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学園編
49.不器用な気遣い
しおりを挟むほんの少し注目から逃げるだけのつもりだったのに、思いのほかお化け屋敷を踏破するのは難しかった。
というのも、主に僕がちびちびと小さすぎる歩幅で、それに加えてとってもゆっくり進んでいるのが原因だ。本当に申し訳ない……。
でも、でもだ。僕がこうなってしまうのも仕方ないくらい、お化け屋敷は大変な高クオリティだった。学生の出し物のレベルじゃない。
恐らくお化け屋敷の半分まで進んできただろう今だって、絶えずお出しされる脅かしサプライズに僕はガクブル震えていた。
「ま、まって、待つの、二人とも。ああ、あそこに人がいるよぅ」
「フェリ、落ち着いてよく見て。ただの木だよ」
「まぁ影の具合で人に見えないこともないですね」
ガクブルガクブル。
震えながら指さした先にはゆらりと蠢く人影……にしか見えない木のレプリカがあった。
い、いやいや、違うでござりますよ。
これは僕が恐怖のあまり錯覚を生み出してしまったとか、そういうことではないのだ。
そう、シモンが言った通り。影の具合で、こう、偶然人に見えてしまっただけなのである。
別に怖がっているわけじゃないよ。
なんて、誰に聞かせるでもない言い訳を脳内で連ねながら、止まっていた歩みを再び進める。
「あの、言っておくけどね、僕はね、おばけこわくないよ。かっこいいお兄さんだから、おばけもへっちゃらです」
「なんて分かりやすい虚勢なんだ……」
「こら大公、こういう時はスマートに頷くんですよ。フェリアル様に恥をかかせたら許しません」
僕がえっへんと胸を張ると、二人は何やらコソコソと内緒話を始めた。
どうしたのかな。あまりに頼りがいのある僕の姿に感動しちゃったのかな。えへへ。
相変わらずちびちびと歩みを進めていると、シモンと内緒話をしていたライネスがふと振り返って、僕にニッコリと笑いかけた。
「そうだね、フェリはかっこいいね。おばけもへっちゃらとか、フェリはなんてかっこいいお兄さんなんだろう」
「えへ、えへ。えへへ」
「得意気フェリアル様きゃわわっ!」
ライネスに褒められて頬がぽっと赤く染まった。
そわそわと身体を揺らして照れを誤魔化し、ルンルン気分でお化け屋敷を進む。
えへへ、えっへん。この調子なら、余裕でこのガクブルな空間から抜け出せること間違いなしなのである。
と、調子に乗って普通の歩幅で進み始めた時だった。
ふとこれ見よがしに置かれた鏡の前を通りかかった瞬間……──
バンバンッ!!と音を立てて、鏡に赤い手形が浮かび上がった。
「──……」
「なッ!フェリ!?あぁフェリ!戻ってきて……!」
「フェリアルさまあぁぁッ!!」
チーン。口から魂が抜けだすくらいの衝撃だった。
鏡の前で立ったまま意識が遠のき、それと同時にライネスとシモンの切迫した声が近付いてきた。
***
どよーん……。
あのあと、二人に抱えられるようにしてなんとかお化け屋敷を抜け出すと、僕は自分のあまりの不甲斐なさに絶望してしょんぼりと座り込んでしまった。
お化け屋敷前の廊下、壁にぴたりと張り付くようにして座り込む僕は、通りかかる生徒たちの注目の的になっていた。
お化け屋敷で二人にかっこいいところを見せられなかった上に、完全に当初の目的から真逆の状況になってしまい……。
僕の心は、もうズタズタである。しょぼーん。
「フェリ、フェリ。元気出して。なんだかいつにも増して小さく見えるよ」
「フェリアル様が萎んだ花のようになってしまった……」
体育座りで抱えた膝に顔を埋める僕は、それはもう縮こまって見えることだろう。
ライネスとシモンが何やら必死に励ましてくれるけれど、彼らの言葉をまともに聞き取れないくらいに元気はなくなっている。
僕はどんよりと沈んだオーラを纏い、力無く首を横に振った。
「……はずかしいの。ぜんぜん、かっこよくなかった。かっこいいとこ、見せたかったのに」
ぽつぽつと胸の内を吐露する。
すると二人の声が一度ピタリと止み、少ししてから今度は穏やかな声が聞こえてきた。
「そんなことないよ。フェリはすごくかっこよかったよ」
「……ライネス」
優しい言葉に思わずちょっぴりだけ顔を上げる。
ちら、と視線を上げた先には、それはもう柔らかく微笑んだライネスの顔があった。
「だってフェリ、私を守ってくれたでしょ?」
「え……?」
「お化け屋敷。フェリ、本当は怖いものが苦手なのに。私が人から注目されるのが苦手だって知っているから、無理して誘ってくれたんだよね?」
ハッと息を呑む。
大きく見開いた目は、やがてうるうると大粒の雫を湛えた。
分かってくれていた。察してくれていた。
ライネスは、お世辞にもスマートとは言えない僕の行動の意味を、きちんと理解してくれていた。
それが嬉しくて、けれど自分が情けなくて、それでもやっぱり嬉しくて……。
僕は子供みたいにむぐむぐと唇を噛みしめて、これ以上かっこよくない泣き顔を晒さないよう必死に身体を力ませた。
「ぅ、ひぐっ、うぇっ……む、むぐっ」
泣かない、泣かない。
こんな大衆の面前で、かっこ悪い姿を晒すわけにはいかない。
かっこいいところを見せるのだ。
僕は子供じゃなくて学生で、素敵な生徒会の一員で、皆が英雄としての期待を向けてくれるお兄さんだから。
だから、かっこよくなきゃいけないのだ。
「…………ぅ、うぅ」
あぁ、どうしよう。思ったよりも涙を堪え切れない。
お化け屋敷での恐怖が遅れてドッとやってきただけじゃない。一番はライネスの優しい言葉のおかげで、涙腺がぶわっと決壊してしまったのだ。
必死に俯く僕を見て、ふとシモンが動き出す。
どうやらシモンは、僕の心情をしっかりと察してくれたらしい。
「大公、フェリアル様。一度場所を変えて、お茶にでもしましょうか。お化け屋敷でかなり体力も使ったでしょうし」
シモンのさり気ない提案で、ライネスも全てを察したのかにこやかに頷く。
「うん。そうだね、そうしよう。フェリ、立てる?一緒にお菓子を食べに行こう」
大きな手が目の前に差し伸べられる。
僕は俯いたままサッと目元を拭い、笑顔で立ち上がってライネスの手をとった。
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