四匹の猫と君

花見川港

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君は迷う(1)

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 入ってすぐのところにあった階段の側で、古河は立ち止まり二階を見上げた。

「古河くん?」

「ここにいたんだ……」

 声をかけた日向には目もくれず、ほぼ独り言のように呟いたあと、古河は一段目を踏む。

 修治は古河が立ち止まった場所に立って、同じように見上げてみた。

 コの字になっている階段を見下ろせる位置にある手すりから吊られていたとする。外から見ればちょうど人が浮いているように見えるかもしれない。

 一段一段踏むたびに、不安を駆り立てるように軋む階段。

 一階と同様に二階も荒れていた。日も落ちて、暗い廊下を常ノ梅がスマホのライト機能で照らす。ずらりと並んだ扉が見え、廊下の先までは光は届かなかった。

「なあ、手分けして探した方がよくないか」

 扉の数を見て言った古河に日向が首を振る。

「こういう場所じゃ、あまりバラバラにならない方がいいと思う」

「日向さんの言う通り。何かあったときの連絡手段もないしね」

 金具が緩んでいるせいで、今にも外れそうな扉を慎重に開く。棚やテーブルなどの家具が残っており、白い布が被せられていた。これじゃあ、誰かが隠れていてもわからない。

 燭台を見つけたが蝋燭がない。そもそも火種もないので灯りには使えないだろう。電力消費済みのスマホ六台だけでは心許ないというのに。

「なんで懐中電灯持ってないんだ」

 無意識に修治は、思ったことをそのまま口に出していた。たまたま近くにいた夢原が自分に向けられたものだと思ったのか、唇を噛み、キッと目をつり上げる。

「うっさいわね」

 「私は誰かが持ってくると思って……」と日向が困った表情を浮かべる。

「俺は言い出した新井が持ってくると思ってた」

「あ? 俺が悪いってか」

 伝言ゲームのように古河から新井へ流れ着き、修治を睨む。顔には出ないものの、内心では緊張で狼狽えている修治の前に常ノ梅が立つ。

「松原君は、そんなつもりで言ったわけじゃないよ」

 整った横顔に流し目で「ね」と促され、修治は「ああ」と返した。喧嘩を売る気なんてまったくない。

 常ノ梅の肩越しに舌打ちが聞こえた。

 口元を緩めた常ノ梅は、安堵した修治の手を掴んで、他の三人を間に挟む形で新井から離れた。これなら、やたらと新井に反発心を向けられてしまう常ノ梅も不本意に彼を煽らなくてすむ。

 ――ミャア

 足元からの鳴き声に常ノ梅がスマホの光を向けようとしたのを修治は咄嗟に腕を掴んで止めた。

「強い光はダメだ。こいつらには」

 そうするつもりはなかったが、自然ときつめの無愛想な物言いになってしまった。猫の目は急な強い光に弱いと聞いて以来、つい警戒してしまう。

 不快気に顔を顰めることも、驚くこともなく、常ノ梅はただ言われた通りにスマホを引く。

「そうなんだ。ごめんね」

「……距離と、直接目に当てないように気を付けてくれればいい」

 視線を逸らしながら、修治はできるだけ相手の気に障らないように声色を意識した。

「うん」

 常ノ梅は、下から見上げてくる複数の目に気をつけながら、扉の先を照らす。

 こんな広い屋敷では、猫たちが好奇心のままに走り回ってしまうのではないかと修治は危惧していたのだが、不思議なことに、猫たちが修治の側を離れることはなかった。猫同士一定の間隔を保ちながら、修治の足を囲むようにしてついてくる。

