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名前のある人
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しおりを挟む私と時雨は、黒の馬車…?に乗り込んだ。
馬はいない。
時雨が鍵をさして回すと、ブルルンっと音がして車体が揺れ始める。
「な、なに⁉︎」
「車。ガソリンっていう燃料で動く乗り物だよ。」
時雨は左手のレバーを下げ、少し上にあるレバーを左上に動かすと、一層大きく音を鳴らして車は走り出した。
「す、すごい!」
こんなものがあれば、祖国はいかに便利になるだろうか。
私達2人の後ろには、まだ2、3人は乗れそうな座席がある。
「便利でしょ、燃料を入れるだけで動くし、力としては馬60頭分くらいだよ。」
「ろ、60⁉︎」
すごい。
うちの厩にだって、そんなにいなかった。
それが、このたった一台で賄えるなんて!
「ただ、さっき話したガソリンは、空気を汚すガスが出る。」
「が、ガス…」
「外気温が上がって氷が溶けたり、いろんな被害が出るんだよ。」
そ、それのせいでこんなに暑いの?
たしかにこの地は、祖国に比べて恐ろしいくらいに暑い。
「いや、それはただ夏だからってのもある。」
そんな話をしているうちに、大通りに出ていた。
色も形もさまざまな車が、列を成して走っていく。
ーー
しばらく走ると、細長い建物の建ち並ぶ街についた。
私たちのいた住宅街とは明らかに違う、オフィシャルな空気が漂っている。
時雨は、その中の一際高い建物に入って行く。
守衛に挨拶をすると、その一角に車を停める。
「到着だよ、降りて。」
時雨は左側のレバーをギチチチッと音を立てて上げると、シートベルトを取った。
私も同じようにして車を出る。
すれ違う面々皆、時雨に会釈をして行く。
時雨はそのたび丁寧に頭を下げた。
皆一様に頬を赤らめる。
そして、目の前の高く聳り立つ建物の前に立つと、壁がウィーっと機械的な音を立てて開く。
「す、すごい何これ⁉︎」
「すごいよな、自動扉ってやつだ。」
そういって、時雨は何食わぬ顔で入って行く。
…途中で振り返って、人差し指を唇に当てた。
あ、聞くなってことね。
カウンターのお姉さんに声をかける。
「こんにちは。」
「あ、雨宮様、いらっしゃいませ。」
お姉さんは若干噛みそうになりつつそう言う。
「黒須社長と面会できるかな。」
「うかがっております、ご案内いたしますね。」
その人がカウンターから出てくる。
…綺麗な人だ。
「こちらです。」
私達は広いエントランスの最奥にある、これまた両開きの扉が開くと、それに乗り込んだ。
エレベーターというらしい。
私達が乗り込むのを確認すると、お姉さんは脇にある27のボタンを押す。
すると、エレベーターはぬるっと上昇を始める。
「⁉︎」
「大丈夫。」
そんな私たちのやり取りを、お姉さんは不思議そうにみていた。
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