余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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学園編

21.やる気のない養護教諭

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雨はまだ止まない。
どうやら、通り雨の類ではなかったらしい。

濡れて肌にはりつく服の感触が少し気持ち悪かった。
ブローチをしっかりとポケットに入れたのを確認してから、ゆっくりと立ち上がって彼と向き直る。


「ブレイド、えっと、お久しぶり……元気、だった?」


ローダからブレイドに関わるなと言われた日から、なんとなく会うのが気まずくて中庭にも行っていなかった。

避けているつもりはないけれど……いや、違う。僕はブレイドを避けていた。
それを勘付かれているだろうかと気まずくて俯きがちに尋ねる。けれど不安とは裏腹に、ブレイドが返した声はただ淡々としていた。


「はい。フェリアル様は、随分お忙しかったようですね」


ピクッと肩が揺れる。
これは……どっちだろう。出会った時のブレイドに感じた印象通りなら、ただ事実を述べているのかもしれないけれど……。
でも、今は状況が状況なだけに嫌味にも聞こえる。

結局ろくな返事も出来ずに黙り込んで、ふと鈍い痛みで指先の血のことを思い出した。


「っ……!」


伏せていた視線をそろりと上げる。
ブレイドの瞳が今も尚、微量なその血に向けられていることに気付いてハッとした。

慌ててハンカチを取り出し、それで出血箇所をぐるぐる巻きにする。
あまりにも分かりやすい反応をしてしまったことを後悔したのは、その直後のことだった。

しまった……こんなの警戒していますと言っているようなものじゃないか。
なんとなく罪悪感すら抱きながら顔を上げると、やっぱりと言うべきか、それとも予想外と言うべきか。
ブレイドは微かに悲しげな色を紫の瞳に滲ませていた。


「……やはり、噂をお聞きしたのですね。私の、噂を」

「え……」

「だから中庭にもいらっしゃらなかったのですね。私は身の程知らずにも、少しだけ、貴方様と花を眺めることを楽しみにしていたのですが」


もしここにローダやアディくんがいたら、お前はチョロすぎるだとかなんとか、散々なことを言われていただろう。

僕はどうしても、ブレイドの淡白な声音に嘘なんてないように思えた。


「ブレイド……僕、ごめんなさい……ブレイドに話を聞いたわけでもないのに……」


胸の奥から湧き上がったのは酷い後悔。
本能的に、これまでの人生が走馬灯みたいに蘇った。

人から聞いた情報を鵜呑みにして、当人の話を実際に聞いたわけでもないのに距離を取る。
それは、僕が前世で受けた仕打ちの一つだ。

自分がされて悲しかったことは人にもしない。
その信条を無意識に破っていたことに気付いて、羞恥心にも似た何かを感じた。


「……っ、あのねブレイド、お話があるの!お話が……したいの」


考えたら止まらなくなって、耐えられなくなって。
僕はとにかく自分の間違いを早く正したくて、決意を胸に彼の瞳を真っ直ぐ見据えた。

目は逸らさない。知らなきゃいけないなら、まずは相手にきちんと目を向けなきゃ。
ブレイドは一瞬、ほんの僅かに目を瞠ると、静かに微笑を湛えて頷いた。


「えぇ、もちろんです。ですがその前に、これ以上雨に濡れると風邪を引いてしまわれます」


ブレイドはそう言うと、片手を宙でくるりと動かした。
その直後、僕の周囲にだけ暖かい風が吹いて雨が弾かれる。温風は瞬く間に濡れた全身を乾かして、さっきまでの不快な感覚が嘘のようになくなった。


「わっ……!ありがとう、ブレイド」


なんだか、大公城でのことを思い出した。
シモンとライネスが本音で語り合ったあの日。北部の寒い夜だったから、ライネスは僕とシモンに暖かい風を吹かせてくれた。

それを思い出したら変な力も抜けて、緊張やら不安やらもあっという間に落ち着いた。
そういえばギデオンも風属性だったな、なんて考える余裕まで戻ってきて、僕は軽い足取りでブレイドに駆け寄った。


「あ、それからもう一つ」

「……?」


寮に戻ろう、と言って歩き出す僕をブレイドがふと引き留める。
ぱちくりしながら振り返ると、ハンカチで巻かれた指を見つめたブレイドが淡々と語った。


「話の前に、誰か別の者に手当てをしてもらいましょう。私は体質上、冷静に血を前にすることが叶いませんので」

「……へ?」


それって事実無根の“噂”なんじゃ……?

きょとんと瞬く。それについて慌てて尋ねようとしたけれど、雨の勢いが更に強まってきたので寮へ急がざるを得なかった。



***



ブレイドに連れられたのは、寮の一階にある医務室。
ノックすると、それはもうとってもやる気のなさそうな声が向こうから返ってきた。


「──……はいはーい」


反射的にため息が零れそうになったけれど、なんとか寸前でぐっと堪えた。
扉を開けると、やっぱりそこにいたのは見慣れた元侍従……いや、副業中の侍従だった。


「その辺に色々あるんで勝手にやってくださいねー……騒いだら摘まみ出すんでそこだけお願いしまーす……」


長ソファに寝そべって何やら読書をしている彼は、間違いなくここの養護教諭だ。

ブレイドが気にせず棚を物色し始めるのを横目に、僕は呆れ顔でこほんと咳払いをした。


「ブレイド。先生は忙しいみたいだから、道具だけもらって治療は別の先生に頼みにいこう」

「そのようですね。そうしましょう」


消毒液やら包帯やらを見つけたのか、色々と物を持って戻ってきたブレイドが頷く。
そのまま踵を返そうとした時、僕の声を聞いた養護教諭さんが勢いよく起き上がった。


「へッ、あ“ッ!?なッ、フェリアル様ぁ!?」


さっきまでのやる気のなさはどこへやら。
光の速さでテキパキと動き出した彼は、胡麻をするように両手を揉みながら、満面の笑顔で僕の前に滑り込んだ。


「ようこそフェリアル様ッ……っいや、フェリきゅん!!本日はどのようなご用件で!?」

「いや、いいです。先生はお忙しいみたいなので。失礼しました」

「んなァッ!?お、お待ちください!全然!全然忙しくないです!!めっちゃ暇です!!めっちゃ暇!!」


それはそれでどうなんだ……。

呆れつつも、泣きそうな表情が可哀想だったので仕方なく立ち止まる。
ブレイドを引き留めて、僕は改めてやる気のない養護教諭と向き直った。



「きちんとお仕事してください、シモン先生」

「はいすみませんでした!!フェリきゅん!!」



やる気のない養護教諭……改めシモン先生は、僕のお説教にお手本のような土下座を披露した。
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