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【聖者の薔薇園-終幕】
306.滲む違和感
しおりを挟む「そういえばフェリアル。ここに来たってことは、やっぱりあの噂って本当なの?」
へにゃっと溶けた体をアディくんに預けていると、不意にアランに妙な問いを掛けられて瞬いた。
よっこらせと体を起こして首を傾げる。あの噂とはなんぞや?とぱちくり視線で問うと、アランは「あれ?知らないの?」と驚いた様子で答えた。
「兄上との縁談の噂。出処は分からないけど、城内じゃ最近その噂が広まって騒がしくなってるんだよ」
「でもそれって皇太子殿下が否定してるんだろ?」
「それはそうだけど……でも、このタイミングでフェリアルが皇宮に来たってことはそういうことなのかなって」
ぐるぐる。冷静な顔をしてとんでもないことを語るアランの言葉を聞いてさーっと青褪めた。
えんだん、レオとの縁談……?そんなわけない、とすぐに頭が否定する。だってレオとは、確かにそういう話はしたけれど……でも縁談だなんて話を聞いたことはない。
レオだって何も言っていなかった。皇帝陛下からの手紙にも、そんな言葉は一度も書いていなかったし。きっと何かの間違いだろう。混乱したけれどすぐにそう納得して、何やら考え込んでいる様子のアディくんとアランに首を振る。
「縁談なんて話、聞いたことない。きっと誰かが間違って話したことが広まっちゃったんだと思う」
絶対そうだ、そうに違いない。うむうむと頷くと、二人はいまいち納得出来ていないような顔をしつつも「そっか」と微笑んだ。
「やっぱりそうだよな?おかしいと思ったんだ。お前アホだし、皇太子妃とか絶対無理だもんな」
「なぬっ!」
「あぁ確かに。フェリアルに重苦しい地位は似合わないね。もっと自由に伸び伸び出来る環境の方が向いてるよ。その方がフェリアルの魅力を最大限に発揮出来ると思う」
ちょっぴり失礼なアディくんをぽすぽすしようとしたけれど、アランの満更でもない褒め言葉にえへへと怒りが一瞬で散った。アディくんへのぽすぽす攻撃はやめてあげることにしよう。
「つーかお前、行かなくていいのか?皇宮に来たってことはそれなりに重要な用件があるんだろ?」
「はっ!」
アディくんの冷静な言葉でハッとする。そうだ、もうすぐ皇帝陛下への謁見があるから急がないと。
これから二人で遊ぶらしい二人にじゃあねと手を振って速足で駆け出す。背後から届いた「今度三人で遊ぼうなー」というアディくんの声におけおけと返しながら、後ろ手でぶんぶんっと手を振った。
* * *
鬼教師ローズ師匠の教えを思い出しながらびくびくと庭園を歩く。入り口に立っていた使用人に連れられ後を追うと、辿り着いた奥の空間で二人の男性が優雅に紅茶を飲んで座っていた。
一人はレオ。もう一人はレオを大人にしたような綺麗な男性。一目見てすぐ体が圧迫されるようなオーラを感じ、彼が噂の皇帝陛下であることを察した。
礼儀れいぎ……と胸の内で繰り返しながら、表面上はくーるを装って恭しく頭を下げる。
「こっ、皇帝陛下に、拝謁いたします」
慣れない言葉のせいでほんのり舌足らずになりながら、いつもはしない他人行儀な挨拶をレオにも済ませる。
音を立てずに陛下の死角で小さくぱちぱち拍手するレオを見て苦笑した。えらい!すごい!という褒め言葉が翠色の瞳に輝かしく滲んでいるのが良く分かる。
「待っていたよ。さぁ座りなさい、美味しいお菓子も用意してあるからね」
む、完全に子ども扱いだ。
皇帝陛下と聞いたから厳格な対応をされると思っていたけれど、意外にフレンドリーな反応が返されちょっぴり困惑してしまった。こんな感じなのか、皇帝陛下って。
いっそ苦しいくらいの静寂の空間。そんな中慌てて返事をしてすたっと椅子に座り、テーブルに置かれたお菓子にも紅茶にも手を付けることなくピシッと動きを止める。
ローズから教わったのだ。表面上の交流では気を抜いてはいけない。特に、出された飲み物やお菓子を馬鹿正直に口にするな。その言葉が何度も脳内で繰り返される。
実際はその忠告を守っているつもりは特になく、ただ緊張しすぎて飲み物もお菓子も喉を通らないだろうなと察しただけだ。手が震えて中身を零してしまう可能性も高いし、それなら積極的に口にはしない方がいい。
ぴしっぷるぷると硬直した状態で震えること数秒。ゆったりと紅茶を一口含んだ陛下がやがて穏やかに声を発した。
「フェリアル」
「は、はいっ」
声が裏返らないように注意しながら返事をする。陛下はカタッとカップを置くと、優しげな瞳をゆらりとこちらに向けて微笑んだ。
レオに似た優美な笑みにほわっと力が抜ける。
「二年前の勇敢な行動は今や全国民が知るところだ。君の崇高且つ美しい自己犠牲の精神には、私も当時とても感動した。素晴らしい行いをしたね」
「い、いえ……っ」
余計なことは言わない、お前は相槌だけ打っていればいい。ローズの教えを次々にぐるぐると思い出す。一瞬抱いた違和感や後ろ向きな感情は今は無視して、とにかくにこりと笑顔を浮かべた。
……あの行動が崇高且つ美しい自己犠牲?素晴らしい行い……?
「己を捨て去り他者を愛する君の信念。それは今後の帝国の発展にも大いに役立つことだろう。期待しているよ」
「……こ、光栄です……」
あれ……?と増していく違和感。紡ぐ返事とは裏腹に沈んでいく感情。
困り顔が表に出ないようぎゅっと表情筋を引き締める。満面の笑顔を無理やり浮かべるけれど、にっこりと深める程に心が痛くなっていくような気がした。
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