余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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学園編

52.結末のその後

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マーテルが消滅したことで、同時に帝国を縛っていた輪廻の呪いも解けた。
それはつまり僕だけじゃなく、マーテルの魅了を受けていた人達も徐々に前世を思い出していくということ。

例の事件から二年も経てば、帝国の人々のほとんどが前世を思い出したことだろう。
僕を『英雄』と呼んで囃し立てる空気がいつまで経っても薄れないのは、前世を思い出す人が今も着々と増えているからだ。

街を、学校を、どこだろうと人がいる場所を歩くと、絶えず向けられる『罪悪感』の視線。

一度は虐げた無実の人間が、目的はどうであろうと結果的に帝国を救った。
そのことに誰もが負い目を感じているのか、罪の意識に苛まれた人々は皆が僕にそういう視線を向ける。

それだけじゃない。

彼らはまるで償いのように僕を『英雄』として扱う。

悲劇の運命を乗り越えた『英雄』は、さぞ才色兼備の優等生なのだろうと。
誰も口にはしないけれど、少なくともそういう空気は確かに流れていた。
学園では、特にそれが顕著だ。

それに対して、別に何かを返さなければいけない義務はない。
でも、自分でも嫌になる根っからの気質が、全てを投げ出して自由に過ごすことを許さない。

また前世のように、人々から見放されることが怖い。
とっくに吹っ切れたはずの未練が戻ってくる。嫌われたくない、失望されたくない、と。

だから、かっこよくなければいけない。
優等生の看板である生徒会に入って、試験では当然のようにトップ争いを繰り広げ、生徒との交流では皆の手本でなければいけない。

そうしないと。そうじゃないと。

また皆が背を向ける。
愛する彼らが踵を返す。お前なんて、いらないのだと。

物語が結末を迎え、幸福な日々が始まったからこそ恐ろしい。

僕は怖いのだ。
『英雄』への期待値が膨れ上がった今、どんな失敗も許されない。そんな気がして。

もう二度と、あの悪夢が現実になるなんて耐えられないから。



***



「本当にね、楽しいの。毎日、すごく楽しいの。でも、でもね、それ以上に、こわいの……」


背を丸めて俯く。膝上で握り締めた拳に、ぽたぽたと滴が零れ落ちた。

声が震えて、情けない表情を引き締めることも出来ない。
三人とも僕の話を黙って聞いてくれたから、室内は静まり返っていて、余計に僕の嗚咽が響いて聞こえた。

しばらくすると、ふいに全身を穏やかな温もりに包まれる。
ライネスにぎゅっと抱き締められたのだと気付くまで、数拍遅れて呆然としてしまった。


「ライネス……?」


涙を零しながら頬を染める。
ちょっぴりおかしな顔になってしまい、慌ててそれを隠そうとライネスの胸に顔を埋めた。

図らずも僕から抱きつくような姿勢になってしまい、更に顔の熱が増していく。
頭や背中をポンポンと撫でられ、けれど何も言わないライネスを不思議に思ってチラリと顔を上げた瞬間。

ふと、ぽたぽたと冷たい感触が肌に落ちてきてハッとした。


「……ライネス、泣いてるの?」


息を呑むと同時に驚愕に染まった声音が零れた。

ライネスが泣いている。
金色の瞳を濡らすその姿を、どうしてか綺麗だと思ってしまった。

嗚咽を漏らすわけでもなく、子供みたいに顔を歪めるわけでもない。
ただ凪いだ無表情で涙を零すライネスは、まるで人形みたいで。僕は思わず両手でライネスの頬を包み込んだ。


