなった足首をじっと見られて、確認するようにさすられた。
「あ、いや、待って、自分でやる」
「……いい」
上園の大きい手が僕の足をそっと支えると、先ほど用意してくれた氷のうをゆっくりくっつけた。
「ふぁっ……」
「痛い?」
「あ、ううん……冷たかった、だけ」
「よかった」
……待って、何これ?
急展開すぎて追いつかない。
1週間も話してなかったルームメイトにお姫様抱っこされたあげく、こんな優しく手当てされるとか意味がわからない。
こうして氷のうを当ててもらってる間も何も喋らないし、なんかめちゃくちゃ恥ずかしくなってきたんだけど……。
「な、なんなの……お前」
拗ねたような声になってしまい、顔が熱くなってくる。急いでジャージの袖を伸ばして、顔を隠すように口元に当てた。
「いつも……僕と、関わりたくないみたいな空気出してるくせに」
「いや、……そんなことないけど」
「いつも冷たいし、僕のこと嫌いなんだろ……?」
僕なりに結構ストレスだったのもあり、泣くつもりなんかなかったのに涙が込み上げてくる。上園が気付きませんように。
「……もうひとりで大丈夫だから、上園は授業戻れよ」
「……いい」
「僕が、嫌なんだよ」
支えられた足を引っ込めて、上園の持つ氷のうを奪い取る。
ベッドの上で体育座りになり顔を背けると、上園がイスから立ち上がった。
「運んでくれたのは、ありがと……」
手に持った氷のうをじんじんと熱を持つ足首に当てながら、呟く。
普段はムカつくけど、保健室まで連れてきてくれたのは嬉しくなかった訳ではない。
「……胡桃川って、俺と仲良くしたいの?」
なかなか帰る気配のない上園が口を開く。
びっくりして思わず固まってしまう。
僕のことを胡桃川って呼ぶのも先生以外で久しぶりに聞いたし、仲良くしたいの?ってなんなんだよ、上から目線かよ。
というか、上園から質問されるのなんて初めてだ。
「あ、あっ、当たり前じゃん……同室なんだから」
「寂しかったの?」
「な、っそういうことじゃ、な……っ」
感情が高ぶってしまったせいか、込み上げていた涙が制御不能になる。こんなところ見られたくないのに、ぽろぽろと涙が出て、ジャージの袖口で急いで拭った。
「も、……はやく、どっか行け」
空気を読まない涙が次々と溢れてくる。
そして更に空気を読まない上園に、ゴシゴシと目元を擦る手を掴まれた。
びっくりして顔を上げると、僕を見つめる上園が目の前にいて、ぐいっと顔を近づけてくる。
「な、……なに、なんだよっ」
ちゃんと目が合ったのなんて初めてじゃないだろうか。しかも、こんな近距離で。
コイツ、顔だって整ってるし、背も高いし、勉強もできるし、本当愛想がないだけなんだよな……なんて考えていると、その整った顔が更に近づいてきた。
後退りするも、がっちりと腕が掴まれているため無意味だった。
「な、なに、なになに……っ」
無言で近づいてくる上園が恐ろしくて、ぎゅっと目を瞑った瞬間、唇に柔らかい感触がした。
…………ん?
あまりの予想外の出来事に涙も引っ込んで、目を見開いてしまう。
「ん、っぷは、……何、するんだよっ……んぅ」
柔らかい唇が角度を変えて重ねられる。
わけがわからない。足が痛いせいで逃げられないし、なんか気持ち良いし、頭がふわふわしてきた。
意味がわからないけど僕は今、上園にめちゃくちゃキスされている。
「ん、んっ、……っんぅ?」
まるで誘導されるかのように、少し開いてしまった口の中に、ぬるっと何かが入り込んでくる。舌で押し返そうとしたが、逆に絡め取られてしまった。
未知の感覚に身体がぞくぞくとしてくる。
頭の中がぼーっとしてくるなか、いつの間にか体操服の中に入り込んだ上園の手が脇腹をするっと撫で上げた。
重くなってきた瞼にカッと力を入れて、一気に冷静を取り戻す。
この危険な雰囲気に抗い、なんとか上園を押しやって離れることが出来た。
「……はっ、なに、……何のつもりだよ、これ」
「可愛かった、から」
「なんだよそれっ」
熱くなった頬に上園の大きい手が添えられて、じっと目が合う。
また唇にキスされるのかと身構えていると、ふわっと頭が撫でられた。
「奏って呼んでいい?」
「へ? ……いいけど」
「俺のことは、朔ね」
「……あ、うん……?」
「じゃあ、後で迎えにくるね」
手が離れていくと同時に、ふわっと上園が笑った。
その表情に思わず固まっていると、保健室のドアが閉まる音がして、しーんと辺りが静まり返っていた。
ベッドに転がった氷のうを手にして、足首ではなく思考停止している頭に当てた。さっきから沸騰しそうなほど顔が熱い。
壁だと思っていたくらい、距離があったはずなのに。
さっきのは何なんだ。
キスされた! いきなり! 許可なく!
舌まで入ってきたし、服の中に手も突っ込んできた。怖すぎる。どうかしている!
どう考えても、距離の詰め方がバグっている。
頭がパンクしてしまいそうだ。氷のう、もう一個必要かもしれない。
キスした挙句、名前で呼び合うことにもなってしまった。
名前呼びくらい、別にどうってことはないけれど。
なんか、あんなことの後だと、付き合ってるカップルみたいじゃないか……。
姫扱いされているからといって、別に男が好きなわけじゃない。恋愛対象は女の子のはずなのに。
心臓がドキドキする。さっきの上園の表情が頭から離れない。
でも、こんなの違う!
怒りと驚きと羞恥で混乱しているだけだ。
初めて見た上園の笑った顔が、ちょっと嬉しかった。……それだけだ。
「もう、……本当、アイツ、やだ……」
その後しばらくしてから、あれがファーストキスだということに気付いた僕は、やり場のない怒りをひとり枕にぶつけたのだった。───
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