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一章
12.兄の視線
シーンと静寂が流れること数秒。
カランッという音で全員が我に返る。その音は、唖然とした表情を浮かべた当主がスプーンを落としたことによるものだった。
ファミリーの当主からじーっと向けられる視線。
流石に怖すぎるので、気付かないフリをしてアンドレアのスープを見つめ続ける。やがて、当主は淡々としていた声音を若干震わせてぽつりと呟いた。
「──……エビ、だと?」
その声でハッとしたように動き出したのは、アンドレアの背後に控えていた側近達だった。
茶髪の男がアンドレアのスープを覗き込み、そこに入っているエビを視認して目を見開く。汚らわしいものを扱うようにスープをアンドレアから遠ざけ、当主に向かって声を上げた。
「た、確かに、若様のスープにエビが混入しています……!」
徐々にざわめきが広がる空間を見渡した母の顔が、ついさっきまで浮かべていた嘲笑を掻き消してサーッと青褪めた。
こうして混乱が起こるとは想定していなかったのか。
重大なアレルギー反応は、時に命にかかわる重症を引き起こす。バレたら騒ぎになることくらい、少し考えれば子供でも分かるだろうに。
実際、原作でもアンドレアがエビを食べて倒れた後、母は父からの憎悪を更に助長させることになる。
この嫌がらせはアンドレアを苦しめる以上に、自分の首を絞める結果となるのだが……母はそんな簡単なことすらも予測していなかったらしい。
「よりによってこんなミスを犯すとは……おい、今直ぐシェフを地下牢へ連行しろ」
怒りの形相で命令する父の姿からは、まさにマフィアの長と呼ぶに相応しい重圧を感じる。
一見冷酷な人に見えるけれど……これでもアンドレアのことは心から愛しているみたいだ。
怒りに染まった顔は確かにマフィアの長という感じだけれど、それ以上に、息子を危険に晒した人間への純粋な殺意のようなものを感じた。
と、今はそれよりも……当主が発した見過ごせないセリフの方が重要だ。
怒りに支配されて冷静さを失っているらしい。『シェフを地下牢へ』という言葉を聞き、罰を逃れた喜びで口角を上げている母の姿にも、父は気付いていないようだ。
本来のストーリーを捻じ曲げたせいか、犯人が母ではなくシェフということになってしまっている。
これはマズイ。このままだと、下手をすれば罪のないシェフさんとやらが殺されてしまう。
この流れは完全に俺が作ったものだし、冤罪を生まない為にもここは俺が何とかしないと。
「あ、あのぅ……」
ざわざわとした空気が、俺のか細い声で瞬時に切り替わる。
再び流れた静寂と、向けられるたくさんの視線。苛立ちを瞳に滲ませた父が睨み付けてくるが、それに怯みそうになる身体をなんとか叱咤して言葉を続けた。
「あっ、いや、そのぅ……お兄さまはエビがお嫌い、なんでしょうか?」
「……。……だとしたら何だ」
訝しげに眉を顰める父に、害なんてありませんよ!と言わんばかりのふにゃあっとした笑みを向ける。
「シェフさんだから、当然知ってるはずなのに、よりによってお兄さまのスープにだけエビをいれちゃうなんて……まるで“わざと”いれたみたい!なぁんて」
またもや空気がピリッと凍り付く。
同時に母からギロッと物凄い殺意の籠った視線を向けられた気がするけれど、怖くて確かめることは出来なかった。
うぅ……みんなして睨まないでよ、俺なんにも悪いことしてないじゃんか、ぷるぷる……。
「な、何をおかしなことを……そ、そんなことよりもルカ!あなた食事中に席を立つなんて何を考えているの!?無礼な行動は慎みなさい!」
なっ!この悪役ママめ、話を逸らして俺だけ悪者にするつもりか!