 懐かれているのは確かだが、こんな従順な態度をする子たちだったろうか。

 家から出たことがない彼らが、初めての外出に怯えての行動かもしれない。掃除機の大きな音を聞くと、いつも修治を逃げ場にしていたように。

 布が捲れ、埃を被った年代物の棚を日向は目にする。

「なんか不思議な感じ。廃屋なのに思ったより中は荒れてないというか」

 割れた窓。剥がれた壁紙。床の穴。壊れたところはあるけれど、家具の配置など内装は人が使っていた頃の生活環境の面影を強く残していた。

 「確か」と常ノ梅が記憶を手繰り寄せる。

「元鷹田たかだ邸。明治初期に建築。数回の改装改修を行い、昭和初期に鷹田家が手放し、別荘として買い取られて以降は、数年ごとに所有者が変わっている。だったかな?」

「すごい。常ノ梅くん、詳しいんだね」

「ケッ、どうせここも。お偉い常ノ梅サマのもんなんだろ」

「戦前まではね。管理から外れたあとのことはあまり知らないんだ。事故があったのは聞いてたけど、それが心霊騒ぎになってるなんてまったく知らなかったし」

「常ノ梅くん、事故のことは知ってたの?」

「近所だからね。すごい騒ぎになって――」

「日向! 後ろ!」

「え!?」

 突然の新井の声に驚いて振り返った日向は、誰もいないはずの壁際に浮かぶ光に体が固まった。

 しかしそれは、ただの姿見。布を剥がれ、露わになった薄汚れた鏡面に、日向のスマホの光がぼんやりと反射しただけ。

「も、もう! 新井くん!」

「アハハ!」

 笑いながら動いた新井の肩が姿見にぶつかり、倒れそうになった姿見を古河が掴んで防ぐ。姿見を立て直しながら、新井を睨む。

「ふざけるなよ新井」

「チッ」

 日向は不気味な雰囲気を怖がるどころか、扉に付けられたステンドグラス一枚にも目を輝かせる。

 こうした年代物は、修治たちからすれば見慣れ物だが、日向には何もかも新鮮で物珍しいようだ。彼女の反応は、街中でよく見る環境客と同じだった。

「いた!」

 元は寝室だろうか。マットもなく、床板部分が剥き出しになったベッドがあり、その横の床に女が倒れていた。

 日向が駆け寄り、肩をたたいて声をかける。

 スマホで女を照らす。ズボンの膝部分が裂け、擦り傷が見えた。

 何度か呼びかけて、女の睫毛が震える。

「ん……ここ、は……私――」

「大丈夫ですか?」

 瞬きを数回したあと、はっきりと目を開けた女は、飛び起きると日向をはねのけて怯えた様子で周りを見回した。

 目覚めたら廃墟で、見知らぬ人間に囲まれていたらそんな反応をするのも無理はない。

 常ノ梅は女の傍に片膝をつき、「どこか痛いところはありませんか?」と声をかける。周囲の不気味さを払拭するような穏やかな声に、女の顔から怯えの色が薄れていった。

「え、ええ……」

「これ、よかったら使ってください」

 常ノ梅は鞄から取り出した絆創膏を女に渡す。

 そんな物を持ち歩いているのかと修治は感心した。

 女は「ねえ和史はどこ!?」と叫ぶような声で常ノ梅に詰め寄る。

「かずし……もしかしてこの財布の持ち主ですか」

 拾った財布を見て「和史のだ」と呟いて女は頷く。

 常ノ梅は眉尻を下げる。

「残念ながら見てません」

「そんな」

「逃げたんじゃねぇの」

 自分のスマホのライトのON・OFFを切り替えて弄びながら、新井は嘲笑を浮かべていた。

 下からの光でくっきりと明暗が分かれる小年の顔に女の肩が跳ねる。それを見て不気味な笑みは深まった。

「だってよぉ、あんたらも肝試しに来たんだろ? んで、ビビって男はあんたを置いて逃げたわけだ」

 いちいち常ノ梅と正反対のことをしたがる癖でもあるのだろうか。

 わざとらしく不安を煽るような物言いに「ちょっと、あんた」と夢原が睨む。古河も目で咎めているし、日向でさえ眉間に力を入れて唇を尖らせている。常ノ梅は微笑していた。まるで親の注意を引きたがる幼児を見るような目を向けている。新井が気づいたら余計に騒がしくなりそうだ。視界が暗くてよかったと修治は胸を撫で下ろす。

「そう、なのかな……」

 女は、あまり気にしていないようだった。他に気がかりなことでもあるのか、怒るわけでも、安堵するわけでもなく、視線をさまよわせたあと縋るように常ノ梅の腕を掴む。

「出して。早く、ここを出たい」

「そうですね。行きましょう」

 男のことは気になるけれど、ひとまず先に女を連れ出すことにした。見た限り、大きな怪我はしてないようだが、気を失って倒れていたのだ。病院などに連れていくべきだろう。

 外に出て、警察と救急車を呼ぶ。「警察」という言葉に四人は不安そうに互いに顔を見合わせたが、異を唱える気はないようだ。不満そうな新井以外、ほっとした様子。

 あとは、修治が人知れず躊躇したくらい。思うことはあったものの、個人的なことと口をつぐんだのを猫たちだけが見ていた。
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