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名前のある人

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まもなく、エレベーターがポーンと優雅な音を鳴らす。
私達はお姉さんに促されてその階に降りた。

すると目の前には、赤みがかったストレートヘアの女性が立っていた。
40くらい…秦と同い年程だろうか。
だからと言って“良い歳の取り方”をしている。
顔が際立って良いとかではないが、その立ち姿は息を呑むほど綺麗だ。

「こんにちは。」
「こんにちは、時雨君。」

そう言って女性は微笑む。

案内してくれたお姉さんは、その女性にお疲れ様ですと深く頭を下げる。
女性はお疲れ様といって軽く会釈した。
どうやら、偉い人らしい。

「隣のお嬢様は?」
「こちらはうちに居候している、蓮音。」
「蓮音です、よろしくお願いします。」

私は続いて頭を下げる。

「…所作が綺麗な子だなぁ、若いのに。」

そう言って目を丸くしていたが、ふと思い出したように自己紹介をしてくれる。

「私は市川 由いちかわ ゆい、この黒須グループで社長の秘書をしているわ。」

そう言って差し出された手を軽く握る。

「なんか、蓮音さんお姫様みたいね。」
「ありがとうございます。」
「出身はどちら?」
「…遠くから参りました。」
「あ、言いたくない事は言わなくていいわ。」

由さんはひらひらと手を振って笑う。

すると、後ろに黒い影が立つ。

「時雨、来たか。」
「あ、社長。」
「槙野、俺は迎えに行けと言ったのであって、立ち話しろとは行ってない。」
「そうピリピリしないでって。」

…槙野?

「あ、槙野は私の旧姓ね。」

後で時雨に聞こう。


後ろに立っているその人が、恐らく由さんが言っていた“社長”だろう。
黒髪に、青い縁の眼鏡。
切長な瞳に薄い唇、時雨がいるせいで霞むけれど、この人も単体で息を呑むほどの美形だ。

「そちらのお嬢さんは?」

社長さんが尋ねる。

「私、雨宮神社に居候させて頂いている蓮音と申します。」
「ねぇ社長、この子お姫様みたいだと思わない?」
「そうだな。私はこの黒須グループで社長を務めている、黒須 綾くろす りょうです。」

…なんか、由さん華麗にあしらわれた。

「立ち話もなんだから、入ってくれ。」


そう言うと、由さんが流れるような所作で近くの両開きの扉の片側を開ける。
もう片方を黒須社長が開くと、中に入るよう促した。

お邪魔しますと時雨が入って行く。
それに続いて部屋に入ると、そこは応接間だった。

小ぢんまりとしたお洒落なテーブルに、可憐な花が飾られている。
小さいが、丁寧に生けられている。

時雨と私は、由さんに案内される通りに奥側のソファに掛けた。
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