四匹の猫と君

花見川港

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君の願い(1)

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 暗くて狭い部屋の中。壁際に置かれたパイプ椅子の上で、浮いている足をぷらぷらと揺らす。

 つまんない……。

「ねえ、かーさん。あそんできてもいい?」

「ダメ。じっとしてなさい。もうすぐ移動するから」

 またその言葉。

 もうずっと待ってる。

 見慣れない黒服を着た大人たちは、いつもり静かだった。部屋の奥にある箱に近づいては涙ぐむ。子どもたちは、いつもと違って俯きがちで不気味な大人たちに戸惑い、狭い部屋の中に押し込められている息苦しさにうんざりしていた。

 知らない黒服の大人たちが来て、母に手を引かれて部屋を出る。見知らぬ大人たちは、運び出した箱を金ピカな屋根のついた変な車に乗せた。

 母に引っ張られ、父の車に乗る。前に乗りたいとねだって運転席の隣に座った。いつもなら、父の手が前にあるボタンを操作して父の好きな音楽が流れるのに、父はハンドルを握って前を見つめ、車の息が整うとすぐに発進させた。

 前にはあの車が走っている。屋形が道の真ん中を堂々と走る姿が不思議だった。気のせいか、他の車が道を譲っているような気がする。

 両親に話しかけづらく、また浮いてしまった足を揺らしながら、流れる窓の外を見る。いつもなら「じっとしてなさい」と言う父は何も言わない。

 今日は、つまらない日だ。



 額を小突かれる。いや、これは頭突きか。

 意識は冴えたが、瞼が重くて持ち上げられない。ふわふわとした毛の感触が何度も額やこめかみを滑る。ときおりチクチクと刺すのは眉毛だろう。それでも微動だにしないでいると、頬を引っ掻かれた。定期的に切られ、丸みのある爪が浅く掻く。だがたまに食い込むように引っかかり、修治は目を閉じたまま右腕を上げた。いつもなら、そうして掛け布団が持ち上げられてできた隙間から滑り込んでくるのだが、そもそも布団がない。これは布団に入れろ、ではなく、起きろの催促。

 ようやく目を開けた修治の視界はククの顔で埋め尽くされていた。爪を伸ばした前足が再び頬にかかる前に、背筋を撫でてやる。ククはゴロゴロと喉を鳴らし、頬同士をすり合わせてきた。

 床に転がっていたせいか、僅かな動作で体が軋む。脇腹に寄り添うにアリス、顔の横にリン、太腿の上にシャオリンが丸まっていた。下半身をなるべく動かさないように上半身を起こす。

 なんだか見覚えがある部屋だと思えば、笠元が倒れていた場所だ。

 ベッドの上を見て、ぎくりと固まる。

 誰かが寝ている。

 布団もない、シーツもない、人影などない。

 けれど、ぎし、ぎし、と一定の間隔で寝具が鳴いている。

 囁き声が聞こえた。天井の裏から、窓の外から、扉の向こうから。姿の見えない多くの誰かの気配。

 ふいに脳裏に浮かぶ、ガラス戸の向こうから手を伸ばしていた常ノ梅の姿。

 確か俺は、あのとき外に出るのをやめて……連れてこられたのか?

 自分の足で来た記憶はなかった。笠元がここに倒れていたのは、意図的なものだったのだろうか。

 少し体を動かして、姿勢を直す。膝の上のシャオリンがちらりと修治を見上げた。再び目を閉じて動こうとはしない背中を撫でる。

 人より敏感なはずの彼らは、こんな状況でもリラックスしているようだった。修治の手のひらや体に擦り寄って、甘えて。それを見ていた修治の緊張もほぐれていく。

 あとはただ待つのみ。不安も恐れもなく、安堵に近い心地で、そのとき・・・・が来るのを。

 ——————!

「……?」

 呼ばれたような気がして周囲を見回す。

 ざわめく気配が大きくなって、不意に止んだ。

 ベッドが軋む音だけを残して、不気味な静けさが落ちる。

 ぎしり、とベッドがひと鳴きして黙り込む。

 ベッドの傍らに着物姿の青年が立っていた。襟や裾からのぞく手足や首やらには包帯が巻かれ、力なく下げられている両腕に草臥れた印象を抱く。修治とそう変わらない背丈の後ろ姿が音もなく動き、いつの間にか開いていた窓の前に立ち、頭を突き出した。窓枠に手をかけ、さらに身を乗り出す。男の足が浮きかけ、

「ダメだよ」

 修治の目は人の手で塞がれた。そのまま頭を引かれて抱え込まれ、耳を塞いだ腕越しに、どしゃり、と何かが潰れたような音が聞こえた。

 ああ、視逃してしまった。

 解放された視界の先には、閉じた窓があるのみで、修治は呆然としながら後ろに振り向く。

 なんで。どうやって。

 常ノ梅は、頭を疑問符で埋め尽くして固まっている修治の腕を掴み、その身を引き上げて「行こう」と促す。

「いや、俺は」

「——『来て、松原君』」

 一瞬、黒い目の中に火花が見えた気がした。

 行く気はない。帰る気はない。ここで終わるのだと覚悟していたというのに、常ノ梅が語気を強めた途端、トン、と心臓を細い棒で突かれたような感覚が走った。動くまいとしていた足が一歩前に出る。

 猫たちが修治の代わりに抗議するように唸ったが、かまわず常ノ梅は走り出した。

 壁や天井から白い手が突き出してきたけれど、二人に触れることはかなわず、走り去る少年の後ろ姿に追い縋るように伸ばされるだけであった。
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