382 / 423
学園編
21.やる気のない養護教諭
しおりを挟む雨はまだ止まない。
どうやら、通り雨の類ではなかったらしい。
濡れて肌にはりつく服の感触が少し気持ち悪かった。
ブローチをしっかりとポケットに入れたのを確認してから、ゆっくりと立ち上がって彼と向き直る。
「ブレイド、えっと、お久しぶり……元気、だった?」
ローダからブレイドに関わるなと言われた日から、なんとなく会うのが気まずくて中庭にも行っていなかった。
避けているつもりはないけれど……いや、違う。僕はブレイドを避けていた。
それを勘付かれているだろうかと気まずくて俯きがちに尋ねる。けれど不安とは裏腹に、ブレイドが返した声はただ淡々としていた。
「はい。フェリアル様は、随分お忙しかったようですね」
ピクッと肩が揺れる。
これは……どっちだろう。出会った時のブレイドに感じた印象通りなら、ただ事実を述べているのかもしれないけれど……。
でも、今は状況が状況なだけに嫌味にも聞こえる。
結局ろくな返事も出来ずに黙り込んで、ふと鈍い痛みで指先の血のことを思い出した。
「っ……!」
伏せていた視線をそろりと上げる。
ブレイドの瞳が今も尚、微量なその血に向けられていることに気付いてハッとした。
慌ててハンカチを取り出し、それで出血箇所をぐるぐる巻きにする。
あまりにも分かりやすい反応をしてしまったことを後悔したのは、その直後のことだった。
しまった……こんなの警戒していますと言っているようなものじゃないか。
なんとなく罪悪感すら抱きながら顔を上げると、やっぱりと言うべきか、それとも予想外と言うべきか。
ブレイドは微かに悲しげな色を紫の瞳に滲ませていた。
「……やはり、噂をお聞きしたのですね。私の、噂を」
「え……」
「だから中庭にもいらっしゃらなかったのですね。私は身の程知らずにも、少しだけ、貴方様と花を眺めることを楽しみにしていたのですが」
もしここにローダやアディくんがいたら、お前はチョロすぎるだとかなんとか、散々なことを言われていただろう。
僕はどうしても、ブレイドの淡白な声音に嘘なんてないように思えた。
「ブレイド……僕、ごめんなさい……ブレイドに話を聞いたわけでもないのに……」
胸の奥から湧き上がったのは酷い後悔。
本能的に、これまでの人生が走馬灯みたいに蘇った。
人から聞いた情報を鵜呑みにして、当人の話を実際に聞いたわけでもないのに距離を取る。
それは、僕が前世で受けた仕打ちの一つだ。
自分がされて悲しかったことは人にもしない。
その信条を無意識に破っていたことに気付いて、羞恥心にも似た何かを感じた。
「……っ、あのねブレイド、お話があるの!お話が……したいの」
考えたら止まらなくなって、耐えられなくなって。
僕はとにかく自分の間違いを早く正したくて、決意を胸に彼の瞳を真っ直ぐ見据えた。
目は逸らさない。知らなきゃいけないなら、まずは相手にきちんと目を向けなきゃ。
ブレイドは一瞬、ほんの僅かに目を瞠ると、静かに微笑を湛えて頷いた。
「えぇ、もちろんです。ですがその前に、これ以上雨に濡れると風邪を引いてしまわれます」
ブレイドはそう言うと、片手を宙でくるりと動かした。
その直後、僕の周囲にだけ暖かい風が吹いて雨が弾かれる。温風は瞬く間に濡れた全身を乾かして、さっきまでの不快な感覚が嘘のようになくなった。
「わっ……!ありがとう、ブレイド」
なんだか、大公城でのことを思い出した。
シモンとライネスが本音で語り合ったあの日。北部の寒い夜だったから、ライネスは僕とシモンに暖かい風を吹かせてくれた。
それを思い出したら変な力も抜けて、緊張やら不安やらもあっという間に落ち着いた。
そういえばギデオンも風属性だったな、なんて考える余裕まで戻ってきて、僕は軽い足取りでブレイドに駆け寄った。
「あ、それからもう一つ」
「……?」
寮に戻ろう、と言って歩き出す僕をブレイドがふと引き留める。
ぱちくりしながら振り返ると、ハンカチで巻かれた指を見つめたブレイドが淡々と語った。
「話の前に、誰か別の者に手当てをしてもらいましょう。私は体質上、冷静に血を前にすることが叶いませんので」
「……へ?」
それって事実無根の“噂”なんじゃ……?
きょとんと瞬く。それについて慌てて尋ねようとしたけれど、雨の勢いが更に強まってきたので寮へ急がざるを得なかった。
***
ブレイドに連れられたのは、寮の一階にある医務室。
ノックすると、それはもうとってもやる気のなさそうな声が向こうから返ってきた。
「──……はいはーい」
反射的にため息が零れそうになったけれど、なんとか寸前でぐっと堪えた。
扉を開けると、やっぱりそこにいたのは見慣れた元侍従……いや、副業中の侍従だった。
「その辺に色々あるんで勝手にやってくださいねー……騒いだら摘まみ出すんでそこだけお願いしまーす……」
長ソファに寝そべって何やら読書をしている彼は、間違いなくここの養護教諭だ。
ブレイドが気にせず棚を物色し始めるのを横目に、僕は呆れ顔でこほんと咳払いをした。
「ブレイド。先生は忙しいみたいだから、道具だけもらって治療は別の先生に頼みにいこう」
「そのようですね。そうしましょう」
消毒液やら包帯やらを見つけたのか、色々と物を持って戻ってきたブレイドが頷く。
そのまま踵を返そうとした時、僕の声を聞いた養護教諭さんが勢いよく起き上がった。
「へッ、あ“ッ!?なッ、フェリアル様ぁ!?」
さっきまでのやる気のなさはどこへやら。
光の速さでテキパキと動き出した彼は、胡麻をするように両手を揉みながら、満面の笑顔で僕の前に滑り込んだ。
「ようこそフェリアル様ッ……っいや、フェリきゅん!!本日はどのようなご用件で!?」
「いや、いいです。先生はお忙しいみたいなので。失礼しました」
「んなァッ!?お、お待ちください!全然!全然忙しくないです!!めっちゃ暇です!!めっちゃ暇!!」
それはそれでどうなんだ……。
呆れつつも、泣きそうな表情が可哀想だったので仕方なく立ち止まる。
ブレイドを引き留めて、僕は改めてやる気のない養護教諭と向き直った。
「きちんとお仕事してください、シモン先生」
「はいすみませんでした!!フェリきゅん!!」
やる気のない養護教諭……改めシモン先生は、僕のお説教にお手本のような土下座を披露した。
865
あなたにおすすめの小説
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。