「やだ、やだ……ライネス、泣かないで」


震える声を紡いだ直後、ふと瞳を揺らしたライネスが一際強く僕を抱き締めた。


「むぐっ」

「──……フェリ」


息苦しさからむぐむぐと抜け出し、耳元で囁かれた呼び掛けに首を傾げる。
ライネスは僕の肩に顔を埋めたまま、くぐもった声で呟いた。


「どうすれば、君を連れ出せる?」


切実な声音が胸を締め付ける。
僕を連れ出す、その言葉の意味はなんだろう。一体どこへ、どこから。

ぱちくりと瞬くと、ライネスは金の瞳を変わらず滴で滲ませながら続けた。


「一体どうすれば、ようやく終わったつまらない物語から……君を連れ出せるんだろう」


その言葉は理解した途端、とても重苦しい感覚に変化した。

でも、それは違う。僕はライネスが言う『つまらない物語』からは既に抜け出した。
ただ、僕が慣れていないだけ。先の読めない、物語じゃない人生に慣れていないだけ。

結局のところ、勝手に囚われているだけなのだ。
もう誰も僕の心を縛り付けることなんて出来ないのに、縛られないことに慣れていない僕が、勝手に心へ鎖を巻いている。

これは簡単な問題だ。
僕が一歩前に進んで、もう大丈夫だと頷けば、それだけで終わる簡単な問題。


「ちがうよ、ライネス……僕、本当に幸せなの。みんなが、もう連れ出してくれた。これは僕の……僕が、弱いだけなの」


ライネスが悲しそうに表情を歪める。
僕はライネスにそんな顔をさせたくなくて必死に言葉を選んだ。


「あのね、きっと僕が変わらなきゃ、これは終わらないの。だから、僕、変わらなきゃって思うの。ううん……変わろうと、思うの」


チラリと視線を移す。その先にはシモンがいる。
黙って僕とライネスの様子を見守ってくれていたらしいシモンは、僕の視線を受けると心配そうに眉尻を下げた。

大丈夫、きちんと言えるよ。そんな気持ちを込めて頷き、一度ライネスから身体を離した。


「……実はね、僕ね、考えてることがあるの」

「考えていること?」

「うん。これはね、ずーっとライネスにも教えたかったことなの」


例の話をするなら今が一番良いタイミングだ。

帝国の人々からの罪悪感、英雄を持ち上げる民衆からの期待。
それらに囚われてしまう弱い心を変えるには、一度この帝国という舞台から降りる必要がある。

帝国の外へ行く。
それを伝えようと深呼吸した直後、ふとスピーカーがジジッと掠れた音を立てた。



──キーンコーンカーンコーン



「……!あぇ?」


一言目。ちょうど口を開いた瞬間に、お馴染みの鐘の音が鳴り響く。
なにごとかね、と拍子抜けする中でスピーカーから響いたのは、なんとグリードの声だった。


『あ、あー。生徒会からお知らせです。間もなく、各クラスの出し物が随時終了となります。前売り券とか持ってる生徒は、無駄にならないように早いところ使用してくださいねー』


緩い感じで放送が終了し、再びキーンコーンと鐘が鳴ってスピーカーが切れる。

ついさっきまでの張り詰めた空気は嘘みたいに消えていた。
視界の端で、シモンの『空気読みなさいよ』といった呆れた感じの視線がスピーカーに向けられているのが見えた。
それから「いいタイミングだねぇ」とおかしそうに笑うアル先生も。


「…………フェリ。それで、さっきの続きだけど」

「あっ、はい」


すっかり気が緩んでしまったので、ライネスの気を取り直したような問いにも緩んだ反応をしてしまった。

それによってシーンと数秒静まり返ってしまい、僕がへにょりと眉尻を下げた時、ふとアル先生が声を上げた。


「二人とも。どうやらその先は大事な話が続きそうだし、ここじゃなくて今度こそ二人きりで話した方がいいんじゃないかな~?」


アル先生の提案にぱちくりと瞬く。まぁ確かに、それはそうかもしれない。
シモンも「同感です」と頷いていることだし。僕のチラチラッとした視線を受けると、ライネスは短く息を吐いた。


「……そうだね。そうしようか」


ライネスが頷くと、ふとアル先生がニコニコ笑って教えてくれた。


「あ~そうだ。これが終わったら後夜祭があるんだけど、夜は花火が打ち上がる予定なんだよ~」

「はなび?」

「うん、花火だよ~。後夜祭の花火、毎年カップルに大人気なんだよねぇ。きっと二人も楽しめると思うな~?」


花火……花火か。
ライネスと見る花火には色々と思い入れがある。確かに、アル先生の提案はとっても素敵かもしれない。

さっき中断してしまった大事な話もしなきゃいけないし、まずは文化祭を最後まで全力で楽しまなきゃ。

そうと決まれば!と、僕はライネスとシモンを連れて早速動き出した。
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