突然鬼の形相で叫んだ母を見てムッと頬を膨らませた。悔しいけれど、ここで言い返して口論なんて起こしてしまえば、イライラゲージ満タンな父に殺されてしまうかもしれない。
ぐっと我慢……クールに堪えるんだ俺……!と口を噤んで大人しく席に着く。小さく「ごめんなさい……」と口にすると、母は満足気に笑った。
どうしよう、計画では『アンドレアを意図せず助けた害のない次男』の印象をみんなに与えるつもりだったのに、この空気じゃ俺はただの『マナーのない失礼な次男』だ。
ここからどう挽回すべきか……としょんぼりしていると、ふいに父が低く地を這うような声を発した。
静かな怒りが籠められたその声を向けられた先は、俺ではなく母のようだ。
「……そんなことだと?息子の危機に対して随分な言い草だな。何やら焦っているようだが……都合の悪い事でもあったか?」
そう語る父の瞳には、さっきまで怒りに掻き消されていた冷静さが戻っている。
疑心と嫌悪の籠った視線を見る限り……どうやら父も気付いたようだ。これがアンドレアを嫌っている母による、陰湿な嫌がらせであるということに。
青褪める母を見て少し俯き、微かにニヤッと口角を緩めた。
ふんっ、ざまぁみろ。俺を盾にして自分だけ助かろうだなんて、そんなことぜーったい許してなんかやらないんだからなっ!
「──……」
してやったりとほくそ笑む俺は、追い詰められる母を眺めるのに夢中で気付かなかった。
母の蒼白顔を見てしめしめと笑う俺の得意気な表情を、アンドレアが無言でじっと見つめていたことに。
* * *
地獄の食事タイムが終わり、俺は息抜きをすべく本館の庭園に訪れた。
誕生日パーティーとは名ばかりの、腹の探り合いのような別館組と本館組の交流会。そんな恐ろしい空気に疲れて外の空気を吸いに来たのだが……うむ、やっぱり花はいいものだな。
ふわふわーっと風に揺られるかわいいお花たち。邸内の重苦しい空気とは裏腹に楽しそうで何より、と頷きながら庭園を進むと、ふいに背後から声をかけられた。
本館に入ってからはずーっと無言を貫いていた俺の家族、ガウとジャックの声だ。
「ご主人様、そろそろ僕もお話していーい?ご主人様不足で死んじゃいそうだよぉ」
「私にも、主様と言葉を交わす許可を……」
人気のない場所に入ったことを確認したのか、ジャックは今までのクールな雰囲気を搔き消してぎゅーっと背後から抱き着いてきた。
それを見ておろおろと体を揺らすガウを、苦笑を浮かべてちょいちょいと手招く。二人を同時にむぎゅっと抱き締め、いい子いい子と撫でてあげた。
「二人とも、傍にいてくれてありがとう。一人だったらあの空気に耐えられなかったと思う」
そう言ってへにゃっと微笑む。
二人もへにゃりと眉尻を下げて、俺にうりうり抱き着きながら声を上げた。
「ほんとだよぉ!てか全然誕生日パーティーって感じじゃなかったんだけどぉ!?みんなご主人様を睨んじゃってさぁ!全員ぶっ殺してやろうかと思っちゃったぁ!」
「特に眼鏡の男が気に入りません。主様に散々無礼な言葉を投げ掛けて……許可を頂ければ直ぐにでも首を捻り潰しているところでした」
ぷんすか!なジャックと無表情で静かに怒り狂うガウ。物騒な言葉を次々に吐き捨てる二人を見て、随分イライラが溜まっていたんだなぁ……と苦笑した。
「落ち着けお前たち。俺が本館の人たちに嫌われてるってことは、ちゃんと二人にも伝えていただろ。ぜんぶ計画通りに進んでる。むしろいいことじゃないか」
血の繋がった家族が誰一人俺に好印象を持っていなかったのは、正直心がきゅーっとなったけれど……そんな情けない本音は隠してドヤッと語る。
ちゃんと得意気な笑顔を浮かべることが出来ていたはずなのに、なぜか二人は悲しそうに顔を歪めて俺を強く抱き締めた。
「うん、うん……そうだねぇ、全部計画通りだ。ご主人様には僕たち家族がついてるから、きっとこの先の計画もぜーんぶ上手く行くよぉ」
ジャックの優しい声と、ガウの無言の抱擁。
なぜだかそれが、自分でも驚くくらい胸に突き刺さって……俺はぽろぽろ零れる涙を悟られないよう、二人の肩にぽすっと顔を埋めて嗚咽を堪えた。
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