四匹の猫と君

花見川港

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君は迷う(2)

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 笠元彩芽かさもとあやめは、観光目的で来た他県の女子大生。幽霊屋敷の噂を知って男友達とここに来たそうだ。

 修治の足元にいる猫たちに気づいて、笠元は驚いた。愛くるしい動物を見て少し気が晴れたのか、ささやかな笑顔が浮かぶ。触りたい、という彼女の念をいち早く察した猫たちは、ささっと修治の後ろに隠れた。笠元は残念そうに黒筋の入った茶色い後ろ姿を見つめたあと、廊下の暗闇の深さにため息をつく。

「こんな時間になっていたなんて……」

「お姉さんはいつからここに?」

 同性の方が気安いのか、自然と女三人固まる。常ノ梅と古河が先頭を歩き、新井は日向の横に。修治は一番後ろを歩いていた。

「お昼を食べたあとだから、二時前ぐらい? 屋敷に入って、それから……――が……三時間も気絶してたってこと?」

 途中から独り言になって、口籠った部分は聞き取れなかった。

 三時間、か。

 鳥の声もしない静かな場所で、目を覚ますきっかけがなかったからそんなに経ってしまったのだろう。

 ずっと――ずっと?

 修治は足を止める。

 おかしい。俺たちが来るまで意識がなかったのなら、外で聞いたあの声は――

「あれは誰の声だったの?」

 修治と同じことを考えていたらしい日向が呆然とした顔で声に出していた。夢原と新井、古河の三人はなんのことだと不思議そうな顔をしていたが、すぐにその意味を理解し、ぎょっと笠元を見る。

 突然注視され、笠元はたじろぐ。凝視してくる少年たちの顔を順番に見返して、そしてみるみるうちにその顔青白くなっていった。

「あ、うそ、やっぱり……」

 そのときの笠元の目は、この場の誰も映していなかった。見ているのは彼らの後ろ。廊下の暗闇。

 笠元の後ろで、同じ方向を見ていた修治はすぐにそれに気づいた。

 白い点がぽつんと浮かんでいる。

 廊下の突き当たりはまだ先のはず。道を塞ぐような物はなかった。ならばなぜ、あの白い点は宙の真ん中で浮かんでいる・・・・・・・・・・・・のだろう。

「松原君?」

 常ノ梅は修治の視線を追いかけ、体を強張らせた。

 白い点が少し大きくなる。

 三人が同じ方向を見て固まっていれば、必然、日向たちも異変に気づく。振り向いて固まり、そして思う。

 あれはなんだ?

 全員の目がそれに向いたときには、修治が見つけたときよりも点は大きくなっていた。ぼんやりとだが、表面に凸凹があるのがわかるほどに。

 瞬きで場面が切り替わるように、白い点は近づく。

 あの凸凹には見覚えがある。まったく同じではないが、大まかな形は必ず毎日目にしている。

「ひっ」

 笠元が引き攣った声を発する。彼女はそれを知っていた。だから誰よりもいち早く反応できたのだろう。

 それの姿が明確に見えるようになると、全員一歩後ずさる。

 影の中に溶け込むように、着物を纏った細い体があった。手足は影に潜み、しかし顔だけは、不思議なほど白くはっきりと浮かび上がっている。

 着物の女が止まる。

 歪なひさし髪からこぼれた一筋が、白い頬にかかる。女の口が弓を引くようにしなやかな弧を描いた。

 ――たすけてぇ

「い、いやぁああああああ!!」

 一目散に逃げ出した笠元を追いかけて、修治たちも走り出す。

 しっかりついて来ている猫たちに気を配りながら、修治は背後を窺った。

 何もいなかった。

 笠元は階段を見つけると躊躇なく下に向かう。彼女が一段踏むたびに足元は軋み、手すりがボロボロと崩れる。今にも崩れ落ちてしまいそうだ。

 そして、日向が踏み込んだ瞬間、板が抜けた。

「きゃっ!?」

「日向さん!」

 日向は穴に嵌まりそうになった足を寸前で引き上げ、勢いつけて一段飛ばししながら階段を駆け降りた。

 穴の空いた箇所を避け、常ノ梅も一階へ。

 不穏な軋み音が長引く。

「大丈夫日向さん?」

「う、うん……びっくりした」

 続いて古河が穴を飛び越えようとした――しかし。

 限界だったのだろう。耐え続けていた階段が弾けるように割れた。

 あっという間のことで、理解が追いつかない古河が不思議そうに下を向いた。割れた板はまるで牙のようで、彼の下で獲物を喰らおうと大きな口を開いていた。

「古河くん!」

 必死の形相で古河は手すりの柱を掴む。しかし柱には、彼の握力に耐えるほどの力が残っていなかった。折れた破片を握りしめたまま、古河は呑み込まれ、噛み砕くような木材の音と共に埃が舞い上がってその場を包み込んだ。

 修治は袖口で口と鼻を覆う。その隣で夢原が「うそ……」と呆然と呟いた。新井は青ざめて口元を抑える。

 大破した階段の上で、古河が首を赤く染めて倒れていた。ごふっと咽せたような音がして、血が噴き出す。細い板の破片が彼の首を貫いていた。

 下からはその姿が見えず、日向と常ノ梅は何度も古河を呼んだ。

 階段はもう完全に崩壊している。飛び降り、というのは怪我を覚悟すれば不可能ではないだろうが、安全を考慮するならやめておくべきだろう。

 常ノ梅が砕けた階段の欠片を踏み台に身を伸ばし、古河の姿を目視した。静かに欠片から降りて、上階に取り残された三人を見上げる。

「ここは駄目そうだ。他のところから一階に降りて、とりあえず外に出てくれ。出たらライトで合図を」

 スマホを振って見せた。

 天井で動く光に向かってジャンプしようと姿勢を低くしたククを修治は抱える。

「頼んだよ、松原君」

 なぜそこで自分、と戸惑う。

 夢原と新井は何もないところに目を向け、口を開けて呆けていた。常ノ梅の声は耳に入っていないかもしれない。

 これでは、まだ修治の方が落ち着いて行動できると判断されてもしかたがない。

「わかった。外に出ればいいんだな」

「うん」

「……行こう」

 声をかけたが二人はまったく動かない。

「またアレが出るかもしれないぞ」

 白い顔の女はどこからか、すぐそこの暗がりからでも現れるかもしれない。そう示唆してやれば、二人は我に返って慌てて立ち上がり、修治を置いて先に行った。

 腕の中で、抱っこはイヤだ、と身をよじるククを離す。トントン、と修治の前を二、三歩進んで振り返り、行こうと促すように鳴いた。
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