四匹の猫と君

花見川港

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君は迷う(3)

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 修治はこの屋敷の全貌を知らない。もしかしたら、常ノ梅なら間取りも把握していたかもしれないが、今彼の手を借りる術はない。修治たちは、実直に廊下に沿って歩いていた。

「ん?」

 気づくと夢原と新井の姿がない。後ろを振り返れば、二人はそれぞれ左右の壁際に寄りかかって蹲っていた。ぼーっと歩いていたら追い越してしまったようだ。

「どうした? 大丈夫か?」

「『大丈夫か?』そんなわけないでしょ! あんなもの見て……なんで、なんであんなっ……みくとも離れちゃうしっ」

 修治を睨みつける目は涙に濡れていた。一滴もこぼすまいと力を入れて、もっと明るければその顔が赤くなっているのがわかったことだろう。まさかの衝撃的な光景を目撃した動揺に加え、親友のことが心配でたまらないらしい。

 容易く予想できたことなのに、修治にとっては大きな雷鳴を聞いた程度のことだったので、うっかり気遣いというものを忘れていた。

「心配いらないだろ。あっちには……常ノ梅もいるし」

「そりゃあ大丈夫でしょうよ! あっちは主人公とヒロインなんだから! こっちは脇役の寄せ集めよ!? あんたホラー映画とか見ないわけ? 危険なのはどう考えてもこっちでしょ!!」

「…………」

 は?

 青褪めた顔で勢いよく捲し立てかと思うと、内容は半ば意味不明。大人しく見えたのは、自分の世界に入って考え込むタイプだからか。ほんの少し、親近感を覚える。

 夢原が片眉を吊り上げるの見て、無意識に凝視していたことに気づいて慌てて目を逸らした。

 夢原は修治の足元にいる猫たちを見て、それからその飼い主を見上げた。

「あんた、実は霊能者だったりとかする?」

「違う」

 期待のこもった問いかけをキッパリ否定すうる。

「ほんと、なんなのよこれ。ただの肝試しイベントだと思ったら、マジのホラーって」

 少し聞いただけでも、修治とは別ジャンルの妄想具合が強そうだ。

「マジで死ぬなんて……」

 反対側で新井がそう呟いた。

 それをどう解釈したらいいかで、修治は少し悩んだ。新井の言葉はまるで、死ぬことを知っていた・・・・・・・・・・ようではないか。

 夢原が新井の胸ぐらを掴み、険しい顔つきで詰め寄る。

「あんたそれ、どういう意味?」

 新井の顔にはっきり「しまった」と書かれていた。

 この肝試しを企画したのは新井。まつわる話も、夢原たちは新井から聞いただけで自分たちで調べたりはしていなかった。

 口籠る新井に修治は目を細める。

 情報の取捨選択をしたのか。

「っ、死んでんだよ!」

「は?」

「ここに来たテレビスタッフ。撮影が中止になったのは、心霊現象のせいじゃなくて、スタッフが一人死んだからなんだよ……」

「な、そんな話聞いてないわよ!? なんで黙ってたの!」

「言ったら……来たがらねぇだろ」

「当たり前よ! どうせ肝試しやろうって言い出したのだって、怖がるみくの前でかっこつけたいとかそんな理由でしょうが」

「は!? なんでっ」

「うっさいわねこのバカ! そんなの古今東西やりつくされたネタなのよ! バカ!」

 新井は夢原の手を振り払った。

「だぁあああ! うっせぇのはてめぇだろうが! わけのわからないことばっか言いやがって! このニヤニヤ女!」

「はあ? 何よそれ」

「いつも日向のこと見てニヤニヤしてんだろうが! 気色悪い!」

「なんっ、あんたみたいな奴、絶対みくは好きにならないから! せいぜい当て馬に利用されるだけでしょうね!」

「んだと!」

 激化する怒鳴り合いに修治は立ち尽くす。

 新井が日向に片想い。というどうでもいい情報はさておき。死人が出ているならニュースになっているかもしれない。テレビでは聞いたことがないがネットニュースなら、とスマホで調べようとして、今はそれが使えないことを思い出しため息をつく。

 他に手かがりは……。

 新井からもう少し聞き出したいところだが、そのためにはまず仲裁に入らなければならない。

 めんどくさ。

 ――ミャア

「アリス? どうした」

 アリスはある扉の前に座った。シャオリンも並び、扉を爪で引っ掻く。

「ああ! ちょっと待て!」

 爪とぎ用具以外にしているのを見て、反射的に駆け寄って抱き上げる。もちのように伸びた下半身を腕をまわしてしっかりと抱え直す。

 ――ミャア

 アリスが再び、扉に向かって鳴いた。

 明らかに示唆した行動に戸惑いながら、扉を開ける。

 埃っぽい、劣化した空気の臭いが鼻をつく。普通の部屋よりも幅は狭く、細長く奥に続いていた。両脇の壁は棚になっており、大小様々な箱やらバケツやらが詰め込まれている。

 物置か?

 スッと足の間をアリスはすり抜け、適当に積まれていた物を足場に棚に上がる。

 自らの重みで閉まりかけている扉から、ククとリンも滑り込む。建て付けのせいか、扉は完全には閉まりきらなかった。それでも窓のない室内は真っ暗闇に包まれた。

 アリスは棚の中段くらいのところに身を滑り込ませ、器用に障害物を避けながら進む。

 修治はシャオリンを降ろし、弱めにしたスマホのライトでアリスの姿を追った。

 バサッと、目の前にアリスが棚から押し出した何かが落ちる。

「……本?」

 和綴じの古い冊子。端は擦れているが、状態は良い方だ。表紙の隅に小さく「日記」と日付が書かれていた。

「大正……」

 旧字体など文体が現代とは違うところもあるが、全く読めないこともない。その日の出来事を綴った、普通の日記。大したことは書かれてないページをパラパラと捲って、閉じようとしたとき、右は真っ白で、左にただ一言記された奇妙な見開きに目がとまる。

 その文字を食い入るように見つめ、修治は無意識に声に出して読み上げていた。

「『死にたい』」
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